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「月が緋色に輝くとき、オレは未来へ戻らなくてはならない――。しかし、君を連れて行くわけにはいかないんだ……」

「それが貴方の天命ですか……」

「エリザ……。オレの魂の片割れ……。こんな結末なら、記憶が戻らなかった方が良かったかもしれない――。しかし、未来を救うためには、100年後には絶滅しているパンダの血液が必要なんだ……」

「ヒース、さよならを言うつもりはありません。また会えることを信じています」

「――ああ、必ず戻ってくる! 時空間移動魔法!」

「ヒースゥゥゥゥゥ! 行ってしまったのね……。グスッ、でも、強く生きなくては――。貴方と再会するその日まで……」

「エリザ!」

「きゃあっ、えっ、ヒース? どうして? 貴方は帰ったはずでは?」

「ああ、未来へ戻った。そして世界を救った後、すぐにこの時代に戻ってきたんだ……。ちょっとばかり早く戻ってき過ぎたから隠れていたんだ」

「まぁ、ヒースったら」

「はっはっは、オレと同じ刻を永遠に過ごしてくれ――」

「ええ、喜んで――」

 舞台の幕が閉じる――。
 こうして初日の舞台は無事に終えることが出来た。
 ふぅ、緊張したけど、セリフも噛まなかったし、まずまずだろう。
 というか、レストランを休みにして従業員総出で見に来るなんて聞いてないぞ。

 バーミリオン伯爵の計らいらしいけど、ちょっと恥ずかしかった……。

 しかし、レオルが見つかるまでという期限付きの代役だが、いつまで演らなくてはならないのだろうか……。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 
 結果から話すと、レオルは2日目の舞台には出ることができた。
 
 フィーナが水晶で居場所を見つけて、テレポートで捕まえてなかったらと思うと恐ろしい……。

 船で一週間かかる大陸に一瞬で移動できるフィーナもすごいと思ったが、演劇の役作りに夢中で公演日を忘れていたレオルには、どこからツッコミを入れれば良いのかわからない。

 この人はこの先きちんと生活できるのか心配になるレベルだ。
 
 トーマスからは何度もお礼を言われた。

「ルシアくん、僕としては君のような逸材にはぜひとも劇団に入って欲しいのだが……。レストランを辞めてウチに入らないか?」

 その上で劇団フォレストの役者にスカウトされた。
 
 まぁ、役者に全く興味がないわけではないけど、行く先が無い私に居場所を与えてくれたバーミリオン伯爵に不義理を働くわけにはいかないので丁重に断った。

「そうか……。残念だなぁ。今回の舞台は僕の演出家人生の中でも最高のデキだった。まぁ、君に振られるのは覚悟してたが……。しかし、人生は長い。気が変わったらいつでも言ってくれ――」

 トーマスは寂しそうに微笑んでいた。

 そこまで絶賛してくれたのは正直言ってとても嬉しかった。

 なるほど、『人生は長い』か……。
 私の人生にはいろいろと可能性があったんだな。そんなことに気付かないで私はいままで人生それをいくつも潰してきたんだ……。

 私は失ったモノの大きさを再認識した。
 もう、今世で最後にしよう。だから、後悔のないように精一杯生きる――たとえ泥を啜るような運命に巻き込まれようとも……。

 見つかった人間の話に戻るが、レオルと共に発見されたリーナについてだ。

 普通なら駆け落ちまがいのことをして、職場を放棄したリーナは解雇だろう。

 
 彼女もそれを覚悟していたし、言い訳はしなかった。契約金を返金するとまで申し出ていた。

 バーミリオン伯爵もこの件に関して寛大にはなっていなかった。
 クビを切るつもりだと私に話していたから……。

 そんな中、リーナを庇う者が居た。

 それは意外なことにケビンである。

 彼は有能な料理人であるリーナが居なくなることへのデメリットを上げて、最後のチャンスを与えて欲しいと懇願した。
 
 そして、次に彼女がトラブルを起こしたら自分も責任を取って辞めるとまで言い出した。

 彼の主張に私は驚きながらも援護することにした。
 そもそもケビンはトラブルを予見してレオルを雇うことに反対していた。
 ゆえに、人を見る眼に関しては信頼出来る人物なのだ。

 そんなケビンがリーナを引き留めようとしているのなら、今回は彼の主張を素直に聞くべきだと判断したのだ。

 私とケビンの説得の甲斐あって、リーナのクビはなくなった。

 ただし、料理長から副料理長に降格。代わりにケビンが料理長に昇格した。

 彼はああ見えて割りと面倒見が良いし、コミュニケーション能力もあるので人の上に立てる人間だ。
 まぁ、元王子だし……。
 
 個人的な感情を抜きで考えるとこの人事には納得できた。

「へぇ、俺を料理長にねぇ。バーミリオンさんも見る目があるじゃねぇか。まぁ、なんだ、オメーと店のことで悩んだり、頑張ったりしたことが報われて嬉しいぜ。俺は生きてるって実感できてるからな」

 上機嫌そうに笑うケビンは本当に楽しそうだった。
 雑用も気軽に頼めなくなるなぁ。まぁ、おめでとう。

 トラブルはあったけど、私が舞台に出たことで、レストランの宣伝にもなった。
 お客さまも増えたので結果オーライだ。

 順風満帆とまでは言えないが、運命に振り回せれがちな私にしては、まずまずだろう。

 私は初めて人生に満足感を感じていた……。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 その日は昼間だというのに分厚い雲に覆われたせいで薄暗い日でしたわ。

 そんな中、【シルバーキッチン】に真っ黒なフード付きのローブを羽織った集団が入店しましたの。

 わたくしは漠然と嫌な予感がしましたわ。ピリピリとした空気を感じましたから――。
 
 そして、その集団はあろうことかルシア様を取り囲みましたの……。

「ルシアとやら……、貴女の魂の形に我が主が惚れた。光栄に思うが良い。貴女は地上に残された数少ない神の妻に選ばれたのだからな――」

 何の冗談でしょうか? と思っているのも束の間、ルシア様の姿が気付けば煙のように消えてしまいましたの。
 
 目の前の光景が信じられませんわ……。
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