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31.メルの逆鱗

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「貴様はパスカルにまた近づいた上に襲って暴力まで働いた。パスカルは風邪をひいて動けないにもかかわらずだ。そんなクズがヴァユ国の栄誉ある騎士団所属とは笑わせてくれる。貴様の直属の上司は見る目がないにも程があるな」
「なっ、ぐ、あっ、ああぁああ」

 片手だけでものすごい圧力を感じるのかみしみしと音がする。

「痛いか。この程度で痛いのか。余は片手だけで貴様を押さえ込んでいるというのにこの程度で音を上げるのか。精鋭部隊と誉れ高いヴァユ国騎士団所属ではなかったのか。情けないな」
「や、やめ、っぐぎゃあああぁあっ!!」

 掴んでいる片手にさらに力が込められると、オーガは痛みにひどい悲鳴をあげる。それをつまらぬものと見下ろしているメルは、掴んでいた片手を放した。オーガは顔面を押さえながらひいひいと荒い呼吸を吐いて脂汗をかいている。
 

「そんなパスカルは一般人でありながら貴様のような剛力に殴られてもっと痛かっただろう。傷ついて、そして恐怖した。オメガがアルファに襲われる恐怖は計り知れない事を知っての狼藉だ。ならば報復として、貴様をこの場で死にたくなるほどの恐怖を余が与えてやろう」
「ヒッ……!」
「このまま全身の骨を粉微塵にして動けなくしてやる。それだけの事をお前はパスカルにしたんだからな」
「ッーー!!」

 さらにまわりの空気が冷え、瞳孔が開いたメルの瞳はオーガだけではなく見ているパスカルすらも恐怖にすくみあがる。恐怖がピークにさしかかると、オーガの股間にはシミを作り出していた。

「め、メル……っ」

 ぜーぜーと荒く呼吸を吐きながらそれ以上はもういいと視線で訴える。その声にハッとしてメルは振り返る。

「っ、パスカル!大丈夫!?」

 纏っていた殺伐とした雰囲気は分散し、熱っぽい顔と殴られた頬などに顔を青くさせるメル。

「ごめんね……パスカルっ」
「いや……メルが……たすけて、くれたから……」

 がくんと脱力して倒れるパスカルを抱きとめる。そのまま気を失ってしまったパスカルに苦しくなって、ぎゅっと抱きしめた。

「パスカルっ……もっと早くオレが助けてあげられたらこんな怖い目にあわなくて済んだのに……」

 後悔しても遅い事を身に染みて、近くにいるであろう部下に声を掛けた。

「セバスチャン」
「はっ」
「この男を連れて行け。王国騎士団に。それと、ヴァユ王と騎士団長にもこの事を伝えろ。後でメルキオールが直々にそちらに参るとな」
「御意」

 いつの間にか現れた背筋が伸びた老齢にメルは命令を出すと、あっさりとオーガは腕を捻られて力でねじ伏せられている。

「は、放せっ!おれは王国騎士団の第1師団歩兵隊長だぞ!一流なんだぞ!こんな事をして貴様らはいいと思っているのか!」

 失禁したにも関わらず、オーガはまだ威勢よく吠える。

「相手の力量も読めない者など一流どころかただの三流。いや、雑魚で充分ではないのかのぅ」

 老齢の男性はほっほっほと余裕に笑っている。暴れる大柄なオーガを老人の見た目とは思えない程の力で圧倒し、無理やり階段を下ろされている。

「このジジイ!」
「このじいをただのジジイと侮り、そうしてすぐカッとなって頭に血がのぼる所も雑魚そのもの。この国の騎士団の見る目の無さに他国ながら憂国の念をいだきとうなります」

 はあ~とため息を吐く老齢にますます憤るオーガだったが、背後からの鋭い視線と気配にオーガはビクつく。メルがパスカルをベットに寝かせて下に降りてきた。

「お前はオーガと言ったな」

 見た目は小汚いホームレスだというのに、纏う雰囲気は依然と上に立つ者の威厳が滲み出ている。

「お前の処分については余が自ら断罪して進ぜよう。お前の主君であるヴァユ王ではなく、余が直々にだ。他国の問題に余が口を出すのは例外中の例外だが、パスカルに手を出したのだ。余の最も大事なものに傷をつけられた。このままでは終わらせん。ヴァユ王には口酸っぱく釘を刺しておく。覚悟しておくことだ」

 ヴァユ王をそのように呼べるのはこの世で二人だけ。
 この凄みのある男は、もはやただのホームレスではないと頭の悪いオーガでも悟ったのか、口を金魚のようにパクパクさせて青くなったのだった。


 
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