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 ケビンとの約束の日、あたしは彼との約束の場所に向かった。もちろん、『ルシア』の格好で。

 正午の約束だったが、少しだけ早かったな。彼の姿はまだ見えなかった。

 メリルリアにはここに来る前に、この国が無くなる可能性についても話しておいた。
 彼女は真剣にあたしの話を聞いてくれて、優しく頷いた。

『万が一のことがあっても、ルシア様、いえ、クリスティーナ様の親友のマリーナ様にはバーミリオン家が総力を上げて助けます。もちろん、ハウルメルク家も同様に手を出させたりしませんわ』

 彼女の好意は嬉しかったけど、これ以上迷惑をかけたくないという思いのほうが強い。この時点で彼女に世話になりっぱなしで何を言ってるのだろうと思われるかもしれないが……。


 だから、ケビンには下手を打ってもらいたくないと思っている。というより、失敗したら許さない。
 
 なんせ、あたしは婚約破棄までしてるのだから。


 
 そろそろ正午だ。彼はもし自分が来なかったら『クリスティーナ』としての人生を捨てろと言っていた。
 貴族の令嬢として途方もない年数を生きたあたしが新しい生き方をするというのは怖い。
 幸せな結婚生活を諦めることすら、決心することに力が必要だったし。

 だから、あたしは昨日のバーミリオン伯爵の提案もとても怖かったのだ。


 そんな不安を抱えて待っていると、あっけなく待ち合わせの時間になり、教会の鐘が鳴り響く――。
 正午になったのだ。

 

 そして、半裸の男は人の気も知らないでヘラヘラしながらこちらに向かって手を振って歩いてきた。


「何を呆けてんだよ。幽霊を見たような顔しやがって」

 ケビンがあたしの頭を撫でてきた。

「やっやめろ! 鬱陶しい奴め! ――上手くやったのか?」

 あたしは彼の手を払い除けた。気安く触らないでほしいものだ。

「はぁ? “上手くやった”だとぉ? 当たり前だろ、だから俺がここに来たんだ。もちろん上手くやったさ。グランルーク伯爵の爵位は今日剥奪された。親父によってな」

 ケビンは胸を張って報告をした。なるほど、グランルーク伯爵を潰したのか。それは、凄いな。
 陛下から見ても義理の父親にあたる人なのに……。

「だったら、マリーナは? 大丈夫なんだよね? そこが一番重大なんだけど」

「当然だろ。第一王子派は第二王子派と完全に和解した。まぁ、相応の代償は支払うことになったが、万事解決したさ。アウレイナスが次期国王に内定したしな」

 ケビンは頭を掻きながらあたしの心配を振り払うひと言をくれた。
 そっか、良かったな。なんだか凄く嬉しい。裏切られなかったのは初めてだったから。


「あっありがとう。ケビン、あたしの親友を助けてくれて……」

 気付いたらあたしはお礼を口にしていた。

「バカだな。俺に礼を言うなんて。礼を言いたいのはこっちの方だっつーの。そっちが身を削ってくれたから奴らのボロが出たんだからな。オメーを毒殺した証拠が早めに押さえられたのは大きかったぜ」

  あたしを毒殺した証拠という言葉がなんともいえない感じだったが、自分の行動で親友を救えたことは素直に嬉しかった。

 ケビンという男は意外と芯のしっかりした人間なのかもしれない。


「でも、ありがとう。正直、驚いているんだよ。裏切られたことしか無かったから――」

 あたしはもう一度、ケビンの顔を見てお礼を言った。

「ん、ああ、なんだ、その……。オメーって、いい笑顔するんだな。出来れば、クリスティーナの顔で見たかったけどさ」

「はぁ?」

 あたしは気付かない内に笑っていたらしい。
 くっ、よりによってこの男の前で……。しかも、あたしがこのルシアの格好なのは貴方のせいだろ。

「いや、オメーはさ、何かずっと怒ってたじゃん。だから笑えるって思ってなくてな。メリルリアちゃんとデートしてる時だって愛想笑いしかしてなかったしさ。何か、今のオメーはいい顔だなって思っただけだよ」

 バツの悪そうな顔をして、ケビンがゆっくりと説明した。
 確かにあたしはいつからか心から笑えることが少なくなっていた。
 マリーナやフィーネという親しい人物以外には距離を開けるようにしていたからだ。

 そして、男の前では特に、というよりも本心から笑ったことは1回も無かったかもしれない。


「そうか、笑ってたんだ。あたし……」

 心の中の暗くて重いナニカが取り除かれたような気がして――。
 縛り付けられたナニカから解放されたような――そんな晴れやかな気持ちになった。



「じゃあ、お別れだ――。最期にいい笑顔が見ることが出来て良かった。これで、心置きなく処刑を受け入れることが出来るぜ」

「処刑? いきなり何を言ってるの?」
 
 ケビンの唐突な発言の意味がわからなかった。
 処刑って、冗談だよね?

「ああ、第二王子派を大人しくさせるための代償が俺の命だ。アウレイナス暗殺の主犯をグランルークとオレってことにしてな。明日、俺は処刑されるんだ――。まっ、これで、この国の不穏因子も消えて、王位継承者争いも無くなるんだ。俺の命なんて安いもんさ」

 寂しげに笑いながらケビンは手を振って、背中を向けた。

「じゃあな、クリスティーナ。絶望的な結末を何度も受けても前を向いているオメーの強さを少しだけ分けてもらったぜ。――ありがとな」

 彼はそう言い残して、城に向かって去って行った。
 
 そうか、あの男は全部背負って居なくなるつもりなんだ……。


 
「ふざけるなよ――」

 あたしは堪らない気持ちになり、拳を握りしめた。
 
 あの男にそんなカッコつけさせてやるもんか!
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