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お菓子とエールの街(28〜)

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 墓地からの救出後の調べで、リリアンヌは行方不明となる少し前に夢遊病を発症していたらしいことが分かった。行方不明とされたときも記憶はなく、覚えているのは前の日の晩にベッドに入ったところまでで、目を覚ましたときにはすでに墓地の中に居たそうだ。

 暫くの間は、そこが墓地だということにも気づかなかったという。それもそのはず、通常、墓地は神官以外の立ち入りを禁じている。

 出口は開かず、外の音も聞こえない。

 初めは混乱して取り乱したものの、明かりはついていたし、水も食べ物もたっぷりとあることに気付き、次第に落ち着きを取り戻した。そして、ヨシュア神官が埋葬途中だった土からアンデッドが這い出てきたが、前述の通りに躾をして、そうしている内に子どもたちがやってきたと、これがリリアンヌの証言である。


 また、リンの証言では、三歳のエルフの女児と四歳の三毛猫系獣人の男児が人身売買目的でジェフリーに捕まえられそうになったところを、リンが間一髪のところで助け、三人一緒に無我夢中で墓地に飛び込んだということであった。

 狙われた二人の子どもが稀少種族であることを知っていたリンは、二人に危険が及ばぬよう前々から警戒していた。ジェフリーの靴を隠して動きにくくしたり、食事に薬が混ざっていないかも入念に確認した。

 ただ、最後に墓地に飛び込んだのは良くなかったとリンは不満げだった。

 だが、結果として希少種族の子ども二人に手を出せなくなったジェフリーは焦り、無茶な計画で街を出ようとして捕らえられたのだ。もしもリンが居なければジェフリーはもっと慎重に事を運んで、子ども達の何人かは拐われていただろう。

 「良くやったな、リン」とフルルが褒めると、リンは恥ずかしがりながらも千切れそうなほど激しく尻尾を振った。


 何故リンは石板を動かすことができたのか──?

 リンによれば、ヨシュア神官から白い紙に見たことのない文字を書き記したもの──所謂、神官の〈護符〉を渡され、「危険を感じたら墓地に入りなさい」と言いつけられていたという。

 リンは二人を守るために護符を使って墓地に入ったが、護符は石板が勝手に閉じると同時に灰のようになって消えてしまった。その後はずっと閉じ込められたまま、リリアンヌとアンデッド老爺と過ごしていた。









「なんだかなあ……」

 宿の食堂にて、すっきりしない顔で昼食のパンを眺めるソロウ。そんなソロウの肩を隣に座るギムナックが叩いて励ます。

「子どもたちとリリアンヌが皆無事だったんだ。他は全てどうしようもないことだった」

「そうだけどよ。なんか、遣る瀬無いぜ。オークさえ居なけりゃヨシュア・クリークは生きてて、偽神官が付け入る隙なんて無かっただろうに。リリアンヌの婆さんだって、すぐにでも墓地から出られたはずだ。それに、も……もう確かめようがない」

「そうね。やっぱり、もう少し魔物討伐に力を入れないといけないわね。新しい神官も魔物に襲われたらしいし」

 ミハルがギムナックの隣の椅子に座りながら言った。昼食時を過ぎた食堂は静かだ。レオハルトとグランツは、カウンター席でリュークとリンと一緒に厨房の様子を観察しながらスープやグラタンを食べている。

 彼らの和やかな後ろ姿を見ていると、今朝の騒動がまるで夢だったように感じられる。酷い夢だ。また一つ悪夢が増えるのか、とソロウはうんざりした。


 ソロウたちが無言で座っていると、食堂の正面のドアから軽装のビードーたちが入ってきた。

「おう、ソロウパーティーじゃねえか。隣のテーブルに邪魔するぜ」

 そう言って返事もきかずに隣のテーブルを陣取り、無遠慮にどかりと椅子に腰を下ろすあたりがいかにも冒険者らしい。

「あんたら、今朝はお手柄だったって? 俺達はあのクソ神官をとっ捕まえたあとは直ぐに寝ちまってよ。しかし、あの出来の良さそうな神官がなあ……。もっと早くオーク討伐の依頼が出されてりゃ、死なずに済んだだろうに」

 ソロウたちは揃って視線をビードーへ向ける。

「オーク討伐の依頼? なんのことだ?」と、ギムナックが尋ねた。ビードーは先にエールと鶏肉を注文して、ギムナックに向き直る。

「十日……いや、十一日か? 忘れたが、神官が消えたあとくらいにギルドにオーク討伐の依頼があったのさ。しかも、全額前金まえきんで大まかな巣の場所と規模の情報まで添えてあった。依頼人は、行商人だったっけか?」

 ビードーがパーティーメンバーに目で問うと、ハンターらしき犬系獣人が「そうだよ」と答えた。ビードーは「だとさ」と、ソロウたちへ視軸を戻す。

「んで、俺らとあと何パーティーかがそれを受けたんだが……確かに巣はあったんだけどよ、綺麗サッパリもぬけの殻だった訳よ」

 それでも前金で結構良い金額を受け取っていたので何日かはオーク探しをしていた。が、オークどころかゴブリンの一匹も見つからなかったという。

「他の魔物は居たけどな。まあ、仕方ねえってことで、切り上げるしかねえだろ。金は返さなくていいらしいし、なんか妙な気分だ」

 ビードーは届いた樽ジョッキで乾杯しながら「飲まなきゃやってらんねえぜ」と、感嘆詞のような調子で言って、まるでこの場の沈んだ空気ごと流し込むように大胆にエールを煽った。




 この夜、リュークはベッドにまで着いてきたリンと一緒に眠った。同室のミハルも、絵本に出てくるような可愛らしい二人をひとしきり眺めてから眠りに就いた。

 ソロウ、ギムナックとグランツたちは食堂に遅くまで居て、ジェフリーと盗賊たちについての自白や調査報告を待っていた。が、ジェフリーは若干精神を病んでいて奇妙な譫言うわごとを吐くばかりで、もう一方の盗賊たちの口は岩よりも固いという情報しか得られなかった。

 不健康の街の食堂は、事件解決に沸き、神官ヨシュア・クリークの死を悼み、領主の旅の無事を祈り、大層賑やかだった。
 ついには店に客が入りきらず、道までごった返す繁盛ぶりで、エルザを含めた店員たちは驚くほど機敏に、飛ぶように働いた。客も働かされた。

 夜中でもお菓子の甘い香りが漂う街で、樽ジョッキのぶつかる音がくぐもった鐘のように、あちこちでずっと鳴り響いていた。
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