上 下
77 / 194
テヌート伯爵領(60〜)

76

しおりを挟む
 とにかく本人に会ってみましょう、とミハルが言ったので、全員は小会議室を後にした。
 長い廊下を行く道すがら、ソロウとギムナックが途中参加の二人にアイスドラゴンや宝玉のことを伝える。リュークとリンは、子どもらしくじゃれ合いながら大人たちの後ろを着いてきている。

 それからミハルとレオハルトが驚き疲れた頃。テヌート伯爵は、とある客室らしき部屋の前で足を止めた。


 その部屋は救護室として使われているようだった。奥の壁際には五床のベッドが並び、今は二人の老人が眠っている。窓は無く、右手の暖炉ではしっとりとした火が揺らいでいる。天井は高くない。明かりは蝋燭ではなく、ヴレド伯爵が使っていた魔法と似た丸い発光体が二つ、部屋の中を彷徨うように浮かんでいる。
 所々のカゴやワゴンに清潔そうな白のシーツや包帯が所狭しと積まれている。
 左手の扉は隣の部屋へと続いているようだ。
 部屋の中央には猫脚の丸椅子とテーブルがあって、そこに構えていた四十がらみの背の低い医者は、颯爽と現れたテヌート伯爵とグランツを見て飛び上がるようにして椅子を立ち、

「どどどどうされました! 熱ですか、怪我ですか!」

 と慌てふためいた。丸い光の玉がその動きに連動して揺れると、部屋中の影という影が目まぐるしく動いてリンの本能を刺激したので、リンが動き始める前にギムナックが抱き上げた。
 この頼りなげな医者のしっかりと後ろに流して固めた金髪はまだ若々しく、綺麗に整えたチョビ髭が喋るたびに動いてお茶目に見える。
 
「落ち着け、カルパチオ。ヴンダーに会いに来た。しばらく誰も近付けないでくれ」

「はい、あ、しかし、彼はまだ──」

 カルパチオと呼ばれた医者はもごもごと何か呟いたが、テヌート伯爵は「頼んだぞ」と言って左手の扉を開け、グランツたちを招き入れると、堅く扉を閉め、鍵を掛けた。



 部屋の床には深い臙脂色の絨毯が敷いてある。隣の部屋と同じく広さがあり、ランプの灯が明るい。大小様々な火鉢が無造作に置かれており、その上に焼石が乗っかっている。小会議室にも設置されていたこの焼石は、温めたものを魔法で保温しているらしく、暖炉に火を入れるよりも部屋全体を暖めるのに適しているようだった。
 中央の大きなベッドに設えてある天蓋の深紅のカーテンは閉じられており、中の様子は全く分からない。


 レオハルトとミハルは、部屋へ入る前からこわばった面持ちで言葉を失っている。自分たち以外の魔力を全く感じないのだ。S級冒険者である魔法使いを前にして、こんなことが有り得るものか。


「失礼するよ、ヴンダー」

 テヌート伯爵は声を掛けて三秒後にゆっくりとカーテンを開いた。


 ベッドに横たわる青年は、落ち窪んだ目でテヌート伯爵を見上げた。

 グランツたちは、彼のあまりのやつれ具合に絶句した。
 キラキラと輝いていた淡い茶色の髪はボサボサで、なだらかな曲線を描いていた頬はすっかりこけ、いつも笑みを浮かべていた唇は乾いてひび割れていて、顔全体は氷水に浸けたあとのように青い。

 かつて冒険者きってのと呼ばれた好青年の姿は見る影もなく、此処にはただ弱りきった一人の哀れな男が居るだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔神として転生した~身にかかる火の粉は容赦なく叩き潰す~

あめり
ファンタジー
ある日、相沢智司(アイザワサトシ)は自らに秘められていた力を開放し、魔神として異世界へ転生を果たすことになった。強大な力で大抵の願望は成就させることが可能だ。 彼が望んだものは……順風満帆な学園生活を送りたいというもの。15歳であり、これから高校に入る予定であった彼にとっては至極自然な願望だった。平凡過ぎるが。 だが、彼の考えとは裏腹に異世界の各組織は魔神討伐としての牙を剥き出しにしていた。身にかかる火の粉は、自分自身で払わなければならない。智司の望む、楽しい学園生活を脅かす存在はどんな者であろうと容赦はしない! 強大過ぎる力の使い方をある意味で間違えている転生魔神、相沢智司。その能力に魅了された女性陣や仲間たちとの交流を大切にし、また、住処を襲う輩は排除しつつ、人間世界へ繰り出します! ※番外編の「地球帰還の魔神~地球へと帰った智司くんはそこでも自由に楽しみます~」というのも書いています。よろしければそちらもお楽しみください。本編60話くらいまでのネタバレがあるかも。

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

喰らう度強くなるボクと姉属性の女神様と異世界と。〜食べた者のスキルを奪うボクが異世界で自由気ままに冒険する!!〜

田所浩一郎
ファンタジー
中学でいじめられていた少年冥矢は女神のミスによりできた空間の歪みに巻き込まれ命を落としてしまう。 謝罪代わりに与えられたスキル、《喰らう者》は食べた存在のスキルを使い更にレベルアップすることのできるチートスキルだった! 異世界に転生させてもらうはずだったがなんと女神様もついてくる事態に!?  地球にはない自然や生き物に魔物。それにまだ見ぬ珍味達。 冥矢は心を踊らせ好奇心を満たす冒険へと出るのだった。これからずっと側に居ることを約束した女神様と共に……

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

ある化学者転生 記憶を駆使した錬成品は、規格外の良品です

黄舞
ファンタジー
祝書籍化ヾ(●´∇`●)ノ 3月25日発売日です!! 「嫌なら辞めろ。ただし、お前みたいな無能を使ってくれるところなんて他にない」  何回聞いたか分からないその言葉を聞いた俺の心は、ある日ポッキリ折れてしまった。 「分かりました。辞めます」  そう言って文字通り育ててもらった最大手ギルドを辞めた俺に、突然前世の記憶が襲う。  前世の俺は異世界で化学者《ケミスト》と呼ばれていた。 「なるほど。俺の独自の錬成方法は、無意識に前世の記憶を使っていたのか」  通常とは異なる手法で、普通の錬金術師《アルケミスト》では到底及ばぬ技能を身に付けていた俺。  さらに鮮明となった知識を駆使して様々な規格外の良品を作り上げていく。  ついでに『ホワイト』なギルドの経営者となり、これまで虐げられた鬱憤を晴らすことを決めた。  これはある化学者が錬金術師に転生して、前世の知識を使い絶品を作り出し、その高待遇から様々な優秀なメンバーが集うギルドを成り上がらせるお話。 お気に入り5000です!! ありがとうございますヾ(●´∇`●)ノ よろしければお気に入り登録お願いします!! 他のサイトでも掲載しています ※2月末にアルファポリスオンリーになります 2章まで完結済みです 3章からは不定期更新になります。 引き続きよろしくお願いします。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...