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お菓子とエールの街(28〜)

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 レオハルトが聖堂の端に設置されているベルを鳴らして暫くすると、祭壇の手前にある渡り廊下から神官の男が姿を見せた。

「お待たせして申し訳ありません」

 まだ二十代か三十歳そこそこに見える壮年の神官は、明るい笑顔を張り付けて言った。急いでいたのか、胸と襟に神官の紋章の入ったお決まりの制服が少し乱れている。

 グランツが大胆に一歩進み出る。

「私はグランツ・フォン・ポールマンだ。君がここの神官で間違いないな?」

「は、りょ……領主様!? ここ、これは大変失礼を致しました。私めはテルミリア教会の神官、ジェフリー・サンと申します。恐れながら、もしや子どもたちの件で?」

「他に行方不明の神官と修道女についても話を聞きたい」

 グランツの迫力に、ジェフリーはとても緊張した面持ちで「勿論です。まさか領主様にお越しいただけるとは」と返すと、グランツの後ろの面々にちらりと目をやって、それから渡り廊下の奥の一室へ全員を案内した。


 部屋は、来客用の応接室のようだった。ここも埃だらけだったが、雑に掃除した形跡があって、聖堂よりは幾らかだった。
 飾り気のない白い壁の部屋は八人も入ると余白は殆どなく、ソファーは神官が座る一人掛けのものと、簡素な木のテーブルを挟んで三人掛けのものがあるだけだったので、ソファーにはグランツとフルルとミハルが座り、リュークとレオハルト、ソロウ、ギムナックは壁際に立って話を聞いた。

 はじめはどこか落ち着きのなかったジェフリーだったが、グランツへの挨拶からゆっくりと始めると次第に舌が滑らかになり、今はいよいよ饒舌で、メモをとっているミハルも必死で紙面にかじりついている。

「──私が近頃体調を崩していたこともあり、ああ、いえ、神官としてお恥ずかしい限りですが、おそらく私自身も無意識に気を病んでいたのだと思います。それで、ご覧の通り掃除も行き届かない有り様でして。あ、御心配は無用ですよ。掃除や洗濯も立派な教育の一環ですから、修道女の方がすべき仕事だとは考えず、私も子どもたちと一緒にやっていくつもりなんです。私は常日頃からどんなことにも──」

 肝心な話はまだ聞けていない。苛立ちを抑えきれないフルルがたまに前歯を鳴らしてもジェフリーはのべつ幕無しに話し続けた。また、グランツやソロウが割って入ろうとしても「ええ、そうなんです。それで──」などと強引に言葉を被せてくるので質問を挟むのも容易ではない。

 ギムナックは、隣に立つリュークがずっと俯いているのが気になった。眠くなったのか、床の木目を見ているのか、大人たちの話に飽きたのか──。

「──といったことは住民の方も仰っていて、先に失踪した神官は」

「『失踪』?」

 消えた神官の話が出た瞬間、レオハルトがすかさず口を挟んだ。部屋に氷が吹き込んだかと思うほど冷ややかな声は、ジェフリーを閉口させるために最適だったようだ。

「失踪と仰いましたね。ということは、少なくとも貴方は行方不明となっている神官……ヨシュア・クラークが誘拐されたとは思っていらっしゃらないのでしょうか? もしや彼が姿を消した動機に心当たりがあるのでは?」

「い、いえ、私は彼とは直接の面識がありませんので何とも……」

「では何故『失踪』と?」

「し……神官である彼が誘拐される理由がありません。それに、神官を辞めて還俗げんぞくしてしまう方も実は多いものですから、つい………」

「いいえ、神官を誘拐する理由は大いにあります。教会で極秘の工程を経て聖属性を授かる神官は、攻撃魔法、防御魔法、回復魔法にステータス付与と、非常に素晴らしい能力をお持ちですからね。どんな犯罪組織も欲しがってやまないでしょう。もしくは、彼が還俗したがっているというような話でも耳にされましたか?」

「ええと、あの、彼は……その……う、うう、噂では修道女のリリアンヌさんというとても素敵な方と……その、か、か、駆け落ちなされたとか……なされなかったとか……?」

「適当なこと言うなよ!」

 フルルが立ち上がって怒鳴った。
 そして、「ヨシュア様は神に全てを捧げた素晴らしい人だ! 駆け落ちなんてするもんか!」と恐ろしい剣幕で言った。

「い、いやいやいや! あくまで、そう、あくまで噂であって……!」

「リリアンヌは今年で98歳だぞ!!」

 フルルの渾身の一声は聖堂にまでこだました。 


 少年の黒い瞳が、じっと床を見つめている──。

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