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氷竜駆逐作戦(78〜)

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 この日の夜は短かった。オローマの中に居るものは、ひとり残らず疲弊しきっていた。
 ──否、グランツとリュークとリンだけが例外だったようだ。
 とにかく、その三名以外は、朝まで祝い騒ぎ飲み明かすつもりでいたにも関わらず、日を跨ぐ前に全員が気絶するように眠ってしまったのだった。

 街はしんと静まり返っていた。雪に埋もれていたときとは違う。月と星々が見守る平和な静けさだった。雪解けの雫が屋根の端から煉瓦に落ちる音が心地よく響く、そんな夜。

 この感動的な一夜を無邪気に破壊する奇声をあげたのが、アルベルム辺境伯グランツと少年リュークに魔狼リンである。
 彼らは誰にも叱られないのを良いことに、市街中をくまなく走り回って遊んだ。
 リュークが道を通ると、壊れてしまっているはずの魔石式の街灯が次々と明かりを灯すのが不思議で、グランツは齢三十代も後半の大人らしからぬ喜びぶりではしゃいだ。
 リンは、たまにリュークの鈍くさい走りに合わせるために少女の姿をとった。素っ裸の少女に狼狽えるグランツがまた可笑しくて、リュークと少女は大いに笑った。

 外壁の外から街へと流れる川は大量の雪解け水のせいで氾濫していたが、街は水門を閉ざしたので洪水を免れ、用水路は穏やかに流れている。山から流れてきて行き着くところまで行くだけの冷たい水が、まるで昨日までの災難など知らぬと澄ました顔をしているようだ。リュークはその水に触れて、あまりに地上の空気と異なる冷たさに手を引っ込めたが、リンの方は魔狼の姿で飛沫を上げて冷水へ飛び込むと、華麗な犬かきを披露した。

 三人だけの自由な運動会は、いつの間にか夜明けが訪れると同時に城から出てきたレオハルトによって終了が宣言されるまで続けられたのだった。


 脅威が去ったあとの、なんと清々しい朝だろう。幻想的な朝靄の涼しさが疲れを癒すようだった。
 だが、現実は領内の殆どの虫や動物達が雪の中では生きられず、あれほど豊かだった生命の息吹は人と多少の木々を残して消え失せている。今は綺麗に見えるオローマも、他の村々も、今後の処理によっては腐臭と感染症に悩まされることになるだろう。
 これからは、若きテヌート伯爵の領主としての能力が一層試される。

 また──あるいは、それよりも、貴族や大商人にとっては、今回の件における王都の対応は注目せざるを得ない結果となった。
 今回の件で王都からおそらく殆ど支援がなかったことについて、テヌート領内では既に批判が噴出している。アルベルムまで速報が行けば、当然アルベルム領でも王都への不信感が高まるのは避けられない。この一見無関心のような王都の腰の重さが故意であったか否か、これを見極める必要というのが、どの領主にもあるだろう。
 仮に自分の領地が危機に陥ったときに王都が動かないというのであれば、王に従属する利点など無いに等しいということになるからだ。これは、領地を持たない貴族や商人にとっても同じことが言える。他の貴族や民を守らない王政に意味があるとは思われないからだ。

 その上、王と対照的にアルベルム辺境伯が華々しく活躍してしまったことも問題である。王の評価が下がり、辺境伯の評価が上がる。辺境伯の思想によっては国内の均衡が崩れかねない事態となる。つまり、周りから見ればいつ内乱が起こってもおかしくない程深刻な事態ということである。

 まあ、当の本人であるグランツ・フォン・ポールマン・アルベルム辺境伯は、王が故意に民を虐げない限り、王家を裏切るなどという発想には至らないお人好しである。今度のことも結果的にテヌート伯爵領の被害が人命に及ばずに済んだため、単純で前向きなグランツは王への不満などつゆ思い付きもしない。
 ただし、もしもテヌート伯爵領が今回の事件で人命を失うような被害にあって、王がそこへ差し伸べる手を持たなかったとなれば、即時開戦の火蓋が切られたかも知れない。

 このように、自ら武功を積み上げて現在の地位を築き上げてきたアルベルム辺境伯には、巨大な爆弾のような危うさがある。また、これこそが絶対王政の抱える危険性であるとも言える。王は常に王家の強さと存在意義を知らしめていなければ、領主どもを飼い慣らしてはおけないのだ。

 辺境伯側近のレオハルトはこの辺りのことをよく理解していたので、「王の真意を確かめるまでは迂闊な言動を慎むように」とグランツの口を操って言わせた。
 テヌート伯爵やその配下はしかと頷いたが、領民のことごとくを統制するのは不可能であるとも言った。まさしく人の口に戸は立てられないということであるが、果たしてグランツは「領民がそれほど元気なら安心だ」と快活に笑い飛ばしたのだった。

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