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第一話
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「オリビア、僕は真実の愛に目覚めた。真面目すぎて、つまらない君などよりも素晴らしい女性を見つけたんだ。だから、君との縁談は無かったことにさせてもらうよ」
二年前、私の婚約は呆気なく解消されました。
エルトナ王国の第二王子レイヴン殿下が他に好きな人が居ると仰って一方的に婚約破棄を申し出たからです。
男爵家の長女である私は反論したい気持ちもありましたが、父が王家と揉めたくないと口にされたので我慢しました。
後で聞いたのですが、かなりの額の慰謝料を頂いたようです。父がお金に負けてしまったのはショックですが、没落寸前の辺境の貴族なので仕方ないような気もします。
それでも、本気で殿下のことを慕っていた私はしばらくの間……鬱々とした気分からは解消されませんでした。
――笑うことも泣くことも出来ずに、虚無を感じるだけの真っ白な世界。
裏切られるということは、こうも苦しいことなのかとこの世の全てを恨みたくなる程でした。
これは、体験したことのある人しか分からないでしょう。信じていた人がある日……突然豹変して、知らない世界の住人になったような感覚は……。
レイヴン殿下は誠実そうで決して不貞を働くような人間には見えなかったので、なおさら衝撃は大きかったです。
――もう誰も信じられない。
私は本当にそう思うようになり、人間不信に陥っていたのでした。
しかし、人生というものは短い。
私の母は私が幼いときに病気で亡くなりました。
彼女は死ぬ間際に私が幸せな結婚が出来るようにと祈ります。
このまま傷心したままで、一歩も踏み出せずにいたら……そんな彼女の願いを無碍にしてしまう――そう思うようになり、少しずつではありますが前向きに未来を考えるようになりました。
時の流れが心の傷を癒やしてくれ、二年という月日はかかりましたが、私もようやく次の出会いへと足を向けることを意識するようになります。
父は私に悪いと思っていたのか、縁談の話には慎重になっていました。
しかしながら、ちょうど若くして伯爵家の当主となったばかりの方が私と会ってみたいと仰せになったらしく、遠慮がちにその話を振ってくださり……私は父の話に乗ることにしたのです。
いつまでも、悲しみを引きずるよりは……思いきって新たなスタートをした方が良いと考えるようになりましたので――。
「無理をして会いに来てもらってすまないね。君の話は知っている。話を急かせるつもりはない。今日は会えて良かった」
オルグレン伯爵家の当主、ルーク・オルグレンは銀髪で狼のような琥珀色の瞳をした端正な顔立ちの青年でした。
このような美しい瞳を見たのは初めてです。あまりに綺麗なので目を合わせ続けることが出来なくて、少し戸惑いました。
しかし……どこか寂しげな表情を浮かべる彼は私の婚約破棄の話を存じているらしく、優しい言葉をかけてくださったので少しだけ緊張が解れた気がします。
「オリビア・アークライトです。本日はお誘い頂きありがとうございます」
「はは、固くならなくていいよ。楽にしてくれ」
――彼についての話は何年か前に少しだけ聞いたことがありました。
何でも王都にある王立学園を首席で卒業し、女性たちの憧れの的だったとか。
ですから、彼が私に会いたいという話を聞いたときは驚きました。なんせ、とっくに婚約どころか婚姻を済ませていると思っていましたから。
後から聞いたのですが、彼が身を固めていないことは随分と噂を呼んでいたらしいです。
幼い頃からの秘密の許嫁が死別したとか、意中の女性が敵国の王女とか、実は女性には全く興味が無いとか、様々な話が飛び交っていたらしいのですが……私は傷心中でそういう話をシャットアウトしていましたので、そんな話は知らずにいました。
それでも直接会ってみて不思議でなりませんでした――なぜ、私と会ってみようと思ったのかと。
「大した理由じゃないんだ。笑っちゃうくらいに。もう少しだけ打ち解けてから話すことにするよ」
やんわりとその理由を尋ねた私でしたが、彼は微笑みながらそれを有耶無耶にされます。
それでも、彼の話は面白く……最近読んだ本や隣国に旅行に行った話など初対面の私でも聞き入ってしまうくらい夢中にさせました。
こんなに楽しい時間は久しぶりです。
忘れていた感情が戻ってくるみたいでした。
「すぐに信じてもらえないのは分かっているし、信じきれなくても構わない。心の傷というのは厄介なんだ。痛みは消えても、二度と元には戻らないことを私も知っている。でも、また会えると嬉しい」
それでも私はもう一度あのような体験をすることがどうしても怖かった。
彼はそんな私の葛藤を知っているかのように……信じなくてもよいと真剣な表情で語りかけてくださいました。
