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元魔王城(142〜)
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しおりを挟む「あなたの〈異空間収納〉って、鞄全体の容量を増やすものなのね。私のは、中にいくつかの箱を作るイメージだけど……整理しにくくないの?」
暖炉の前に立つ少年の背を見ながらミハルが言った。今から何が起こるか分からないこんなときに、なんて呑気な人だとヴンダーはミハルの過剰な胆力とも楽観ともつかないあっけらかんとした様子に驚かされつつ、「はあ」と相槌を打つ。
「そうですね。僕そもそも整理整頓が苦手なんで、とりあえず全部放り込む感じになっちゃってます」
「ああ、天才魔法使いあるあるね」
拘りのある部分だけに拘り、拘りのないことには全く拘らない性格は特に優秀な研究者あたりによく見られる印象がある。
「それで取り出すときには好きなものを取り出せるの?」
「いやあ、ある程度なら配置を決められるんですけど、あとは殆ど手探りですよ。だから戦闘前だと回復薬なんかはなるべく手前に入れるようにして、あまり使わない物なんかはこうやって全部出して探した方が早いっていう」
「そうよねえ。前にリュークのマジックバッグについて考えてみたのだけど、あの底なしの容量で好きなものだけを出し入れ出来るっていうのは、一体どういう理屈なのかしら」
「ミハル……」
ヴンダーが若干引きながら憐憫の眼差しを向けていることにミハルは気付かない。後ろでソロウたちが「言ってやるな」と首を振っていたので、ヴンダーは後ろ髪を引かれる思いでリュークに向き直った。
リュークは、いつの間にか手にしていたスライムを暖炉の中へ投げ込んだ。ヴンダーが喫驚し悲鳴を上げるが、スライムは快いほどあっさりと暖炉中の煤を食い尽くしてしまった。
そして中に入れと言うのだ、この少年は。
ヴンダーは暖炉に一歩近づいただけで足を止める。
(誰が煤だらけだった暖炉に入りたがるものか……!)
明らかに何か──少年曰く、煤の正体はヴンダー自身の魔力である──が焼滅した暖炉に入って起こることは少なくとも二つに一つ、燃やされるか、燃やされないかのどちらかだ。
(狂ってる……狂ってるぞ! せめて理由を聞きたい……のに、聞けないっ!)
立ったまま頭を抱えるヴンダーに対し、優しいリュークはその腰をそっと撫でてやり、煤食らいのスライムと鞄をさり気なく持たせると、「入って」と慈悲の欠片もないような淡白な一言を投げ付けた。
ヴンダーは項垂れると屠所の羊の如くにもう一歩を踏み出し、羊を憐れむ大勢の視線を背にひしひしと感じながら更にもう一歩を踏み出す。それから、もうあと一歩を踏み出す予定の震える右足が絨毯に引っ付いたように動かなくなったところで、腹の決まらない青年の尻をリンの鼻が躊躇なく突き飛ばしたのだった。
「うわあ! や、やめ、やめ、やめ……あ……──」
断末魔にしては変梃な声を上げたヴンダーは、そこでぷっつりと途切れたように姿を消してしまった。
「ヴンダー!?」
後ろで見ていた全員がわっと押し寄せる。
しかし、暖炉の中や暖炉上部の大きな排気口の中をどれだけ探してみても何も見当たらない。
転移魔法かと推測するレオハルトとミハルだったが、果たしてどうであろうか──?
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