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元魔王城(142〜)
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しおりを挟むリュークの持つスキルの一つに〈創造〉がある。人の持つスキルとしては、本来ちょっとした装備品や調度品を作る程度の尋常な力に過ぎない筈のものだ。ところが、親切な神々が軽い気持ちでリュークに授けてしまったせいで、今や彼の〈創造〉とは神々にとって大きな悩みに他ならぬ甚だ非常識なスキルと成り果ててしまった。
というのも、この非常識なスキルがトレントを杖に変えたり、積雪や障害物をごっそり消し去ったり、或いは祭壇を使用するにあたって供物と恩恵の間で莫大な過不足を生み出すような召喚を仕出かすのである。
そして、この非常識が今また吸血鬼をマントに変えてしまったところだ。
魔法の神を始め、神々がどれほど頭を痛めているかなど少年はつゆ知らず、もしくは知ったところで難しい話は革袋にでも放り込んでお仕舞いにするかもしれない。兎に角、このスキルが世界に及ぼす影響など、今を生きる少年にとっては極々の些事である。些事にかかずらうつもりのない少年は、早くミハルに格好良いマントをあげたい一心で小走りになった。
少年がミハルを起こしてマントをプレゼントする場面をぼんやりと視界に入れていた他の大人たちは、頗る顔色の悪いミハルが礼を述べつつマントを広げるなりぎょっとして悲鳴を上げたので、一斉に驚いて我に返った。
「なんなの! 誰なの!」
ミハルはマントを投げ捨てて叫んでいる。
リュークは吃驚したが、すぐにマントを回収して再度ミハルに手渡した。ミハルは酷く困惑しながらも、リュークの行動が優しさからであるものとよくよく理解しているので断るわけにもいかず、ほんの指先だけでそれを受け取った。
「また顔……」
辟易しながら渋々広げたマントの裏地に深紅の顔が浮き出ている。よく見ると、まごうことなき吸血鬼の顔面である。
「これは失敬。驚かせてすまないね、お嬢さん。しかし、私とて好きでこうなった訳ではないのだ」
「お嬢さん……?」ミハルはどこかむず痒そうに聞き返した。
「ああ、美しいお嬢さん。私も出来ることなら五体満足でいたかった。それがまさか、顔の造形と声しか残らぬとは。申し訳ないが、暫くの間世話になっても構わぬだろうか?」
「美しい……お嬢さん……?」ミハルはいよいよ綻ぶ口許を隠しきれない。「あら、あら、いやだわ。一体何がどうしてこうなったのか知らないけれど……そうよね、もう成ってしまったものは仕方がないわね。いいわ、面倒見てあげる」
軽い、と兵士の誰かが呟いた。ソロウとギムナックは遠い目をして呆れるばかりである。ミハルのそばに居るレオハルトも信じ難い様子で微かに眉を顰めている。一方、リュークはミハルにマントを気に入ってもらえて嬉しそうだ。リンは、嬉しそうにしているリュークを見て自分も嬉しそうにしている。
そのうちに扉が開き、フルルとヴンダーが寝袋を引き摺ってやって来た。
「皆、無事なの!? ヴァンパイアを倒しちゃうなんて凄いや!」
「本当に治癒魔法無しで勝つとは……ん? どうしたんですか? 何かありました? あっ、ミハル! それ戦利品ですか? 吸血鬼のマント?」
二人は興奮していて、すぐに報告を求めつつ怪我の手当や着替えの手伝いを手際よく済ませた。
ただ、ここでの顛末は誰が口で説明しても殆ど信じなかった。
少年がトレントの杖で吸血鬼を殴ってマントにした──確かに、そう言われて信じる者は稀だろう。しかし、流石に吸血鬼のマントの顔を見せられては現実を受け入れない訳にもいかない。ヴンダーとフルルは貴族口調の立派なマントを眼の前にして、何かに化かされたような気分で納得する他なかった。
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