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聖女

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「アリシア様、聖女フィーネ様と同じ馬車に乗ることになるとは思いませんでしたね」

「僕は馬車の後ろの警護です。頑張ってください!」

 私とクラリス、そして剣聖エアリスは聖女フィーネと同じ馬車に乗り込んで護衛をする。
 リックのみ、外で馬車を守る配置になった。

 もちろん、馬車の外にはリックだけでなく多くの名のある冒険者たちが守りを固めている。

「リック、大丈夫ですか?」

「任せてください。アリシア様にもフィーネ様にも指一本触れさせません。エアリス様には及びませんが、こう見えて剣の腕には自信があるんです」

 自分の身長ほどある大剣を軽々と振り回して見せた彼は確かに頼もしくもある。

 とりあえず、リックとクラリスの怪我だけには気を付けないと。付き合わせて、傷付くなんて彼らに悪い。

(私も丸くなりましたね。昔は自分以外の誰が傷付こうともどうでも良かったのですが)

 ふと昔のことを思い出す。以前の私は世界中が敵だった。
 そんな世界が憎たらしくて全てを壊してしまおうと考えたこともある。

 だが、それを成し遂げてなにが残るのか。思考を張り巡らせて辿り着いたのは虚無だった。

「いいか、フィーネ様にはくれぐれも粗相のないようにな」

 エアリスさんは厳しい顔つきになって、私たちに注意を促す。
 私は誰に対してもこのように礼節を守っているから、心配は無用だ。

 聖女フィーネは歴代聖女の中で最も力が強いと言われていたが、どのような方なのだろうか。

 エアリスに連れられて私たちはフィーネの待つ教会の一室へと向かう。

 アーツブルグでは、聖女は王室の者と婚姻関係にならなくてはならないという“しきたり”がありました。
 しかし、こちらはどうなのか。その点も興味深いところだ。

「ここだ。フィーネ様、エアリス参上しました」

 部屋に入ると、中には神官たちと幼い金髪の少女がいた。

 少女はこちらに駆け寄ってくる。教会関係者か誰かの娘さんなのだろうか。

「まぁ、可愛らしいこと。こんなに小さな子供がいるとは思いませんでした」
「――無礼者!!」

 私が少女の頭を撫でると、エアリスが凄い形相で叫んだ。
 いきなり大きい声を出さないでほしい。

「エアリス。良いのです。この方に悪意はありませんから」
「しかし、フィーネ様……」
「「ふぃ、フィーネ様!?」」

(えっ? この小さい子供が聖女ですか?)

 私みたいに不老の魔法でも使っているのか。
 いや、そんなことをする意味はない。

 クラリスと私は驚いて顔を見合わせてしまった。

「アリシアさん、クラリスさん。はじめまして。ボクはフィーネ。この国の聖女を務めています」

「しかも、ボクっ娘!?」
「クラリス、ボクっ娘とは何ですか?」
「……い、いえ、何でもありません」

 やはり、この少女が聖女フィーネのようだ。どうみても七~八歳くらいの子供なのだが……。

「アリシアさんの話はフェルゼンから聞いてます。彼の魔法の先生だったんですよね? 一番信頼できる人だと自慢していました」

 フィーネは私に手を差し出して、フェルゼンの話をする。

(うーん。彼が私の自慢ですか。なにを話したのか気になりますね)

 悪い気はしない。どうやら最初から私に仕事を押し付ける気満々だったらしい……。

「……フィーネ様! ほ、本当ですか!? こんな“若くて”、いかにも温室育ちの“お嬢さん”って感じの子が、大賢者フェルゼンの師匠だなんて」

「――そんなに褒めないでください。照れます」

「アリシア様? なんか、嬉しそうですね」

 もう、エアリスさんったら。やっぱり良い人かもしれない。

 それにしても、このフィーネという少女。確かにただならぬ力を感じる。さすがは神の力を借り受けた真の聖女だ。

「フェルゼンが来られないと聞いたときは残念でしたが、アリシアさんが彼の言ったとおりの方で安心しました。頼もしいです」

 すべてを見透かすような視線。隠してるつもりなのだが、私の魔力の大きさまで見抜いているみたいだ。

 レッゼフィール王国が重宝するのも理解出来る。大した子だ。しかし、それだけに……。

「エアリスさん」
「わかっている…!」

「ガハッ……!」
「うっ……!」

 神官たちの影の中から出てきた覆面をつけた侵入者を私たちは迎撃する。

 神速と呼ばれる剣聖エアリスの剣術。なるほど、剣を振るう音が遅れて聞こえて来るのは音速以上のスピードで斬り裂いているからなのか。

 あの騎士団長さんがライバル視するのもわかる。

「えっ? いつの間に?」

 クラリスは切り伏せられた侵入者と、氷漬けになった侵入者を見て、ポカンと口を開けていた。

「既に出発前から動き出してるってことですよ。隠密に長けた暗殺者のような連中が。なかなか、気配を消すのが上手い方々でしたから、クラリスが気付かないのも無理ありません」

「こんなに早く。完全に油断してました……」

 出発の直前という警備がまだ手薄で、なおかつ聖女が表舞台に出ようとしているタイミングで仕掛けるとは。

 フェルゼンの言っていた面倒な連中というのは、なかなか狡猾だ。

「魔法が発動する瞬間が見えなかった。フェルゼンの師というのは、どうやら嘘ではないらしいな。アリシアと言ったか? 貴様を実力者として認める。あたしと共にフィーネ様をお守りするのに力を尽くして欲しい」

「弟子の顔に泥を塗るなんて、恥ずかしい真似は出来ませんから。頼ってもらっても構いませんよ。エアリスさん」

 差し出されたエアリスの手を握り、私たちは聖女フィーネと共に馬車に乗り込む。

 ここから、数十キロの道のりを往復する間、かなりの面倒ごとが起こることが予想された。

 しかし、“この少女は守らなくてはならない”。そんな義務感が珍しく私の胸の中に芽生えていた。
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