51 / 144
ヴレド伯爵領(47〜)
50
しおりを挟む
グランツは馬上で二度咳払いし、それから意を決して重い口を開く。
「やあ伯爵、いかがなされたのだ? 何故このようなところに一人で? それに、まるで雷にでも打た…………あ、そうか、雷か」
グランツたちは得心がいって、不運に見舞われたらしい伯爵に同情する。
困り顔のヴレド伯爵は、初めこそ馬を降りて近付いてくるグランツに目を向けたが、すぐにグランツのずっと後ろへと視線をずらした。
──リュークの乗っている馬車を見ている。
普段は鋭く不気味な光を湛えている三白眼に浮かんでいた困憊の色が、みるみる驚愕のものへと変わっていく。
ミハルはとても嫌そうな顔で馬の手綱を引き、さりげなくヴレド伯爵の視線を遮った。
ヴレド伯爵の白馬が苦しげに鳴いている。伯爵は馬の首を撫でてやりながら、一言二言と、聞き取れぬほど小さく呟きはじめた。
グランツたちは、ぎょっとして一歩下がる。何せ、喜ばしくないことにドラク・ヴレド伯爵は魔法の天才なのだ。
通常、人々の羨望の的となるはずの天賦の才は、ヴレド伯爵のひん曲がった性格と組み合わさったことによって人々から簡潔に「最悪の才能」と呼ばれている。
(何の呪文だ? まったく、厄介な──)
と、無意識に漏れたただの独り言を警戒されていることに気付きもせず、ヴレド伯爵はミハルが塞いだ方向に目を向けたまま尋ねる。
「アルベルム卿、あれは……一体、何を連れていらっしゃるのです?」
「……ん? 伯爵、なんだ、いつもと話し方が……いや、すまない、何と言ったのです?」
「ですから、あの馬車の中身です。何を乗せておられるのですか?」
グランツはぐるんと振り向いた。そこに立っていたミハルはびくっと肩を跳ねて固まる。すると、レオハルトが颯爽とミハルの前を通ってグランツの一歩後ろで止まり、美しく腰を折って礼をした。
これを見た伯爵は、「おお、久しいなレオハルト君」と言い、レオハルトは表情こそ崩さなかったものの、内心ぎょっとした。
いつもの伯爵であれば「平民風情が、身のほどを弁えんか」と怒鳴り散らすところ、これは明らかな異常である。
「ご無沙汰しております、ヴレド伯爵。恐れながら申し上げます。あの馬車には、王が召喚なされた子どもが居ります」
「ふむ、やはり──」
ヴレド伯爵は、馬を撫でていた手を止めて立ち上がった。兵士らが松明を持っているため不要となったからか、伯爵の三つの光は夜空に吸い取られるように消えた。
ヴレド伯爵は、とても紳士的な振る舞いでリュークの馬車を訪ねた。
ノックをし、ドアを開けて深々とお辞儀をした初老の男に対し、リュークは腰掛けていたシートを降り、拙くペコリと腰を折ってお辞儀を返した。
慌てて様子を見に来ていたグランツとレオハルトとソロウや数名のアルベルム兵は、リュークがとった行動に感動で胸がいっぱいになった。あの何も知らなかった子どもが、いつの間にか礼を身につけていたのだ。これがアルベルムの街であれば、新聞の一面に載ってもおかしくない出来事である。
「いやはや、賢い坊やだ。名はなんというのかな」
「リューク。あなたは誰?」
「私はヴレド伯爵ドラクである。少し中へ入っても構わないかね?」
「うん」
と言いつつ、伯爵が中へ入って腰掛けるなり外へ出ようとするリューク。ちょい待て、とソロウが止める。
「伯爵は、中で一緒に話をしようって仰ったんだ」
「ドラク?」
「『ヴレド伯爵』」
「ウレド」
「『伯爵』」
「ハクシャク」
「そうだ。さあ、戻って、座って。大変失礼を致しました、ヴレド伯爵」
恭しく腰を折って謝罪を述べたソロウを見て、伯爵は三白眼を微かに見開いた。そして、魔法を使って静かにドアを閉めようとした。
しかし、グランツがドアを押さえてそれを止めた。
「む……! なんだね、離したまえよアルベルム卿」
「失礼、今の私はその子の保護者なのでね。私も同席させてもらう」
「同席ぃ? ……まあ、構わぬか」
グランツたちは、ほっと胸を撫で下ろす。
何やら様子のおかしなドラク・ヴレド伯爵だが、普段より余程扱いやすいようである。そして、何故かソロウも呼ばれて同席することとなった。
「やあ伯爵、いかがなされたのだ? 何故このようなところに一人で? それに、まるで雷にでも打た…………あ、そうか、雷か」
グランツたちは得心がいって、不運に見舞われたらしい伯爵に同情する。
困り顔のヴレド伯爵は、初めこそ馬を降りて近付いてくるグランツに目を向けたが、すぐにグランツのずっと後ろへと視線をずらした。
──リュークの乗っている馬車を見ている。
普段は鋭く不気味な光を湛えている三白眼に浮かんでいた困憊の色が、みるみる驚愕のものへと変わっていく。
ミハルはとても嫌そうな顔で馬の手綱を引き、さりげなくヴレド伯爵の視線を遮った。
