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ヴレド伯爵領(47〜)

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 馬車の中。辟易へきえきと同情の入り混じった表情を浮かべるソロウは、すっかり怯えきって腕にすがり付いてくるヴレド伯爵の背を黙ってさすってやっている。

 彼に何が起こったのか。さっきは驚いたものの、今はなんとなく想像できる気がする。

(大方、リュークの内側を覗こうとでもしたんだろう。フォスター曰く、リュークには全ての神の加護が付いてるらしいから……まあ、そうなるわな)

 ギムナックほどの信仰心を持たないソロウからすれば、ステータス以外で神の存在を認められる瞬間は少ない。「大地も空も海も全て神が創造なされた奇跡だ」などと言われたところで、「へえ」としか思わない。
 ただ、それが事実であることは知っている。


 ──もしくは、「知っている」というよりも、「否定出来ない」と言うべきかもしれない。


 とても論理的な話ではない。寧ろ漠然とした、直感的で抽象的な理論であって、只々現実として「物理的に不可能」という一言に尽きる。もはや宗教観や常識の問題ではない。違う方向を向きたいのに、しっかりと頭を固定されて叶わないような、目に見えない力の抵抗によって許されないのだ。

 不条理な制限は、この世界に神の意思があることを常に知らしめている。
 そこへ不用意に手を伸ばせば、神の逆鱗に触れかねない。
 今回、知らず手を伸ばしてしまったヴレド伯爵は奇跡的にこの程度で済まされた。理不尽だが、神の慈悲に感謝すべきだろう。

「ヴレド伯爵。我々はこのまま夜営するが、貴公は如何いかがなされるか。もし良ければ一緒に──」

 グランツの親切な提案は、最後まで語られなかった。

 馬車の突如喚声が上がったからだ。悲鳴や号令が飛び交うも、大声が雑然としすぎていて状況が分からない。

 何事だ、とグランツは腰の剣に手をかけて馬車を飛び出した。ソロウも続こうと勢い良く立ち上がろうとしたが、ヴレド伯爵にがっしりと腕を抱き込まれ、逆にシートへ倒れ込んでしまう。

「ちょっと、離してくださいよ伯爵!」

 ソロウは伯爵を剥がそうと腕を引くが、何かの魔法を使っているらしく、びくともしない。気持ち悪いことに、まるで元々腕の一部のようですらある。

(この、クソ野郎が!)

 絶対にリュークには聞かせないような文句を腹の中で吐き散らしながら、ソロウは半ば諦めて項垂れる。

 そうするうちに、外の声がだんだんと鮮明に聞こえてくる。

「魔犬か!」
「ペガサス!?」
「でかい犬だ! いや、狼か!」
「ペガサス!?」
「狼じゃない、魔狼だ! こいつは私が引き受ける! お前たちはペガサスを──……ペガサス!?」

(なんだ……? 魔犬? 魔狼? ペガサス?)

 とにかく騒然としている。しかし、グランツが居る限り心配はいらないだろうと考える。
 護衛の存在意義は微塵みじんも無いと言わざるを得ないが、グランツ曰く「民を守るのが貴族の役目」らしいので、役目を全うさせてやるという大義名分で問題はあるまい。

「うわ、巨大化したぞ! 隊形を乱すな!」
「ペガサス!?」
「絶対に噛まれるなよ!」

 外の喧騒はいよいよ激しさを増すばかり。ソロウは左腕にくっついている伯爵を見下ろして大きく溜息を吐いた。







 




 馬車を背に構えるグランツ一行は混乱の最中にある。
 唯一リュークだけは大人たちの動揺に対して動揺しているだけなのと、レオハルトは持ち前の冷静さを失っていなかったが、馬車を挟んで後方に出現した銀色の〈魔狼〉と、前方に翼の生えた白馬──所謂〈ペガサス〉と思しき生物の登場によって引き起こされた混乱は容易く鎮静しそうにない。

「よし! ペガ……ペガサス? いや、ペガ? いや、やはりペガか? ──は、しばらく様子見だ。とにかく、こっちの魔狼を片付ける。お前たちは下がっていなさい」
 
 グランツは空想上の存在と云われるペガサスの存在と呼称に引っかかりを覚えつつも、強敵に違いない魔狼との対戦に心躍らせる。

 一方、銀色の魔狼の方も嬉しげに舌を出して息を切らせている。
 魔狼の大きさは、ギムナックより大きく馬よりは少し小さい。頭部から尻尾にかけての上側は黒みがかった銀色で、下側は顎から尻尾の先まで殆ど白に近い毛色をしている。泥浴びをしたのか汚れているが、元が綺麗な毛並みであることは見て取れる。
 リュークの体より大きいモフモフの尻尾が千切れそうな程振り回されて、むせ返るほど土埃がたっている。グランツはそれを「目眩ましとは、頭の切れる魔物め」と勘違いにて喜色満面。


 馬車の前方では、長いまつ毛を伏せたまま優雅に首を振り尻尾を揺らすペガサス。月下に映える雪原のごと、皓々こうこうたる姿の美しきかな──などと悠長に感想を述べる者はこの場に居ない。

 急に翼の生えた白馬を見張ることしか出来ないミハルとギムナックは、神に祈るために組んだままにしていた両手を、無表情のまま、今になってようやく解いたのだった。

 
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