上 下
34 / 98

34.小さい男

しおりを挟む
「さあ、どこからでもかかってくるがよい」

 相手はあの皇太子。ホームレスとして変装をしていたあの時ですら、片手一本で自由を奪える強者。噂では殿下の実力はアカシャ帝国騎士団最強の近衛兵団長と同じくらいの実力だと聞いている。つまり、世界最強も同然。自分が片手だけで不自由になるわけだ。

 そんな御方に傷一つでもつけるなんて普通なら首が飛ぶどころか終身刑か死刑が濃厚。しかし、殿下自ら許可を頂いた。ならば遠慮はいらないとオーガは剣を構えた。

 どのみちやらなければ人生が終了する。なら、自分の実力で黙らせればいい。自分は小さい頃から自信家で他人を蹴落として上に上がってきた。これからという時にこんな所で落ちぶれて終われば今までの事が無駄になる。

(おれはすごい。おれはすごいんだ。皇太子相手に剣を向けているなんておれにしかできない事なんだ)

 薄笑いを浮かべ、どのタイミングで仕掛けるか思案するオーガと、木の棒を持ったまま静止しているメルキオール。余裕ぶっているのも今のうちですよと、オーガは次の空気が変わった瞬間に仕掛ける事に決めた。

 そして、壁に飾られた時計が丁度0時に針が刻んだ瞬間、オーガが地面を蹴った。気合と共にメルキオールに一太刀入れようとする。が、それを真横に避けると同時に木の棒でオーガの柄の部分と手の甲を二度ほど弾く。衝撃と痛みでオーガの手から剣がすっぽ抜け、動揺する間もなくメルキオールはオーガの顎と鳩尾を軽く突いた。

「ぐふっ」

 木の棒だけで胃液が口から漏れそうになり、ふらついて跪く。


(このおれが何もできなかった……そんな……)

「この程度か、お前は。この程度で自分が強いとでも思ったのか。余が木の棒というハンデを与えたというのに剣すらも弾かれるとはなんとも情けない。これならお前の同僚や部下の方がよほど実力がある。それに動きがまるでなってない。体が体重に比例して重そうだ。剣を持つ手もブレがあり、最近鍛錬を怠っているな。動きを見れば一目瞭然だ」
「っ……それは……」

 寝取って恋人になった女にフラれ、元友達だったパスカルは自分を完全に見限っていた。どれもこれも自らが招いた自業自得だというのに周りが悪いと決めつけ、自棄になって鍛錬すらサボって酒浸りの毎日でした、なんて自らの口から殿下の前で言う事を躊躇われた。

「これでは同僚や下の者に抜かれても文句は言えまい」

 皇太子や同僚達の前で情けない自分が晒されて、おまけに自分の実力は下の者より劣っていると判断された。オーガにとってこれ以上に屈辱で惨めなものはなかった。

「騎士以前の問題だな。やはり、期待通り小さい男だ」

 海よりも深いため息を皇太子に吐かせたオーガは、跪いて地面に両手を付いて「うう、ちくしょう」と声をあげる。

「こんなはずじゃなかったっ!おれはもっとやれたはずだった。あ、あなたの近くで……メルキオール殿下に認められたい一身で頑張って、だけど周りが認めてはくれなくて、部下の手柄も全部自分のモノにしてまで伸し上がろうとしたのにっ!」

 自分の心情を醜いままに吐露するオーガを、メルキオールは黙って見下ろしている。

「そうかこれは夢だ!夢なんだ!おれが負けるはずがない!殿下もおれを見限るはずなんてないし、パスカルだって明日にはきっとおれの元に戻って来てくれる!おれはすごい男なんだ!いずれ世界一になる男なんだ!だからここで終わらない!うがああああああーーー!!」

 とうとう現実逃避をしだして剣をもってがむしゃらに特攻してくる男を、メルキオールは無表情でつまらぬモノと見据える。

「夢だけはバカでも見えよう。ただ……貴様如きが二度と気安くパスカルの名を口にするな」

 ざん――と、木の棒の切っ先の鋭利な部分を向けてオーガの懐を一瞬で裂いた。

「あ、ああ……そん、な……やはりこれは……現実だった………ちくしょう…………」

 オーガは涙と血を同時に流してずしゃりと倒れた。それをなんの感慨も浮かばない表情でメルキオールは一瞥してその辺の騎士に命令を出す。

「この男を死なない程度に手当てして連れて行け」
「「「はっ!」」」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら乙女ゲームの世界で攻略キャラを虜にしちゃいました?!

