上 下
1 / 17

第一話

しおりを挟む
「オリビア、僕は真実の愛に目覚めた。真面目すぎて、つまらない君などよりも素晴らしい女性を見つけたんだ。だから、君との縁談は無かったことにさせてもらうよ」

 二年前、私の婚約は呆気なく解消されました。
 エルトナ王国の第二王子レイヴン殿下が他に好きな人が居ると仰って一方的に婚約破棄を申し出たからです。
 男爵家の長女である私は反論したい気持ちもありましたが、父が王家と揉めたくないと口にされたので我慢しました。
 後で聞いたのですが、かなりの額の慰謝料を頂いたようです。父がお金に負けてしまったのはショックですが、没落寸前の辺境の貴族なので仕方ないような気もします。

 それでも、本気で殿下のことを慕っていた私はしばらくの間……鬱々とした気分からは解消されませんでした。

 ――笑うことも泣くことも出来ずに、虚無を感じるだけの真っ白な世界。

 裏切られるということは、こうも苦しいことなのかとこの世の全てを恨みたくなる程でした。
 これは、体験したことのある人しか分からないでしょう。信じていた人がある日……突然豹変して、知らない世界の住人になったような感覚は……。

 レイヴン殿下は誠実そうで決して不貞を働くような人間には見えなかったので、なおさら衝撃は大きかったです。

 ――もう誰も信じられない。

 私は本当にそう思うようになり、人間不信に陥っていたのでした。


 しかし、人生というものは短い。
 私の母は私が幼いときに病気で亡くなりました。
 彼女は死ぬ間際に私が幸せな結婚が出来るようにと祈ります。

 このまま傷心したままで、一歩も踏み出せずにいたら……そんな彼女の願いを無碍にしてしまう――そう思うようになり、少しずつではありますが前向きに未来を考えるようになりました。

 時の流れが心の傷を癒やしてくれ、二年という月日はかかりましたが、私もようやく次の出会いへと足を向けることを意識するようになります。

 父は私に悪いと思っていたのか、縁談の話には慎重になっていました。
 しかしながら、ちょうど若くして伯爵家の当主となったばかりの方が私と会ってみたいと仰せになったらしく、遠慮がちにその話を振ってくださり……私は父の話に乗ることにしたのです。

 いつまでも、悲しみを引きずるよりは……思いきって新たなスタートをした方が良いと考えるようになりましたので――。



「無理をして会いに来てもらってすまないね。君の話は知っている。話を急かせるつもりはない。今日は会えて良かった」

 オルグレン伯爵家の当主、ルーク・オルグレンは銀髪で狼のような琥珀色の瞳をした端正な顔立ちの青年でした。
 このような美しい瞳を見たのは初めてです。あまりに綺麗なので目を合わせ続けることが出来なくて、少し戸惑いました。

 しかし……どこか寂しげな表情を浮かべる彼は私の婚約破棄の話を存じているらしく、優しい言葉をかけてくださったので少しだけ緊張が解れた気がします。

「オリビア・アークライトです。本日はお誘い頂きありがとうございます」
「はは、固くならなくていいよ。楽にしてくれ」

 ――彼についての話は何年か前に少しだけ聞いたことがありました。

 何でも王都にある王立学園を首席で卒業し、女性たちの憧れの的だったとか。
 ですから、彼が私に会いたいという話を聞いたときは驚きました。なんせ、とっくに婚約どころか婚姻を済ませていると思っていましたから。

 後から聞いたのですが、彼が身を固めていないことは随分と噂を呼んでいたらしいです。

 幼い頃からの秘密の許嫁が死別したとか、意中の女性が敵国の王女とか、実は女性には全く興味が無いとか、様々な話が飛び交っていたらしいのですが……私は傷心中でそういう話をシャットアウトしていましたので、そんな話は知らずにいました。

 それでも直接会ってみて不思議でなりませんでした――なぜ、私と会ってみようと思ったのかと。

「大した理由じゃないんだ。笑っちゃうくらいに。もう少しだけ打ち解けてから話すことにするよ」

 やんわりとその理由を尋ねた私でしたが、彼は微笑みながらそれを有耶無耶にされます。
 
 それでも、彼の話は面白く……最近読んだ本や隣国に旅行に行った話など初対面の私でも聞き入ってしまうくらい夢中にさせました。
 
 こんなに楽しい時間は久しぶりです。
 忘れていた感情が戻ってくるみたいでした。

「すぐに信じてもらえないのは分かっているし、信じきれなくても構わない。心の傷というのは厄介なんだ。痛みは消えても、二度と元には戻らないことを私も知っている。でも、また会えると嬉しい」

 それでも私はもう一度あのような体験をすることがどうしても怖かった。
 彼はそんな私の葛藤を知っているかのように……信じなくてもよいと真剣な表情で語りかけてくださいました。

 
 新しいスタートを切ることが出来るかもしれない。


 そんな希望が持てたのも束の間――。


 私は思いもよらない言葉を忘れたいと思っている人物かけられました。

「なぜ2年もの間、僕のもとに謝りに来なかった!?」

 レイヴン殿下、何を仰るのですか? あなたが私を捨てたのではないですか――。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

コミカライズ原作 わたしは知っている

キムラましゅろう
恋愛
わたしは知っている。 夫にわたしより大切に想っている人がいる事を。 だってわたしは見てしまったから。 夫が昔から想っているあの人と抱きしめ合っているところを。 だからわたしは 一日も早く、夫を解放してあげなければならない。 数話で完結予定の短い話です。 設定等、細かな事は考えていないゆる設定です。 性的描写はないですが、それを連想させる表現やワードは出てきます。 妊娠、出産に関わるワードと表現も出てきます。要注意です。 苦手な方はご遠慮くださいませ。 小説家になろうさんの方でも投稿しております。

【完結】結婚しておりませんけど?

との
恋愛
「アリーシャ⋯⋯愛してる」 「私も愛してるわ、イーサン」 真実の愛復活で盛り上がる2人ですが、イーサン・ボクスと私サラ・モーガンは今日婚約したばかりなんですけどね。 しかもこの2人、結婚式やら愛の巣やらの準備をはじめた上に私にその費用を負担させようとしはじめました。頭大丈夫ですかね〜。 盛大なるざまぁ⋯⋯いえ、バリエーション豊かなざまぁを楽しんでいただきます。 だって、私の友達が張り切っていまして⋯⋯。どうせならみんなで盛り上がろうと、これはもう『ざまぁパーティー』ですかね。 「俺の苺ちゃんがあ〜」 「早い者勝ち」 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結しました。HOT2位感謝です\(//∇//)\ R15は念の為・・

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

夫と親友が、私に隠れて抱き合っていました ~2人の幸せのため、黙って身を引こうと思います~

小倉みち
恋愛
 元侯爵令嬢のティアナは、幼馴染のジェフリーの元へ嫁ぎ、穏やかな日々を過ごしていた。  激しい恋愛関係の末に結婚したというわけではなかったが、それでもお互いに思いやりを持っていた。  貴族にありがちで平凡な、だけど幸せな生活。  しかし、その幸せは約1年で終わりを告げることとなる。  ティアナとジェフリーがパーティに参加したある日のこと。  ジェフリーとはぐれてしまったティアナは、彼を探しに中庭へと向かう。  ――そこで見たものは。  ジェフリーと自分の親友が、暗闇の中で抱き合っていた姿だった。 「……もう、この気持ちを抑えきれないわ」 「ティアナに悪いから」 「だけど、あなただってそうでしょう? 私、ずっと忘れられなかった」  そんな会話を聞いてしまったティアナは、頭が真っ白になった。  ショックだった。  ずっと信じてきた夫と親友の不貞。  しかし怒りより先に湧いてきたのは、彼らに幸せになってほしいという気持ち。  私さえいなければ。  私さえ身を引けば、私の大好きな2人はきっと幸せになれるはず。  ティアナは2人のため、黙って実家に帰ることにしたのだ。  だがお腹の中には既に、小さな命がいて――。

【完結保証】あれだけ愚図と罵ったんですから、私がいなくても大丈夫ですよね? 『元』婚約者様?

