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28 デザート
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「「支配人、おはようございます!」」
早朝、私は厨房に顔を出した。既に料理長以下、10人の料理人が仕込みを行っていた。
「おはよう。料理長、昨日からの新メニュー【神秘の実のシャーベット】だけど、やっぱり作り置きは無理かなぁ?」
緑色の髪のメガネをかけた女性。料理長のリーナに私は声をかけた。
リーナは若くして【マーベラスキッチン】の中でもトップを争うほどの料理人だったが、バーミリオン伯爵が多額の契約金を支払って引き抜いたのである。
金の力は恐ろしい……。しかし、リーナの腕は確かである。
「【神秘の実のシャーベット】ですかぁ――」
リーナは腕を組んで考える仕草をした。
【神秘の実のシャーベット】とは出来上がりの直前に冷却魔法でじっくり冷やした、暑いこの国でのヒットを狙った新メニューである。
【神秘の実】はこの国でポピュラーなフルーツで、高い糖度とトロッとした舌触りが特徴である。
このフルーツを極限まで冷やしたデザートを昨日から新メニューとして提供を始めたのだ。
狙いは的中して昨日は注文が殺到し、提供時間がかなりかかってしまった。
「いやぁ、ちょっと厳しいですよぉ。氷系魔法で作った氷を使って保存しても温度が上がってしまって美味しさを保てるのは5時間が限界かと――」
普通のデザートなら氷でなんとかなるんだけど、冷却魔法による究極の冷却デザートが売りのこのメニューはそうは行かない。
氷を使っても完全に冷温が維持出来ないのは私も予想はついていた。
「そっかぁ、確かに冷気が逃げちゃうと美味くないからな。じゃあ、今までどおりストックが切れたらお客様に待ってもらうしかないかぁ。神秘の実は調理に時間がかかるし、原価も高いから無駄にしたくないし」
しかし、このまま更に注文が増えると他のメニューにも支障が出るのは目に見えている。やはり、数量限定にするか、完全予約制にするか……。
「伝説の魔道具の『魔導保温庫』があればあるいは……」
「『魔導保温庫』? なんだ、それは?」
私は聞き慣れないモノの名前を聞き返した。
「ああ、『魔導保温庫』は魔導教授のフィーナ様が作られた魔法アイテムです。何でも、温かい物も冷たい物もどんなに時間が過ぎても決して温度が変わらないのだとか――。ただ、彼女のお気に入りのお店にしか提供されておらず、新参の我々では手に入れることは難しいでしょう」
なんて便利なアイテムがあるんだ。ぜひ欲しい。
しかし、確かに【シルバーガーデン】は新参の店舗だ。生きる伝説と呼ばれる彼女に来てもらうなんて難しいだろう。
オーナーのバーミリオン伯爵でもさすがにコネはないと思う。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「コネならあるぞ。親愛なるそなたのために、余が紹介状を書いてやろう」
バカンスに来ていたアウレイナス殿下は私の悩みごとに二つ返事で答えた。
「本当ですか! ダメ元で殿下に相談して正解でした」
「おいおい、ダメ元とは随分じゃないか」
「あはは、失礼しました。でも、お願いします。このデザートは私が考えた最初のメニューなので、たくさんの人に食べてもらいたいのです」
「おおっ、これはクっ、じゃなかったな、ルシアが考えたものなのか。道理でそなたのようにキレイなのだな。特に銀色の輝き、こんなに美しいデザートは初めて見る」
アウレイナスは顔を綻ばせながら、デザートを褒めてくれた。【神秘の実】の果肉は乳白色なのだが、ある一定の温度以下になると銀色に輝く。
シャーベットの利点はこの見た目の美しさにもある。
アウレイナスはなぜか、私は貴族の身分を捨ててもなお、懇意にしてくれている。
兄のケビンがここにいるからだろうか? それとも負い目があるからなのか?
「ありがとうございます。殿下にたとえお世辞でも褒めていただけて光栄です」
「世辞ではない。それにしても、ルシアよ。いい顔をするようになったの。そなたに悪いことをした余が言うことではないかもしれぬが」
アウレイナスは遠慮がちにそんなことを言った。ああ、やっぱり婚約破棄のことを気にしてるんだなー。
「はて? 殿下が何のことを申し上げているのか見当もつきません。ただ、ひとつ言えることは私は今、とっても幸せだということです」
「……そうか、それは良かった。相変わらず、強いなぁ、そなたは――」
彼は呟くように声を出すと、アイスコーヒーに口をつけた。
この国は冷たい物がよく売れる……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アウレイナス殿下と約束をしてから一週間後、フィーナの使いの者がやってきて貸し切りの予約を入れてもらった。
まさか、貸し切りにするなんて……。
私は内心、ドキドキしながらその日の業務をこなしていた。
「さあて、そろそろ休ませてもらうよ。明日は特に大事なお客様がくることを、君たちも知っているだろ?」
相変わらず、私の帰宅時間まで待っていたメリルリアと、掃除を終わらせたケビンに話しかけた。
「わたくし、噂でしか聞いたことがありませんので、会えることが楽しみですわ。ルシア様、お疲れでしょう。温かいお茶を淹れましたの」
メリルリアは私に紅茶を淹れて、手渡してくれた。彼女の淹れる紅茶は格別に美味しい。
多分、高級な茶葉を使っているだけではないと思う。
「確かに、伝説は俺だって知ってるが実物に会うとなると緊張するよなー。ジプティア女王ですら頭が上がらないっていう、世界最高齢の魔法使いがわざわざ来てくれるんだろー。腕が鳴るぜ! ちょっと、メリルリアちゃん、俺にはお茶は淹れてくれないのかい?」
「ご勝手にどうぞ。あいにく、わたくしがお茶を淹れるのはルシア様だけだと決めてますので……」
最近、この二人の小競り合いが増えてきた気がする。メリルリアがケビンには特別厳しいからだろうか?
でも、ケビンもちょっかいをかけてるし……。どっちもどっちか?
とにかく、メリルリアもケビンも明日来店予定のゲストにはとても興味があるようだ。
フィーナ=エル=フリージア、魔導教授と呼ばれる彼女が明日、この店にやって来る。
味が気に入ってくれれば、伝説の魔道具を売ってくれる約束をしてくれているので、明日の接待は絶対に成功させたい。
彼女の年齢は500歳以上と言われており、舌を唸らせるのはかなり大変だろう。
『魔導保温庫』はどうしても欲しいから頑張らなきゃなぁ。
500年以上という途方もない年月を生きている魔女、フィーナ――このとき、私は彼女との意外な接点があることなど思いもよらなかった。
早朝、私は厨房に顔を出した。既に料理長以下、10人の料理人が仕込みを行っていた。
「おはよう。料理長、昨日からの新メニュー【神秘の実のシャーベット】だけど、やっぱり作り置きは無理かなぁ?」
緑色の髪のメガネをかけた女性。料理長のリーナに私は声をかけた。
リーナは若くして【マーベラスキッチン】の中でもトップを争うほどの料理人だったが、バーミリオン伯爵が多額の契約金を支払って引き抜いたのである。
金の力は恐ろしい……。しかし、リーナの腕は確かである。
「【神秘の実のシャーベット】ですかぁ――」
リーナは腕を組んで考える仕草をした。
【神秘の実のシャーベット】とは出来上がりの直前に冷却魔法でじっくり冷やした、暑いこの国でのヒットを狙った新メニューである。
【神秘の実】はこの国でポピュラーなフルーツで、高い糖度とトロッとした舌触りが特徴である。
このフルーツを極限まで冷やしたデザートを昨日から新メニューとして提供を始めたのだ。
狙いは的中して昨日は注文が殺到し、提供時間がかなりかかってしまった。
「いやぁ、ちょっと厳しいですよぉ。氷系魔法で作った氷を使って保存しても温度が上がってしまって美味しさを保てるのは5時間が限界かと――」
普通のデザートなら氷でなんとかなるんだけど、冷却魔法による究極の冷却デザートが売りのこのメニューはそうは行かない。
氷を使っても完全に冷温が維持出来ないのは私も予想はついていた。
「そっかぁ、確かに冷気が逃げちゃうと美味くないからな。じゃあ、今までどおりストックが切れたらお客様に待ってもらうしかないかぁ。神秘の実は調理に時間がかかるし、原価も高いから無駄にしたくないし」
しかし、このまま更に注文が増えると他のメニューにも支障が出るのは目に見えている。やはり、数量限定にするか、完全予約制にするか……。
「伝説の魔道具の『魔導保温庫』があればあるいは……」