まかろに(仮)
BL
事故で死んで転生した事を思い出したらここは乙女ゲームの世界で、しかも自分は攻略キャラの暗い過去の原因のモブの男!? まぁ原因を作らなきゃ大丈夫やろと思って普通に暮らそうとするが…? ※r18は"今のところ"ありません

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!

松原硝子
BL
三枝貴人は総合病院で働くゲーム大好きの医者。 ある日貴人は乙女ゲームの制作会社で働いている同居中の妹から依頼されて開発中のBLゲーム『シークレット・ラバー』をプレイする。 ゲームは「レイ・ヴァイオレット」という公爵令息をさまざまなキャラクターが攻略するというもので、攻略対象が1人だけという斬新なゲームだった。 プレイヤーは複数のキャラクターから気に入った主人公を選んでプレイし、レイを攻略する。 一緒に渡された設定資料には、主人公のライバル役として登場し、最後には断罪されるレイの婚約者「アシュリー・クロフォード」についての裏設定も書かれていた。 ゲームでは主人公をいじめ倒すアシュリー。だが実は体が弱く、さらに顔と手足を除く体のあちこちに謎の湿疹ができており、常に体調が悪かった。 両親やごく親しい周囲の人間以外には病弱であることを隠していたため、レイの目にはいつも不機嫌でわがままな婚約者としてしか映っていなかったのだ。 設定資料を読んだ三枝は「アシュリーが可哀想すぎる!」とアシュリー推しになる。 「もしも俺がアシュリーの兄弟や親友だったらこんな結末にさせないのに!」 そんな中、通勤途中の事故で死んだ三枝は名前しか出てこないアシュリーの義弟、「ルイス・クロフォードに転生する。前世の記憶を取り戻したルイスは推しであり兄のアシュリーを幸せにする為、全力でバッドエンド回避計画を実行するのだが――!?

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

嫌われてたはずなのに本読んでたらなんか美形伴侶に溺愛されてます 執着の騎士団長と言語オタクの俺

野良猫のらん
BL
「本を読むのに忙しいから」 自分の伴侶フランソワの言葉を聞いた騎士団長エルムートは己の耳を疑った。 伴侶は着飾ることにしか興味のない上っ面だけの人間だったはずだからだ。 彼は顔を合わせる度にあのアクセサリーが欲しいだのあの毛皮が欲しいだの言ってくる。 だから、嫌味に到底読めないだろう古代語の書物を贈ったのだ。 それが本を読むのに忙しいだと? 愛のない結婚だったはずなのに、突如として変貌したフランソワにエルムートはだんだんと惹かれていく。 まさかフランソワが言語オタクとしての前世の記憶に目覚めているとも知らずに。 ※R-18シーンの含まれる話には*マークを付けます。 書籍化決定! 2023/2/13刊行予定!

【完結】『悪役令息』らしい『僕』が目覚めたときには断罪劇が始まってました。え、でも、こんな展開になるなんて思いもしなかった……なぁ?

ゆずは
BL
「アデラール・セドラン!!貴様の悪事は隠しようもない事実だ!!よって私は貴様との婚約を破棄すると宣言する……!!」 「………は?」  ……そんな断罪劇真っ只中で、『僕』の記憶が僕の中に流れ込む。  どうやらここはゲームの中の世界らしい。  僕を今まさに断罪しているのは第二王子のフランソワ。  僕はそのフランソワの婚約者。……所謂『悪役令息』らしい。  そして、フランソワの腕の中にいるのが、ピンクゴールドの髪と赤みがかった瞳を持つ『主人公』のイヴだ。  これは多分、主人公のイヴがフランソワルートに入ってるってこと。  主人公……イヴが、フランソワと。  駄目だ。駄目だよ!!  そんなこと絶対許せない!! _________________ *設定ゆるゆるのBLゲーム風の悪役令息物です。ざまぁ展開は期待しないでください(笑) *R18は多分最後の方に。予告なく入ります。 *なんでもありOkな方のみ閲覧くださいませ。 *多分続きは書きません……。そして悪役令息物も二作目はありません……(笑) 難しい……。皆さんすごすぎます……。 *リハビリ的に書いたものです。生暖かい目でご覧ください(笑)

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

束縛系の騎士団長は、部下の僕を束縛する

天災
BL
 イケメン騎士団長の束縛…

処理中です...