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34.小さい男

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「さあ、どこからでもかかってくるがよい」

 相手はあの皇太子。ホームレスとして変装をしていたあの時ですら、片手一本で自由を奪える強者。噂では殿下の実力はアカシャ帝国騎士団最強の近衛兵団長と同じくらいの実力だと聞いている。つまり、世界最強も同然。自分が片手だけで不自由になるわけだ。

 そんな御方に傷一つでもつけるなんて普通なら首が飛ぶどころか終身刑か死刑が濃厚。しかし、殿下自ら許可を頂いた。ならば遠慮はいらないとオーガは剣を構えた。

 どのみちやらなければ人生が終了する。なら、自分の実力で黙らせればいい。自分は小さい頃から自信家で他人を蹴落として上に上がってきた。これからという時にこんな所で落ちぶれて終われば今までの事が無駄になる。

(おれはすごい。おれはすごいんだ。皇太子相手に剣を向けているなんておれにしかできない事なんだ)

 薄笑いを浮かべ、どのタイミングで仕掛けるか思案するオーガと、木の棒を持ったまま静止しているメルキオール。余裕ぶっているのも今のうちですよと、オーガは次の空気が変わった瞬間に仕掛ける事に決めた。

 そして、壁に飾られた時計が丁度0時に針が刻んだ瞬間、オーガが地面を蹴った。気合と共にメルキオールに一太刀入れようとする。が、それを真横に避けると同時に木の棒でオーガの柄の部分と手の甲を二度ほど弾く。衝撃と痛みでオーガの手から剣がすっぽ抜け、動揺する間もなくメルキオールはオーガの顎と鳩尾を軽く突いた。

「ぐふっ」

 木の棒だけで胃液が口から漏れそうになり、ふらついて跪く。


(このおれが何もできなかった……そんな……)

「この程度か、お前は。この程度で自分が強いとでも思ったのか。余が木の棒というハンデを与えたというのに剣すらも弾かれるとはなんとも情けない。これならお前の同僚や部下の方がよほど実力がある。それに動きがまるでなってない。体が体重に比例して重そうだ。剣を持つ手もブレがあり、最近鍛錬を怠っているな。動きを見れば一目瞭然だ」
「っ……それは……」

 寝取って恋人になった女にフラれ、元友達だったパスカルは自分を完全に見限っていた。どれもこれも自らが招いた自業自得だというのに周りが悪いと決めつけ、自棄になって鍛錬すらサボって酒浸りの毎日でした、なんて自らの口から殿下の前で言う事を躊躇われた。

「これでは同僚や下の者に抜かれても文句は言えまい」

 皇太子や同僚達の前で情けない自分が晒されて、おまけに自分の実力は下の者より劣っていると判断された。オーガにとってこれ以上に屈辱で惨めなものはなかった。

「騎士以前の問題だな。やはり、期待通り小さい男だ」

 海よりも深いため息を皇太子に吐かせたオーガは、跪いて地面に両手を付いて「うう、ちくしょう」と声をあげる。

「こんなはずじゃなかったっ!おれはもっとやれたはずだった。あ、あなたの近くで……メルキオール殿下に認められたい一身で頑張って、だけど周りが認めてはくれなくて、部下の手柄も全部自分のモノにしてまで伸し上がろうとしたのにっ!」

 自分の心情を醜いままに吐露するオーガを、メルキオールは黙って見下ろしている。

「そうかこれは夢だ!夢なんだ!おれが負けるはずがない!殿下もおれを見限るはずなんてないし、パスカルだって明日にはきっとおれの元に戻って来てくれる!おれはすごい男なんだ!いずれ世界一になる男なんだ!だからここで終わらない!うがああああああーーー!!」

 とうとう現実逃避をしだして剣をもってがむしゃらに特攻してくる男を、メルキオールは無表情でつまらぬモノと見据える。

「夢だけはバカでも見えよう。ただ……貴様如きが二度と気安くパスカルの名を口にするな」

 ざん――と、木の棒の切っ先の鋭利な部分を向けてオーガの懐を一瞬で裂いた。

「あ、ああ……そん、な……やはりこれは……現実だった………ちくしょう…………」

 オーガは涙と血を同時に流してずしゃりと倒れた。それをなんの感慨も浮かばない表情でメルキオールは一瞥してその辺の騎士に命令を出す。

「この男を死なない程度に手当てして連れて行け」
「「「はっ!」」」

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