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洞窟の迷路(134〜)

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「起きないよ」

 そう返されて、大人たちは言葉を失った。
 起きない、の意味するところを必死で考える。まさか、このまま一生……?

「どうして起きないの?」

 男たちより辛うじて早く冷静になったミハルが尋ねた。リュークは数秒言葉を選んでからミハルを見上げる。

「プーパと話してる」

悪魔の人形プーパと? 閣下は今、プーパとお話をしているの?」

「そうだよ。あのね、プーパに回復薬をあげたら?」

「……うん?」

 先ほどもそう言っていた。「プーパに回復薬」とは一体どういうことであろうか? 今度はギムナックが尋ねてみる。

「そのプーパってのは、閣下の腕にある黒い部分のことか?」 

「かっかのプーパにしたんだ。腕をくっつけるから、プーパはかっかと話すんだ。そうじゃないと困るから」

「ほほう……?」

 ギムナックは名探偵のように腕を組み、顎を撫でて寝袋を見下ろした。あまり意味が分からない。が、リュークが一生懸命に説明しようとしてくれたことと、他にも少しは分かるところがある。
 つまり、プーパで腕をくっつけるためには条件があるのだ。そして、その条件とはおそらく。

「精神の対話でしょうか」

 レオハルトが口を開いた。
 精神の対話とは、自身の内側にあるとされる〈精神的空間〉で行われる他者との対話をいう。人の中でこれが行われることは滅多にないものの、有名なところで一つ例を挙げるとするならば、一般的に「神のお告げ」と呼ばれるものがそれに当たる。神が心に直接語りかけてきて、予言や天啓をもたらすというあれである。

 しかし、これまでプーパと精神の対話を行ったなどという記録はどこにもない。そも殆ど泥人形でしかないプーパが何を喋るというのだろうか? あったとして、呪詛なのでは?

 いや寧ろプーパではなく対話の相手が悪魔であるというなら有り得る話だ。何故と言えば、悪魔が人の精神を乗っ取ったという事件は度々起きているし、「神のお告げ」とは比較にならない悪質なスキル〈精神操作〉は字面から察せられる通りの最悪な能力であり、そのうえ悪魔の格によってはほぼ不可避の外道技であるからだ。

 さらにいえば、悪魔でなくとも吸血鬼や淫魔などは人の心をたぶらかす術に長けている。まあ、吸血鬼はともかく、淫魔にグランツが誘惑されるとは誰も思わないが、それでもよりはまだ可能性があるのではないだろうか。

「プーパが話してるところを聞いたことがないんだが、精神的空間では言語は関係ないんだっけか?」

 ソロウが寝袋からグランツを引きずり出して腕を見ながら首をひねった。グランツが着せられている新しいシャツは、怪我の具合を見るために右肩から先が切り取られている。腕についている美しい筋肉こそ衰えている様子はないが、気のせいだろうか、肘下の黒い線が若干歪んでいる。

「言語に依らず、心もしくは感情、思念が直接伝わるものと仮定されています。しかし、プーパに対話の概念があるとは思えません。もしあるとするなら、それはプーパに感情や思念があるということになりますから」

「難しいわね。魔力傀儡に過ぎないプーパに感情や思念……ううん、やっぱり無いんじゃないかしら。でも、そうね、プーパには同じ魔力傀儡であるゴーレムが持つ「かく」の代わりに魂が混ぜられているらしいから、もしかしたら、もしかするのかも? だとしたら……閣下はプーパとどんなお話をしているのかしら、リューク?」

「えっと、仲よくするか、しないか、するか、しないか、体をもらう、あげない、渡す、ことわる──って言ってるよ」

 リュークはグランツのところまで行って、革袋から「救急セット」の木箱を出した。思いがけない少年の返答と行動に大人たちは反応できなかった。ドッ、ドッ、と驚きから心拍数が急激に上昇する。心臓に悪い、と胸を抑える大人たちの様子に気付きもしないリュークは、木箱を開けてどれが回復薬かと瓶を一本一本見比べた。

「殺す、殺さない、殺すって言ってるよ。ねえ、回復薬はこれ?」

 リュークは赤い液体の小瓶を持ち上げてソロウに見せた。ソロウは酷くどもりながら「薄い、青色のほう」と答えた。

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