りーふぃあ
恋愛
 有望な子爵家と婚約を結んだ男爵令嬢、レイナ・ミドルダム。  しかし待っていたのは義理の実家に召し使いのように扱われる日々だった。  あるパーティーの日、婚約者のランザス・ロージアは、レイナのドレスを取り上げて妹に渡してしまう。 「悔しかったら婚約破棄でもしてみろ。まあ、お前みたいな愚図にそんな度胸はないだろうけどな」  その瞬間、ぶつん、とレイナの頭の中が何かが切れた。  ……いいでしょう。  そんなに私のことが気に入らないなら、こんな婚約はもういりません!  領地に戻ったレイナは領民たちに温かく迎えられる。  さらには学院時代に仲がよかった第一王子のフィリエルにも積極的にアプローチされたりと、幸せな生活を取り戻していく。    一方ロージア領では、領地運営をレイナに押し付けていたせいでだんだん領地の経営がほころび始めて……?  これは義両親の一族に虐められていた男爵令嬢が、周りの人たちに愛されて幸せになっていくお話。  ★ ★ ★ ※ご都合主義注意です! ※史実とは関係ございません、架空世界のお話です! ※【宣伝】新連載始めました!  婚約破棄されましたが、私は勘違いをしていたようです。  こちらもよろしくお願いします!

私はもう、殿下の元へ戻る気はございません

小倉みち
恋愛
 公爵令嬢メリッサはその日、人生最大の失恋をした。  婚約者である第一王子から、 「婚約破棄をしてくれ」  と、頼まれたのだ。  彼女は殿下を愛していたが、彼はそうじゃなかった。  常につきまとってくる彼女が、鬱陶しいらしかった。 「君とは正直、やっていける気がしない――すまないが、別れてくれ」  殿下の隣にいたのは、麗しい令嬢。  どうやら自分と別れて、彼女と生きていきたいらしい。  メリッサはショックを受けた。  もう、彼が自分を見てくれないのだと。  自分を愛してくれることはもうないのだと、悟ってしまった。  彼女は泣きじゃくり、熱を出した。  3日3晩眠り続け、起きては泣く、起きては嘆きを繰り返し――。  とうとう彼女は、あることを決意した。  そうだ、旅に出ようと。  もともと旅行や船が好きで、彼女の家が所有する船の船長や船員とも仲が良かった。  その船長から、 「一緒に船に乗って、各国を回らないか?」  という誘いを受けていたのだ。  もちろん、自分には愛する婚約者がいる。  そんな彼を放っておいて、自分の好きなことが出来るはずない。  そう言って断ろうとしていた矢先に、あの失恋があった。  ちょうど良い。  失恋旅行だ。  いろんな場所を回ることで、私の彼への気持ちが薄れるかも。  そうして両親の反対を押し切り、船に乗って2年間旅に出かける。  その間様々なことがあり、色んな刺激を受けていく中で、殿下に対する想いも下火になっていく。  すっかり吹っ切れた彼女は、自分の国に戻る。  学園に復学し、きちんと勉強しよう。  人生をやり直そう。  しかし、彼女のいなかったこの2年間で、国の情勢は大きく変わっていた。  殿下と新たな婚約者は、既に破局していた。  彼女の浮気が原因らしい。  そんなこんなで、殿下は傷つき落ち込み――。 「やっぱり、こんな自分を愛してくれたメリッサだ」  という考えに至ったらしい。  この2年間で例の話は目まぐるしく変わり、人々の間では、 「旅をして次期王妃に必要な経験を積んでいた公爵令嬢メリッサが国に戻り、お互いに想い合っていた殿下と結婚する」  というロマンチックなものとなっていた。  しかし、完全に吹っ切れている彼女にとって、その話は想定外以外の何物でもなかった。 「急にそんなこと言われても……。私はもう、殿下の元へ戻る気はございませんし」

処理中です...