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ヴレド伯爵領(47〜)
49
しおりを挟むリュークは根と芽の生えた木の枝に少しがっかりした。
根も芽も生えていない、すっきりとした木の棒らしい木枝が好きなのだ。
スッキリとした一本の真っ直ぐな棒きれで、そこら辺の葉っぱや草をパシパシと叩くのが良いのである。
或いは、ブンと軽く振って空気を斬るのも良い。ブゥン、ヒュンと不思議な音がするのは何度やっても飽きが来ない。
それに、どうやらミハルも同じように根や芽の生えた木の棒は嫌みたいだ──と、リュークは顔色の悪いミハルを見て思った。
きっとミハルもすっきりとした木の棒らしいものが好きなのだろう。だって、ミハルの木の杖にも根や芽は生えていない。つまりは、そういうことに違いない。
納得したリュークは、根と芽の生えた枝を革袋に仕舞った。
ミハルは、「そうね、また今度にしましょう」と言うと、頭が痛むのか片手を額に当てて目を閉じ、背もたれにもたれかかって動かなくなった。
騒動があったのは、雷が落ちてから少し経って夜の帳が下り、空気が冷え始めてきたころだった。
緩やかに湾曲しながら東へ続く道の途中、先頭のギムナックが馬の上で手を挙げて一行を停止させた。
「何か居る。魔物ではないが……盗賊かも知れない」
ギムナックはミハルを呼び寄せ、先頭に加えた。兵士たちはグランツと馬車を取り囲む隊列で戦闘態勢をとって進む。ソロウは後方を警戒する。
砂埃が舞い上がり、道の上を流れて行く。その向こうで、松明だろうか──満天の星空と月より明るい光に照らしだされた影が僅かに動いている。
「ちょっと待って。なんだか、とても嫌な感じだわ。もの凄い魔力を感じるんだけど……いや、でも、まさかそんな……」
じっと目を凝らしたあとで急に動揺し始めたミハルに、ギムナックが眉を寄せる。すると、少し後ろに居たレオハルトも剣呑な声色で「まずいことになりましたね」と言った。
「……ヴレド伯爵です」
あああぁ、と兵士たちからなんとも言えない声漏れた。グランツの声も混じっていた。
何故、伯爵がここに来ているのか。
嫌がらせだろう、と皆が思うなか、ギムナックは「しかし」と顎に手をやる。
「様子がおかしいぞ。馬は倒れているようだし、伯爵は護衛もつけずに一人で来たのか?」
「伯爵はいつも一人で遠乗りするんだ。なんでも、『足手まといを引き連れる行為は被虐と言わざるを得ない』とか。ああ……行きたくない……ううむ、行きたくない……」
グランツは、数十秒ほど難しい顔で逡巡してから、いつになく小声で渋々前進の号令をかけた。
迷いが足に出て、亀の如き歩みである。
それも、少しするとヴレド伯爵らしき掠れ声が「早く来てくれ、早く」と急かしたもので、足を速める他なくなった。
松明かと思われた光の正体は、ヴレド伯爵の魔法によるものだった。
こぶし大の光が三つ、宙に浮いている。松明の明かりよりも柔らかい光だ。
その明かりの中で、彼は倒れた白馬の側に座り込んだまま、「困った」と書かれているような分かりやすい困り顔でグランツ一行を見上げた。
自慢の白髪混じりの金色の髪や黒いコートは何故かところどころ焼け焦げており、しかも砂にまみれて茶色くなっている。
グランツは、彼のこのような姿を見たことがなかったので驚いた。
また、五十がらみにしては皺の深い男だ、と彼を初めて見たギムナックの抱いた印象はそれだった。額と、眉間と、ほうれい線の濃い皺に、彼の苦労や世を嫌う思想が刻み込まれていると思った。
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