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38.一方的なサヨナラ

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「最初はどこかの高貴な貴族の人だと思っていました。だけど、アカシャの皇太子様だなんて聞いてさすがに驚きました」
「黙っててごめんね。いつかは言わなきゃいけないと思ってた。だけど、言いそびれて……キミの反応が怖くて、居心地がよくて黙ってた。普通の関係でいられなくなるのが怖かった」
「…………」
「それでも、オレはこれからもキミとは対等な関係でいたいと思ってる。身分とか関係なくキミと一緒に……」

 その後を言おうとしたところで、コンコンとノックの音がした。看護師が点滴などの交換にやってきたのだろう。話の腰を折られた気分に双方苛立つが、看護師が出て行った後に再びメルが話し出す直前にパスカルが口を開いた。

「忙しい中、俺如きのためにこんな場所へご足労頂き、本当にありがとうございます。俺、メルキオール様と出会えて、嬉しかったです。こんな性別でありながらも俺を受け入れて、普通の態度で接してくれて……どれだけ救われたか……」
「パスカル……どうしてそんな態度……やめてくれよ……」

 彼にだけはそんな他人行儀な態度でいてほしくないというのに。

「今まで……こんな俺と友達でいてくれて、ありがとうございました……。これからは、俺……あなたがいなくても一人で前を向いていけるような気がします。あなたが俺に勇気をくれました」
「何を、言って……」
「メルキオール様。もう……ここには来ないでください……」


 今日でこの関係が終わりだと言われた気がして、メルは頭が真っ白になって茫然自失になった。
 その他人行儀な態度にも、拒絶するような素振りにも、脳内が追いついていかない。だから、バレたくなかった。皇太子だなんて知られたら今の関係が崩れる事が嫌だった。パスカルにそんな態度をとられるのが一番辛いというのに。

「キミに様付けなんてされたくない。やめてくれよ。オレが嫌になった?皇太子だから面倒だと思った?やだよ……」

 震えて泣き出しそうになっているメルにこんな事を言いたくない。メルをさらに傷つける事になる事を。でも、この先が短い自分などもう忘れてほしいからこそ、拒絶を露にするしかない。

「面倒だからですよ」


 はっきりとそう口にした。ここで拒絶しておかなければメルの優しさに甘えて忘れがたくなる。死ぬ前に心残りなんて残してしまったらこの世に未練が残ってしまう。あと腐れなくこの関係を終わらせるにはこう言うしかなかった。双方忘れるためには幻滅されるのが一番だったのだ。

「今まで何度も助けてくれたこと、本当に嬉しかったです。何も知らなければ、ずっと俺はあなたととしていられたのでしょう。でも……俺は平民のしがないパン屋で、あなたは皇太子様。何にせよ、この関係はいつかは終わっていたと思います」
「それでも……それでもオレは許される限りキミと一緒にいたいよ。これからもずっとそばにいて、キミを守っていきたい。そばにいたいんだ……っ。せっかく出会えたのに……つかの間の幸せだと思えたのに……」

 涙ぐんでいるメルがパスカルに縋るように訴えかけてくる。

「いつか離れるのがわかってる関係なんて……嫌です。だったら、始めから優しくなんてしないでほしかった。言い方は悪いですけど、出会わなければよかった」

 それは本心だった。いずれ離れてしまうのがわかっている関係なら、自分が病気でなくても寂しい。終わりがくるなんてわかっていたら仲良くなんてしない方がいいと思ってしまうから。つまり、自分が臆病で天邪鬼なだけだ。

「だから、皇太子様といるといろいろ面倒だし、辛くなるだけ。もう一緒にいたくない。逢いたくもない」

 ただ、そう思った事なんて一度もない。幻滅されるために言ったメルを否定するひどい言葉だ。

「パスカルは……いろいろ面倒になっちゃったんだね……。オレの事……嫌いに、なっちゃったんだね……」

 メルが涙声で微笑を浮かべている。当たり前だ。自分がひどい言葉を投げかけたのだ。幻滅されるために。

 罪悪感を抱きながらも、もう後悔はしない。

「オレ……パスカルといた時が一番、生きてる中で有意義だった……」
「メルキオール様……」
「……今まで、ごめんね……。もう、来ないから……」

 メルは悄然と扉の外へ出て行く。朝露が零れ落ちるように、メルの涙も去っていくと同時にキラキラと零れ落ちていった。

 きっと、彼はもう二度と自分の元へは来ないだろう。たとえ考えが変わって逢いに来たとしても、パスカルはシェルターの中。面会が出来ないのでそれに気づいたとしても後の祭りだ。

 これでよかった。そう、これで……。

 自分はもう長くない。そう悟っているからこそ、余計な心残りなんて邪魔でしかない。これでもう失うものは何もない。なくなった。

「っ、ひっ……くっ、あぁああっ」

 はたはたと零れ落ちる涙がシーツにシミを作っていく。パスカルは静かに口元を押さえて、咳き込むと同時に涙が止まらなかった。

 家族とはまた逢える。だけど、もうメルとは逢えない。友達ですらなくなった。

「ばいばい……メル……」
 




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