「『魔導保温庫』? なんだ、それは?」
私は聞き慣れないモノの名前を聞き返した。
「ああ、『魔導保温庫』は魔導教授のフィーナ様が作られた魔法アイテムです。何でも、温かい物も冷たい物もどんなに時間が過ぎても決して温度が変わらないのだとか――。ただ、彼女のお気に入りのお店にしか提供されておらず、新参の我々では手に入れることは難しいでしょう」
なんて便利なアイテムがあるんだ。ぜひ欲しい。
しかし、確かに【シルバーガーデン】は新参の店舗だ。生きる伝説と呼ばれる彼女に来てもらうなんて難しいだろう。
オーナーのバーミリオン伯爵でもさすがにコネはないと思う。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「コネならあるぞ。親愛なるそなたのために、余が紹介状を書いてやろう」
バカンスに来ていたアウレイナス殿下は私の悩みごとに二つ返事で答えた。
「本当ですか! ダメ元で殿下に相談して正解でした」
「おいおい、ダメ元とは随分じゃないか」
「あはは、失礼しました。でも、お願いします。このデザートは私が考えた最初のメニューなので、たくさんの人に食べてもらいたいのです」
「おおっ、これはクっ、じゃなかったな、ルシアが考えたものなのか。道理でそなたのようにキレイなのだな。特に銀色の輝き、こんなに美しいデザートは初めて見る」
アウレイナスは顔を綻ばせながら、デザートを褒めてくれた。【神秘の実】の果肉は乳白色なのだが、ある一定の温度以下になると銀色に輝く。
シャーベットの利点はこの見た目の美しさにもある。
アウレイナスはなぜか、私は貴族の身分を捨ててもなお、懇意にしてくれている。
兄のケビンがここにいるからだろうか? それとも負い目があるからなのか?
「ありがとうございます。殿下にたとえお世辞でも褒めていただけて光栄です」
「世辞ではない。それにしても、ルシアよ。いい顔をするようになったの。そなたに悪いことをした余が言うことではないかもしれぬが」
アウレイナスは遠慮がちにそんなことを言った。ああ、やっぱり婚約破棄のことを気にしてるんだなー。
「はて? 殿下が何のことを申し上げているのか見当もつきません。ただ、ひとつ言えることは私は今、とっても幸せだということです」
「……そうか、それは良かった。相変わらず、強いなぁ、そなたは――」
彼は呟くように声を出すと、アイスコーヒーに口をつけた。
この国は冷たい物がよく売れる……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アウレイナス殿下と約束をしてから一週間後、フィーナの使いの者がやってきて貸し切りの予約を入れてもらった。
まさか、貸し切りにするなんて……。
私は内心、ドキドキしながらその日の業務をこなしていた。
「さあて、そろそろ休ませてもらうよ。明日は特に大事なお客様がくることを、君たちも知っているだろ?」
相変わらず、私の帰宅時間まで待っていたメリルリアと、掃除を終わらせたケビンに話しかけた。
「わたくし、噂でしか聞いたことがありませんので、会えることが楽しみですわ。ルシア様、お疲れでしょう。温かいお茶を淹れましたの」
メリルリアは私に紅茶を淹れて、手渡してくれた。彼女の淹れる紅茶は格別に美味しい。
多分、高級な茶葉を使っているだけではないと思う。
「確かに、伝説は俺だって知ってるが実物に会うとなると緊張するよなー。ジプティア女王ですら頭が上がらないっていう、世界最高齢の魔法使いがわざわざ来てくれるんだろー。腕が鳴るぜ! ちょっと、メリルリアちゃん、俺にはお茶は淹れてくれないのかい?」
「ご勝手にどうぞ。あいにく、わたくしがお茶を淹れるのはルシア様だけだと決めてますので……」
最近、この二人の小競り合いが増えてきた気がする。メリルリアがケビンには特別厳しいからだろうか?
でも、ケビンもちょっかいをかけてるし……。どっちもどっちか?
とにかく、メリルリアもケビンも明日来店予定のゲストにはとても興味があるようだ。
フィーナ=エル=フリージア、魔導教授と呼ばれる彼女が明日、この店にやって来る。
味が気に入ってくれれば、伝説の魔道具を売ってくれる約束をしてくれているので、明日の接待は絶対に成功させたい。
彼女の年齢は500歳以上と言われており、舌を唸らせるのはかなり大変だろう。
『魔導保温庫』はどうしても欲しいから頑張らなきゃなぁ。
500年以上という途方もない年月を生きている魔女、フィーナ――このとき、私は彼女との意外な接点があることなど思いもよらなかった。
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