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92.倉木恭太の過去(2)

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「最初は適当に精神安定剤を出して様子見たりしてた。興味わかなかったからね。患者の個人的私情なんてぶっちゃけどうだっていいし、ジプレキサとかの安定剤飲んでれば?って感じでバイタル計ってテキトーに薬出してただけだった。でも……仕事が大好きで懸命に打ち込んでる姿とか、話を聞いてるうちになんか庇護欲そそられるようになってきたっていうか、気になり始めたんだよね。どうして?って疑問に思いながらも」
「俺も……恭太さんの事は最初は怖い先生だと思って通うのやめようと思ってたけど、なんだか寂しそうだったから……そのまま通う事にしたんだ」
「寂しそう……?そう見えたの?」
「うん……放っておけなかったのかもしれない」

 ぎゅっとさらにメルに抱き着く。背中に腕を回して逞しい肩や胸に顔を埋める。大好きな匂いだ。メルもパスカルの背中に腕を回して抱きしめ返す。ずっと好きだった存在が今はちゃんと手元にあって、自分の運命の番としている。これ以上の幸せなんてないくらい、祐希を自分の伴侶にできて幸福だ。

「次第に祐希に惹かれて、二週間に一度キミに逢えるのが楽しみになった。好きだって気づいた時には本当は毎日でも逢いたかったけど、医者と患者の立場から飛躍するなんてなかなか難しい事だったし、こんな自分じゃ祐希を穢しそうでこわかったんだ。だから、ずっとこの感情を内に秘めながらキミに接してた。恋愛なんてすっ飛ばして、女遊びがひどかった自分が今更ビビるなんておかしい話だけれど、自分は本当に好きな相手には奥手なんだと初めて気づいた」

 祐希の事を考えるだけでドキドキして、切なくて、一緒にいられる時間が短くてもその時間が幸せで。夜は何度脳内で祐希との厭らしい妄想をして穢したか数えきれない。

「キミの診療日の予約がなくなった日なんていちいち落ち込んで、柄にもなくため息ばかり吐いてた。女々しいと思いながらも逢えない日は苦しかった。寂しかった」
「来れない日は用事があったり、仕事の残業とか重なった時だと思う。でも、先生に逢えなかったのは俺もどこか寂しいと思ってたよ。いっぱい、話聞いてほしかったなあって心残りの日も結構あった」
「それで……キミが患者になって一年以上経ったころ、やっと意を決して君に連絡先を交換しようって言い出せた。声は震えていたと思う」
「確かに震えていたかも。最初は紙切れをくれたからなんだろうって思ったけど、連絡先で驚いたよ。俺は先生の事を純粋に憧れていたから何の疑問にも思わなかったなぁ。先生みたいな人とプライベートでも話せるようになるんだなって純粋に嬉しかった」
 
 ぎゅっと手の指を絡めて握り合う。
 
「でもその後すぐにキミは、嫉妬した元嫁に目をつけられて注射針で襲われてしまった。オレが助けに入ろうとしたけど間に合わなかった」
「HIVに感染してもすぐにエイズに発症はしないとされていたけど、俺の体はブラック企業勤めでボロボロになってて、免疫力低下ですぐエイズに発症しちゃったんだよね」
「そう。わずか一年にも満たない期間でキミは亡くなってすごいショックだった。もう生きる気力がなくなって、どうでもいいやって時に元嫁にあっさり刺された。刺された時はこれでキミの元へ逝けるって思ったくらい、死ぬ前まで祐希の事ばかりを考えてた。清々してたんだ……」
「恭太さんは俺の事を死ぬ前までずっと考えてくれてたんだね……」
「だって、本当に祐希が大好きで……好きだって言えないまま失ってしまったから……」

 前世で初めて本気で誰かを好きになった。初恋なんてたぶんした覚えがなかったから、祐希が初めてだった。祐希のためならなんだってできるし、なんだって与えてあげられると思った。だからこそ、守りたかったのに。


「あの時、キミを失ったのも、元嫁に殺されたのも、やっぱり天罰かなって思ってる。若い時にいろいろ悪い事をしたバチが当たったんだなって。好きだった祐希キミを殺された時、絶望しながらそう思ったんだ。だから、この世にメルキオールとして転生した時、どうしてか今度はちゃんと真面目になろうって思ったんだ。まだ前世の記憶がないのに今度こそはって思ってたの」
「前世の悪い所を反省して無意識にやり直そうとしてたんだね……それだけで偉いよ。おかげで国民に好かれる立派なメルキオール殿下になったじゃない。いっぱい努力したのがわかるよ。剣術だって勉強だって、ゲームのメルキオールだとここまですごくなかった。恭太さんはゲームのメルキオールを超えたんだよ」
「祐希……」
「過去がどうあれ、俺……今のメルが……恭太さんが大好き。愛してるんだから」
「っ……オレも、パスカルを……祐希を愛してるよ……キミのおかげだ」

 全てを話せて、前世の最低な行いに少しだけ贖罪を果たせた気がする。
 特に祐希に話せたことで、前世の嫌な記憶が薄らいで肩の荷がかなり下りた。
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