ヴレド伯爵の白馬が苦しげに鳴いている。伯爵は馬の首を撫でてやりながら、一言二言と、聞き取れぬほど小さく呟きはじめた。
グランツたちは、ぎょっとして一歩下がる。何せ、喜ばしくないことにドラク・ヴレド伯爵は魔法の天才なのだ。
通常、人々の羨望の的となるはずの天賦の才は、ヴレド伯爵のひん曲がった性格と組み合わさったことによって人々から簡潔に「最悪の才能」と呼ばれている。
(何の呪文だ? まったく、厄介な──)
と、無意識に漏れたただの独り言を警戒されていることに気付きもせず、ヴレド伯爵はミハルが塞いだ方向に目を向けたまま尋ねる。
「アルベルム卿、あれは……一体、何を連れていらっしゃるのです?」
「……ん? 伯爵、なんだ、いつもと話し方が……いや、すまない、何と言ったのです?」
「ですから、あの馬車の中身です。何を乗せておられるのですか?」
グランツはぐるんと振り向いた。そこに立っていたミハルはびくっと肩を跳ねて固まる。すると、レオハルトが颯爽とミハルの前を通ってグランツの一歩後ろで止まり、美しく腰を折って礼をした。
これを見た伯爵は、「おお、久しいなレオハルト君」と言い、レオハルトは表情こそ崩さなかったものの、内心ぎょっとした。
いつもの伯爵であれば「平民風情が、身のほどを弁えんか」と怒鳴り散らすところ、これは明らかな異常である。
「ご無沙汰しております、ヴレド伯爵。恐れながら申し上げます。あの馬車には、王が召喚なされた子どもが居ります」
「ふむ、やはり──」
ヴレド伯爵は、馬を撫でていた手を止めて立ち上がった。兵士らが松明を持っているため不要となったからか、伯爵の三つの光は夜空に吸い取られるように消えた。
ヴレド伯爵は、とても紳士的な振る舞いでリュークの馬車を訪ねた。
ノックをし、ドアを開けて深々とお辞儀をした初老の男に対し、リュークは腰掛けていたシートを降り、拙くペコリと腰を折ってお辞儀を返した。
慌てて様子を見に来ていたグランツとレオハルトとソロウや数名のアルベルム兵は、リュークがとった行動に感動で胸がいっぱいになった。あの何も知らなかった子どもが、いつの間にか礼を身につけていたのだ。これがアルベルムの街であれば、新聞の一面に載ってもおかしくない出来事である。
「いやはや、賢い坊やだ。名はなんというのかな」
「リューク。あなたは誰?」
「私はヴレド伯爵ドラクである。少し中へ入っても構わないかね?」
「うん」
と言いつつ、伯爵が中へ入って腰掛けるなり外へ出ようとするリューク。ちょい待て、とソロウが止める。
「伯爵は、中で一緒に話をしようって仰ったんだ」
「ドラク?」
「『ヴレド伯爵』」
「ウレド」
「『伯爵』」
「ハクシャク」
「そうだ。さあ、戻って、座って。大変失礼を致しました、ヴレド伯爵」
恭しく腰を折って謝罪を述べたソロウを見て、伯爵は三白眼を微かに見開いた。そして、魔法を使って静かにドアを閉めようとした。
しかし、グランツがドアを押さえてそれを止めた。
「む……! なんだね、離したまえよアルベルム卿」
「失礼、今の私はその子の保護者なのでね。私も同席させてもらう」
「同席ぃ? ……まあ、構わぬか」
グランツたちは、ほっと胸を撫で下ろす。
何やら様子のおかしなドラク・ヴレド伯爵だが、普段より余程扱いやすいようである。そして、何故かソロウも呼ばれて同席することとなった。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~
未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。
待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。
シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。
アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。
死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
神に同情された転生者物語
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。
すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。
悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。
【リクエスト作品】邪神のしもべ 異世界での守護神に邪神を選びました…だって俺には凄く気高く綺麗に見えたから!
石のやっさん
ファンタジー
主人公の黒木瞳(男)は小さい頃に事故に遭い精神障害をおこす。
その障害は『美醜逆転』ではなく『美恐逆転』という物。
一般人から見て恐怖するものや、悍ましいものが美しく見え、美しいものが醜く見えるという物だった。
幼い頃には通院をしていたが、結局それは治らず…今では周りに言わずに、1人で抱えて生活していた。
そんな辛い日々の中教室が光り輝き、クラス全員が異世界転移に巻き込まれた。
白い空間に声が流れる。
『我が名はティオス…別世界に置いて創造神と呼ばれる存在である。お前達は、異世界ブリエールの者の召喚呪文によって呼ばれた者である』
話を聞けば、異世界に召喚された俺達に神々が祝福をくれると言う。
幾つもの神を見ていくなか、黒木は、誰もが近寄りさえしない女神に目がいった。
金髪の美しくまるで誰も彼女の魅力には敵わない。
そう言い切れるほど美しい存在…
彼女こそが邪神エグソーダス。
災いと不幸をもたらす女神だった。
今回の作品は『邪神』『美醜逆転』その二つのリクエストから書き始めました。
異世界のんびり冒険日記
リリィ903
ファンタジー
牧野伸晃(マキノ ノブアキ)は30歳童貞のサラリーマン。
精神を病んでしまい、会社を休職して病院に通いながら日々を過ごしていた。
とある晴れた日、気分転換にと外に出て自宅近くのコンビニに寄った帰りに雷に撃たれて…
================================
初投稿です!
最近、異世界転生モノにはまってるので自分で書いてみようと思いました。
皆さん、どうか暖かく見守ってくださいm(._.)m
感想もお待ちしております!
召喚出来ない『召喚士』は既に召喚している~ドラゴンの王を召喚したが誰にも信用されず追放されたので、ちょっと思い知らせてやるわ~
きょろ
ファンタジー
この世界では冒険者として適性を受けた瞬間に、自身の魔力の強さによってランクが定められる。
それ以降は鍛錬や経験値によって少しは魔力値が伸びるものの、全ては最初の適性で冒険者としての運命が大きく左右される――。
主人公ルカ・リルガーデンは冒険者の中で最も低いFランクであり、召喚士の適性を受けたものの下級モンスターのスライム1体召喚出来ない無能冒険者であった。
幼馴染のグレイにパーティに入れてもらっていたルカであったが、念願のSランクパーティに上がった途端「役立たずのお前はもう要らない」と遂にパーティから追放されてしまった。
ランクはF。おまけに召喚士なのにモンスターを何も召喚出来ないと信じていた仲間達から馬鹿にされ虐げられたルカであったが、彼が伝説のモンスター……“竜神王ジークリート”を召喚していた事を誰も知らなかったのだ――。
「そっちがその気ならもういい。お前らがSランクまで上がれたのは、俺が徹底して後方からサポートしてあげていたからだけどな――」
こうして、追放されたルカはその身に宿るジークリートの力で自由に生き抜く事を決めた――。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる