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第2話 出張と失踪と思考

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 あたしは雨宮 涼子(アマミヤ リョウコ)、今年高校に入ったばかり。
 お母さんの記憶はほとんどない。あたしが小さい時に亡くなったとお父さんから聞いている。
 だから、お父さんとずっと2人暮らし。

 お父さん、雨宮 和也(アマミヤ カズヤ)は出版社に勤めているサラリーマン。
 いつも優しくて、頼り甲斐のあって、ちょっと口うるさい所があったけど、私は大好きだった。

1週間前……。

 珍しく父はお酒を飲んでいて上機嫌だった。

「涼子、ちょっとお父さん出張に行かなきゃならなくなった。明日から2日か3日家を空けるから家のことをお願いな」
 出張に行くことは、特別なことでは無かったので、特に違和感を感じなかったから、あたしも普通に返事をした。

「わかった。大丈夫よ家の事ぐらい全部やっとくから」
 そして当然こう続けた。

「どこに行くの?」
 大した質問では無かったのだけど、急に上機嫌だった父の顔は一瞬だけ真剣な表情になった。
 しかし、すぐにニヤッと笑った。

「あれぇ、どこだったかな? ど忘れしてしまったよ。ハッハッハ」
 酔っ払ってしまったのかと思ったのでそれ以上聞かなかった。

 あのとき、もっと詳しく問い詰めなかったことを後悔することになるなんて思ってなかったし。
 夜も遅くなって来たので、そのまま自分の部屋に戻って寝てしまった。

――次の日――

「行ってらっしゃい」
 早朝にあたしは父を見送った。

「ちゃんと、勉強もするんだぞ。別に良い大学に行けって事じゃない。思考力を養うっていうのはだな‥」
 何回も聞いた小言にウンザリしたあたしは、

「もう、分かってるって。それより時間大丈夫?早起きしたことも無駄になるよ」
 父は、慌てて時計を見た。

「もうこんな時間じゃないか。涼子、それじゃあ行ってくるよ。あっ後お母さんの事なんだけど‥」
 父は私の目を見て何かを言おうとした。

「えっ」
 あたしは父の言葉を待った。でも‥

「まあ、帰ってからで良いか。一緒にまたアルバムでも見ながら話そう」
 優しく微笑みながら父はまた言った

「それじゃあ行ってくるよ」
 今思い出すと、父の顔は微笑んでいたが、眼光は今までになく強い意志が宿っていたように見えた。
 帰ってきたら何を話すんだろう。
 お土産買ってくれるかな?

 他愛のないことを考えて、直ぐに3日経った。
 父は帰って来なかった。連絡も無い。携帯に電話しても留守電に繋がるだけ。
 
 流石に心配になって会社に電話してみた。
 取次いで貰うと父の上司の平田部長が出てくれた。
 そして、電話口から思いもよらない事が告げられる。

「出張? そんな話は無いよ。君のお父さんは今日まで有給休暇を取っていたからね」
 父は確かに出張と言った。訳が分からないが、漠然と嫌な予感がした。

「こっちも休暇中に悪かったんだけど、昨日、仕事の事で電話してみたんだけど、今日になっても折り返しが無かったから変だと思ったんだ。雨宮くんは責任感のある人だからね。何か事故なんかに巻き込まれてなければいいんだけど」
 電話の声が凄く遠く感じた。

「もしもし……、大丈夫かい?」
 平田部長の声が小さく聞こえる。

「大丈夫です。もし、何か分かれば連絡いただけますか?すみません」
 動揺しながら、必死に返事をした。

「無神経なことを言ってしまって、ごめんね。こっちからも連絡取ってみるから」
 しかし、次の日になっても父の音信不通のままだった。

 今日は土曜日、学校は休み。
 心配でほとんど眠れなかったあたしは、父との会話を思い出していた。

「あの時、お母さんのことを何か喋ろうとしていた。あたしにはわざわざ出張と嘘までついて出掛けて行った」
 どうして、そんな嘘をついたのだろうか?
 母のことって、なんだろうか?

 手がかりが少な過ぎて全然分からない。
 ふと父の小言が頭の中でささやいた。

『思考力を養うって言うのはだな、単純に知識を溜め込むって事じゃないんだ。自分の頭で考えて、考えて、考え抜くんだ。その結果が正解か不正解かって言うのは大して重要じゃない。考えて答えを出すって言うプロセスが大事なんだ。これが出来る人間っていうのは凄く幸せなんだよ。今は直ぐに正解を与えられるけど、本当に正解なのかどうか疑うことを忘れがちだ。だから、若い内は特に常識に捕らわれないで物事を考えて欲しいな』
 長過ぎる父の口癖だった。

 今は特に関係ないのに、何故かあたしはこの言葉が凄く大事なことに思えた。

「またアルバムでも見ながら話そう」
 父の最後の言葉……。

 そんなものを見ても何も分かるはずが無いのに、自然とアルバムを探しに父の書斎に足が向かった。

『常識に捕らわれるな……』
 何度も父の声が頭の中でこだましていた。
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