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第三十九話(エルムハルト視点)

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「ええい! 仕方がありません! アンナ! 君がミリムさんとして結婚式に出席するのです!」

「……はぁ?」

 どんなにミリムに自己紹介を覚えさせようとしても、彼女は自分は「美味しいお芋」だと答えるので、私は最終手段に出ることにしました。
 最終手段とは、何か。
 それは、替え玉です。

 幸いなことにミリムもアンナも体格は似たようなものですし、黒髪です。
 顔さえ隠せば、まぁ似たような感じになるでしょう。

 心底嫌そうにしているアンナだが、公爵家の一大事なのですから。
 不満はあるでしょうが、働いてもらう他ありません。

「幸いなことにミリムさんとあなたは背格好が似ています。顔は、まぁアレですけど、仮面か何かで隠してしまえば、バレることはないでしょう」

「エルムハルト様、落ち着いてください。仮面をつけて、結婚式など出席できるはずありません。それに、声はどうするのです?」

 ふむ。アンナは現実的な問題を言ってきました。
 だが、ミリムを誰もが認める淑女として式に出席させることはもはや不可能。
 先程、アルビニア料理を食べさせましたが、作法の一歩目から躓いていました。
 教えようとしたのですよ。しかし、可愛い顔で目を潤ませて小動物みたいにビクビクされると、厳しく教えられません。ああ、なんて可憐なんでしょう……。

 このままでは、パーティーで料理が運ばれた時点で詰みます……。

「仮面については、アルフレート殿下の許可を取ります。顔中が蜂に刺されたとでも、言い訳をしましょう」

 そうです。可愛い、可愛い、ミリムの顔が大変なことになったと言い訳をすれば、きっとアルフレート殿下も許してくれるでしょう。
 蜂に刺されて、顔中が赤く腫れたみたいな理由でいきましょう。

「医者に診せろと仰るに決まっているでしょう。少なくとも殿下やシャルロット様は顔を絶対に確認しますよ。仮面を取れと命令されたら、どうするのです?」

「その時は、君がどうしてもパーティーに出たいと言ってミリムと無理やり交代したことにします」

「それで、私が承知しました、というとでも?」

 バレたらアンナが悪いことにしようと提案しましたら、彼女は露骨に嫌な顔をしました。
 この女、最近、遠慮がないですねぇ。ここらで、主従関係をはっきりさせておきましょうか……。

「アンナ、君は非常に優秀な使用人です。だからこそ、私は君を従者に選びました。それに……君の実家は随分と父の世話になっていますが、その恩を仇で返すなんてしませんよね?」

「世話になっているのは公爵様であって、エルムハルト様ではありませんから。……はぁ、ですが仕方ありません。ミリム様、私の手のひらをご覧になってください」

「て、手を見れば良いのですか? ――っ!? グー、グー、Zzzzzzzzz」

「――っ!?」

 アンナが手をミリムにかざして、サッと振ると――なんとミリムは眠ってしまいました。
 なんですか? これは……。 どういうことでしょう……?

「再就職に役立つかもと思い、催眠術を覚えました」

「君はどこに就職するつもりなんですか? あと、サラッと主の前で転職希望を告げないでください」

 アンナは催眠術が使えるらしいです。
 いや、使えるってレベルじゃありません。手をかざしただけで眠らせることが出来るなんて。

「普通は人を眠らせるのにもっと時間がかかるのですが、単純な方で良かった。これなら、簡単な暗示をかけることも出来るでしょう」

 化粧道具を出して、ミリムの顔に赤い斑点のようなものを無数に描くアンナ。
 な、何をするんですか! 可愛いミリムの顔に悪戯なんて――。

「ミリム様、エルムハルト様が質問をされたら、頷くのです。ただし、エルムハルト様が『咳払い』したら首を横に振りなさい。それでは、目が覚めるまでエルムハルト様に付き添って動くのですよ。決して、何も話さないように口を閉じていてください」

 そして、アンナは暗示をかけます。
 彼女の催眠術は万能ではないらしい。簡単な命令しか出来ないのだそうです。
 それでも、十分すごいと思いますが、彼女はどこに向かおうとしているのでしょう……。

「いいですか、エルムハルト様。今からアルフレート殿下からミリム様が仮面をつけて結婚式に出席する許可を取ってください。……それが出来たら、私が彼女と入れ替わります。……公爵家に何かあれば、実家も困りますから」

 こうして、半分睡ったミリムに黒い仮面をつけて、私はアルフレート殿下とシャルロットに挨拶をしようと王宮へと赴きました。
 よしよし、これで私の面目も保たれます。万が一、失敗したらアンナに責任をすべて被せましょう――。

 
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