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テヌート伯爵領(60〜)
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とにかく本人に会ってみましょう、とミハルが言ったので、全員は小会議室を後にした。
長い廊下を行く道すがら、ソロウとギムナックが途中参加の二人にアイスドラゴンや宝玉のことを伝える。リュークとリンは、子どもらしくじゃれ合いながら大人たちの後ろを着いてきている。
それからミハルとレオハルトが驚き疲れた頃。テヌート伯爵は、とある客室らしき部屋の前で足を止めた。
その部屋は救護室として使われているようだった。奥の壁際には五床のベッドが並び、今は二人の老人が眠っている。窓は無く、右手の暖炉ではしっとりとした火が揺らいでいる。天井は高くない。明かりは蝋燭ではなく、ヴレド伯爵が使っていた魔法と似た丸い発光体が二つ、部屋の中を彷徨うように浮かんでいる。
所々のカゴやワゴンに清潔そうな白のシーツや包帯が所狭しと積まれている。
左手の扉は隣の部屋へと続いているようだ。
部屋の中央には猫脚の丸椅子とテーブルがあって、そこに構えていた四十がらみの背の低い医者は、颯爽と現れたテヌート伯爵とグランツを見て飛び上がるようにして椅子を立ち、
「どどどどうされました! 熱ですか、怪我ですか!」
と慌てふためいた。丸い光の玉がその動きに連動して揺れると、部屋中の影という影が目まぐるしく動いてリンの本能を刺激したので、リンが動き始める前にギムナックが抱き上げた。
この頼りなげな医者のしっかりと後ろに流して固めた金髪はまだ若々しく、綺麗に整えたチョビ髭が喋るたびに動いてお茶目に見える。
「落ち着け、カルパチオ。ヴンダーに会いに来た。しばらく誰も近付けないでくれ」
「はい、あ、しかし、彼はまだ──」
カルパチオと呼ばれた医者はもごもごと何か呟いたが、テヌート伯爵は「頼んだぞ」と言って左手の扉を開け、グランツたちを招き入れると、堅く扉を閉め、鍵を掛けた。
部屋の床には深い臙脂色の絨毯が敷いてある。隣の部屋と同じく広さがあり、ランプの灯が明るい。大小様々な火鉢が無造作に置かれており、その上に焼石が乗っかっている。小会議室にも設置されていたこの焼石は、温めたものを魔法で保温しているらしく、暖炉に火を入れるよりも部屋全体を暖めるのに適しているようだった。
中央の大きなベッドに設えてある天蓋の深紅のカーテンは閉じられており、中の様子は全く分からない。
レオハルトとミハルは、部屋へ入る前からこわばった面持ちで言葉を失っている。自分たち以外の魔力を全く感じないのだ。S級冒険者である魔法使いを前にして、こんなことが有り得るものか。
「失礼するよ、ヴンダー」
テヌート伯爵は声を掛けて三秒後にゆっくりとカーテンを開いた。
ベッドに横たわる青年は、落ち窪んだ目でテヌート伯爵を見上げた。
グランツたちは、彼のあまりの窶れ具合に絶句した。
キラキラと輝いていた淡い茶色の髪はボサボサで、なだらかな曲線を描いていた頬はすっかりこけ、いつも笑みを浮かべていた唇は乾いてひび割れていて、顔全体は氷水に浸けたあとのように青い。
かつて冒険者きっての優男と呼ばれた好青年の姿は見る影もなく、此処にはただ弱りきった一人の哀れな男が居るだけだった。
長い廊下を行く道すがら、ソロウとギムナックが途中参加の二人にアイスドラゴンや宝玉のことを伝える。リュークとリンは、子どもらしくじゃれ合いながら大人たちの後ろを着いてきている。
それからミハルとレオハルトが驚き疲れた頃。テヌート伯爵は、とある客室らしき部屋の前で足を止めた。
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と慌てふためいた。丸い光の玉がその動きに連動して揺れると、部屋中の影という影が目まぐるしく動いてリンの本能を刺激したので、リンが動き始める前にギムナックが抱き上げた。
この頼りなげな医者のしっかりと後ろに流して固めた金髪はまだ若々しく、綺麗に整えたチョビ髭が喋るたびに動いてお茶目に見える。
「落ち着け、カルパチオ。ヴンダーに会いに来た。しばらく誰も近付けないでくれ」
「はい、あ、しかし、彼はまだ──」
カルパチオと呼ばれた医者はもごもごと何か呟いたが、テヌート伯爵は「頼んだぞ」と言って左手の扉を開け、グランツたちを招き入れると、堅く扉を閉め、鍵を掛けた。
部屋の床には深い臙脂色の絨毯が敷いてある。隣の部屋と同じく広さがあり、ランプの灯が明るい。大小様々な火鉢が無造作に置かれており、その上に焼石が乗っかっている。小会議室にも設置されていたこの焼石は、温めたものを魔法で保温しているらしく、暖炉に火を入れるよりも部屋全体を暖めるのに適しているようだった。
中央の大きなベッドに設えてある天蓋の深紅のカーテンは閉じられており、中の様子は全く分からない。
レオハルトとミハルは、部屋へ入る前からこわばった面持ちで言葉を失っている。自分たち以外の魔力を全く感じないのだ。S級冒険者である魔法使いを前にして、こんなことが有り得るものか。
「失礼するよ、ヴンダー」
テヌート伯爵は声を掛けて三秒後にゆっくりとカーテンを開いた。
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キラキラと輝いていた淡い茶色の髪はボサボサで、なだらかな曲線を描いていた頬はすっかりこけ、いつも笑みを浮かべていた唇は乾いてひび割れていて、顔全体は氷水に浸けたあとのように青い。
かつて冒険者きっての優男と呼ばれた好青年の姿は見る影もなく、此処にはただ弱りきった一人の哀れな男が居るだけだった。
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