新しいスタートを切ることが出来るかもしれない。
そんな希望が持てたのも束の間――。
私は思いもよらない言葉を忘れたいと思っている人物かけられました。
「なぜ2年もの間、僕のもとに謝りに来なかった!?」
レイヴン殿下、何を仰るのですか? あなたが私を捨てたのではないですか――。
二年前、私の婚約は呆気なく解消されました。
エルトナ王国の第二王子レイヴン殿下が他に好きな人が居ると仰って一方的に婚約破棄を申し出たからです。
男爵家の長女である私は反論したい気持ちもありましたが、父が王家と揉めたくないと口にされたので我慢しました。
後で聞いたのですが、かなりの額の慰謝料を頂いたようです。父がお金に負けてしまったのはショックですが、没落寸前の辺境の貴族なので仕方ないような気もします。
それでも、本気で殿下のことを慕っていた私はしばらくの間……鬱々とした気分からは解消されませんでした。
――笑うことも泣くことも出来ずに、虚無を感じるだけの真っ白な世界。
裏切られるということは、こうも苦しいことなのかとこの世の全てを恨みたくなる程でした。
これは、体験したことのある人しか分からないでしょう。信じていた人がある日……突然豹変して、知らない世界の住人になったような感覚は……。
レイヴン殿下は誠実そうで決して不貞を働くような人間には見えなかったので、なおさら衝撃は大きかったです。
――もう誰も信じられない。
私は本当にそう思うようになり、人間不信に陥っていたのでした。
しかし、人生というものは短い。
私の母は私が幼いときに病気で亡くなりました。
彼女は死ぬ間際に私が幸せな結婚が出来るようにと祈ります。
このまま傷心したままで、一歩も踏み出せずにいたら……そんな彼女の願いを無碍にしてしまう――そう思うようになり、少しずつではありますが前向きに未来を考えるようになりました。
時の流れが心の傷を癒やしてくれ、二年という月日はかかりましたが、私もようやく次の出会いへと足を向けることを意識するようになります。
父は私に悪いと思っていたのか、縁談の話には慎重になっていました。
しかしながら、ちょうど若くして伯爵家の当主となったばかりの方が私と会ってみたいと仰せになったらしく、遠慮がちにその話を振ってくださり……私は父の話に乗ることにしたのです。
いつまでも、悲しみを引きずるよりは……思いきって新たなスタートをした方が良いと考えるようになりましたので――。
「無理をして会いに来てもらってすまないね。君の話は知っている。話を急かせるつもりはない。今日は会えて良かった」
オルグレン伯爵家の当主、ルーク・オルグレンは銀髪で狼のような琥珀色の瞳をした端正な顔立ちの青年でした。
このような美しい瞳を見たのは初めてです。あまりに綺麗なので目を合わせ続けることが出来なくて、少し戸惑いました。
しかし……どこか寂しげな表情を浮かべる彼は私の婚約破棄の話を存じているらしく、優しい言葉をかけてくださったので少しだけ緊張が解れた気がします。
「オリビア・アークライトです。本日はお誘い頂きありがとうございます」
「はは、固くならなくていいよ。楽にしてくれ」
――彼についての話は何年か前に少しだけ聞いたことがありました。
何でも王都にある王立学園を首席で卒業し、女性たちの憧れの的だったとか。
ですから、彼が私に会いたいという話を聞いたときは驚きました。なんせ、とっくに婚約どころか婚姻を済ませていると思っていましたから。
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それでも直接会ってみて不思議でなりませんでした――なぜ、私と会ってみようと思ったのかと。
「大した理由じゃないんだ。笑っちゃうくらいに。もう少しだけ打ち解けてから話すことにするよ」
やんわりとその理由を尋ねた私でしたが、彼は微笑みながらそれを有耶無耶にされます。
それでも、彼の話は面白く……最近読んだ本や隣国に旅行に行った話など初対面の私でも聞き入ってしまうくらい夢中にさせました。
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それでも私はもう一度あのような体験をすることがどうしても怖かった。
彼はそんな私の葛藤を知っているかのように……信じなくてもよいと真剣な表情で語りかけてくださいました。
新しいスタートを切ることが出来るかもしれない。
そんな希望が持てたのも束の間――。
私は思いもよらない言葉を忘れたいと思っている人物かけられました。
「なぜ2年もの間、僕のもとに謝りに来なかった!?」
レイヴン殿下、何を仰るのですか? あなたが私を捨てたのではないですか――。
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