54 / 147
ヴレド伯爵領(47〜)
53
しおりを挟む馬車の中。辟易と同情の入り混じった表情を浮かべるソロウは、すっかり怯えきって腕に縋り付いてくるヴレド伯爵の背を黙ってさすってやっている。
彼に何が起こったのか。さっきは驚いたものの、今はなんとなく想像できる気がする。
(大方、リュークの内側を覗こうとでもしたんだろう。フォスター曰く、リュークには全ての神の加護が付いてるらしいから……まあ、そうなるわな)
ギムナックほどの信仰心を持たないソロウからすれば、ステータス以外で神の存在を認められる瞬間は少ない。「大地も空も海も全て神が創造なされた奇跡だ」などと言われたところで、「へえ」としか思わない。
ただ、それが事実であることは知っている。
──もしくは、「知っている」というよりも、「否定出来ない」と言うべきかもしれない。
とても論理的な話ではない。寧ろ漠然とした、直感的で抽象的な理論であって、只々現実として「物理的に不可能」という一言に尽きる。もはや宗教観や常識の問題ではない。違う方向を向きたいのに、しっかりと頭を固定されて叶わないような、目に見えない力の抵抗によって許されないのだ。
不条理な制限は、この世界に神の意思があることを常に知らしめている。
そこへ不用意に手を伸ばせば、神の逆鱗に触れかねない。
今回、知らず手を伸ばしてしまったヴレド伯爵は奇跡的にこの程度で済まされた。理不尽だが、神の慈悲に感謝すべきだろう。
「ヴレド伯爵。我々はこのまま夜営するが、貴公は如何なされるか。もし良ければ一緒に──」
グランツの親切な提案は、最後まで語られなかった。
馬車の前後で突如喚声が上がったからだ。悲鳴や号令が飛び交うも、大声が雑然としすぎていて状況が分からない。
何事だ、とグランツは腰の剣に手をかけて馬車を飛び出した。ソロウも続こうと勢い良く立ち上がろうとしたが、ヴレド伯爵にがっしりと腕を抱き込まれ、逆にシートへ倒れ込んでしまう。
「ちょっと、離してくださいよ伯爵!」
ソロウは伯爵を剥がそうと腕を引くが、何かの魔法を使っているらしく、びくともしない。気持ち悪いことに、まるで元々腕の一部のようですらある。
(この、クソ野郎が!)
絶対にリュークには聞かせないような文句を腹の中で吐き散らしながら、ソロウは半ば諦めて項垂れる。
そうするうちに、外の声がだんだんと鮮明に聞こえてくる。
「魔犬か!」
「ペガサス!?」
「でかい犬だ! いや、狼か!」
「ペガサス!?」
「狼じゃない、魔狼だ! こいつは私が引き受ける! お前たちはペガサスを──……ペガサス!?」
(なんだ……? 魔犬? 魔狼? ペガサス?)
とにかく騒然としている。しかし、グランツが居る限り心配はいらないだろうと考える。
護衛の存在意義は微塵も無いと言わざるを得ないが、グランツ曰く「民を守るのが貴族の役目」らしいので、役目を全うさせてやるという大義名分で問題はあるまい。
「うわ、巨大化したぞ! 隊形を乱すな!」
「ペガサス!?」
「絶対に噛まれるなよ!」
外の喧騒はいよいよ激しさを増すばかり。ソロウは左腕にくっついている伯爵を見下ろして大きく溜息を吐いた。
馬車を背に構えるグランツ一行は混乱の最中にある。
唯一リュークだけは大人たちの動揺に対して動揺しているだけなのと、レオハルトは持ち前の冷静さを失っていなかったが、馬車を挟んで後方に出現した銀色の〈魔狼〉と、前方に翼の生えた白馬──所謂〈ペガサス〉と思しき生物の登場によって引き起こされた混乱は容易く鎮静しそうにない。
「よし! ペガ……ペガサス? いや、ペガスス? いや、やはりペガサスか? ──は、しばらく様子見だ。とにかく、こっちの魔狼を片付ける。お前たちは下がっていなさい」
グランツは空想上の存在と云われるペガサスの存在と呼称に引っかかりを覚えつつも、強敵に違いない魔狼との対戦に心躍らせる。
一方、銀色の魔狼の方も嬉しげに舌を出して息を切らせている。
魔狼の大きさは、ギムナックより大きく馬よりは少し小さい。頭部から尻尾にかけての上側は黒みがかった銀色で、下側は顎から尻尾の先まで殆ど白に近い毛色をしている。泥浴びをしたのか汚れているが、元が綺麗な毛並みであることは見て取れる。
リュークの体より大きいモフモフの尻尾が千切れそうな程振り回されて、むせ返るほど土埃がたっている。グランツはそれを「目眩ましとは、頭の切れる魔物め」と勘違いにて喜色満面。
馬車の前方では、長いまつ毛を伏せたまま優雅に首を振り尻尾を揺らすペガサス。月下に映える雪原のごと、皓々たる姿の美しきかな──などと悠長に感想を述べる者はこの場に居ない。
急に翼の生えた白馬を見張ることしか出来ないミハルとギムナックは、神に祈るために組んだままにしていた両手を、無表情のまま、今になってようやく解いたのだった。
1
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
異世界のんびり冒険日記
リリィ903
ファンタジー
牧野伸晃(マキノ ノブアキ)は30歳童貞のサラリーマン。
精神を病んでしまい、会社を休職して病院に通いながら日々を過ごしていた。
とある晴れた日、気分転換にと外に出て自宅近くのコンビニに寄った帰りに雷に撃たれて…
================================
初投稿です!
最近、異世界転生モノにはまってるので自分で書いてみようと思いました。
皆さん、どうか暖かく見守ってくださいm(._.)m
感想もお待ちしております!
異世界転移は分解で作成チート
キセル
ファンタジー
黒金 陽太は高校の帰り道の途中で通り魔に刺され死んでしまう。だが、神様に手違いで死んだことを伝えられ、元の世界に帰れない代わりに異世界に転生することになった。
そこで、スキルを使って分解して作成(創造?)チートになってなんやかんやする物語。
※処女作です。作者は初心者です。ガラスよりも、豆腐よりも、濡れたティッシュよりも、凄い弱いメンタルです。下手でも微笑ましく見ていてください。あと、いいねとかコメントとかください(′・ω・`)。
1~2週間に2~3回くらいの投稿ペースで上げていますが、一応、不定期更新としておきます。
よろしければお気に入り登録お願いします。
あ、小説用のTwitter垢作りました。
@W_Cherry_RAITOというやつです。よろしければフォローお願いします。
………それと、表紙を書いてくれる人を募集しています。
ノベルバ、小説家になろうに続き、こちらにも投稿し始めました!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
チュートリアル場所でLv9999になっちゃいました。
ss
ファンタジー
これは、ひょんなことから異世界へと飛ばされた青年の物語である。
高校三年生の竹林 健(たけばやし たける)を含めた地球人100名がなんらかの力により異世界で過ごすことを要求される。
そんな中、安全地帯と呼ばれている最初のリスポーン地点の「チュートリアル場所」で主人公 健はあるスキルによりレベルがMAXまで到達した。
そして、チュートリアル場所で出会った一人の青年 相斗と一緒に異世界へと身を乗り出す。
弱体した異世界を救うために二人は立ち上がる。
※基本的には毎日7時投稿です。作者は気まぐれなのであくまで目安くらいに思ってください。設定はかなりガバガバしようですので、暖かい目で見てくれたら嬉しいです。
※コメントはあんまり見れないかもしれません。ランキングが上がっていたら、報告していただいたら嬉しいです。
Hotランキング 1位
ファンタジーランキング 1位
人気ランキング 2位
100000Pt達成!!
転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
なんだって? 俺を追放したSS級パーティーが落ちぶれたと思ったら、拾ってくれたパーティーが超有名になったって?
名無し
ファンタジー
「ラウル、追放だ。今すぐ出ていけ!」
「えっ? ちょっと待ってくれ。理由を教えてくれないか?」
「それは貴様が無能だからだ!」
「そ、そんな。俺が無能だなんて。こんなに頑張ってるのに」
「黙れ、とっととここから消えるがいい!」
それは突然の出来事だった。
SSパーティーから総スカンに遭い、追放されてしまった治癒使いのラウル。
そんな彼だったが、とあるパーティーに拾われ、そこで認められることになる。
「治癒魔法でモンスターの群れを殲滅だと!?」
「え、嘘!? こんなものまで回復できるの!?」
「この男を追放したパーティー、いくらなんでも見る目がなさすぎだろう!」
ラウルの神がかった治癒力に驚愕するパーティーの面々。
その凄さに気が付かないのは本人のみなのであった。
「えっ? 俺の治癒魔法が凄いって? おいおい、冗談だろ。こんなの普段から当たり前にやってることなのに……」
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
テンプレを無視する異世界生活
ss
ファンタジー
主人公の如月 翔(きさらぎ しょう)は1度見聞きしたものを完璧に覚えるIQ200を超える大天才。
そんな彼が勇者召喚により異世界へ。
だが、翔には何のスキルもなかった。
翔は異世界で過ごしていくうちに異世界の真実を解き明かしていく。
これは、そんなスキルなしの大天才が行く異世界生活である..........
hotランキング2位にランクイン
人気ランキング3位にランクイン
ファンタジーで2位にランクイン
※しばらくは0時、6時、12時、6時の4本投稿にしようと思います。
※コメントが多すぎて処理しきれなくなった時は一時的に閉鎖する場合があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる