35 / 144
お菓子とエールの街(28〜)
34
しおりを挟む
翌朝、食堂の床でアンデッドよろしく呻き声を上げて眠りこけていた酔いどれたちは、まとめて店前の道端に積み上げられた。
彼らの悲しげな呻き声は、朝日を浴びて一瞬激しさを増したが、それもすぐに呑気な鼾に変わり、職人達が忙しなく行き交う雑踏の中に混ざっていつもの光景の一部となる。
こうして見れば、何の異変もないように思えるだろう。しかし、教会では確実に不穏なことが起きているらしい。
案の定、朝の入浴後にレオハルトから件の報告を受けたグランツは「それは見過ごせんな」と着替え終わる前に部屋を飛び出すほど息巻いており、一行は朝食もそこそこに冒険者ギルドへと向かったのだった。
「ポールマン様直々に御足労頂くとは、恐縮です」
テルミリア冒険者ギルド会館のロビーで、マスターのポップロンが畏まって出迎えた。
アルベルム支部よりいくらも小規模な会館は、アルベルム支部よりもずっと普通の三階建ての建物で、ポップロンがグランツたちを案内した先の応接室は大きな窓のお陰で日当たりがよく、ところどころに洒落た観葉植物が置いてあって空間に落ち着きがある。
ギルドマスターであるポップロン・バルサは、アルベルム支部のフォスターやその他多くのギルドマスターとは違い、冒険者としての経験は浅く、殆どは職員として冒険者ギルドに携わってきた。そして、冒険者よりも職員たちからの支持を得てギルドマスターに選ばれたという、ギルドマスターとしては稀有な経歴の持ち主である。
三十代半ばに差し掛かったばかりのポップロン。一番上のボタンまできっちり留めた白いシャツと青色のネクタイに、よく撫でつけた黒い髪の毛と、いつも掛けているぶ厚めの眼鏡がよく似合っている。小柄なこともあり見るからにひ弱そうで、事実ひ弱なこの男は、事務仕事をさせればレオハルトにも引けをとらない有能さを発揮する。
グランツは「気を遣わなくて良い」と、伴ってきた冒険者三人とリュークと共にソファに腰掛けながら言った。レオハルトは、ギルド職員から茶と菓子を受け取り、自分以外の全員分をテーブルにセットしてからドアの側に立って控えた。
この場に居ないアルベルム兵たちはというと、ギルド会館までの道でグランツたちと別れ、子どもたちを発見すべく街中の川や路地裏など、危険のありそうな場所をしらみ潰しに探しに行った。
見つかればよいが……と、グランツは兵たちを送り出す際に呟いたが、街中はとうに土地勘のある住民らが探したあとであり、確率は極めて低いことも分かっていた。
「恐れ入ります。あっ、例の件の資料はこちらに。はい、皆さんの分もあります。ああ、そこのお行儀のよい君には特別なお菓子をあげましょうね」
リュークは、ポップロンから資料の代わりに差し出された木製の菓子受けに盛ってある砂糖菓子に驚き、「おお」と小さく声を上げた。花や蝶や鳥をかたどった淡い色味の菓子は美しく、テルミリアの土産物としても人気がある。リュークは、こんなに小さくて可愛らしい食べ物を見るのは初めてだったので、指で一つ摘み上げると様々な角度からそれを眺めた。
隣に座るミハルはその様子を微笑ましく思い、何でも仕舞いたがる少年のため、砂糖菓子を包むのに丁度良さそうな白い紙をそっと渡した。
「ありがとうポップロン。では、宜しく頼む」
「はい。まず、教会での最初の行方不明者はヨシュア・クリーク神官と修道女のリリアンヌで、発覚したのが十日前のことでした。ヨシュア神官は、行方不明となる前日に教会の孤児を隣町の里親のもとへ連れて行ったところまでは足取りがつかめています」
資料後半に証言等をまとめてあります、とポップロンは資料に目を落とす大人たちへ示した。
「えー、では続けます。一方、リリアンヌは留守を預かっていたはずですが、こちらはさらにその前の日の晩、子どもたちに寝る前の挨拶をしたのを最後に、以降は目撃情報が全くありません。子どもたちは、初めリリアンヌはヨシュア神官と共に隣町へ行ったと思っていたようです」
そのようなことは過去に一度も無かったようだが、リリアンヌがその他の理由で黙って居なくなることも過去になかったので、そう思うのも無理はなかったという。
しかし、ヨシュア神官が隣町へ孤児を預けたという翌日、食事の用意もなしに誰も帰ってこないのは流石におかしいと思った子どもたちが外に出て騒いでことが発覚した。
「この件については、運良くこの街を訪れた神官が依頼を出したため現在も冒険者ギルドで捜索を続けています。
そして、さらに一昨日の夜から朝にかけての何れかの時間に三歳女児、四歳男児、十歳女児の三名の行方が分からなくなったとのことで、住民より子どもたちの捜索依頼が申し込まれたのが昨日の昼前です。しかし、私はその依頼を一度断りました。何故なら──」
「教会ではなく住民からの依頼だった為か」と、グランツが継いだ。
ポップロンは理解されていることに安堵した様子で「仰る通りです」と肯く。
ソロウとギムナックとミハルから同時に「ああ」と気苦労を察した同情の声が漏れた。
彼らの悲しげな呻き声は、朝日を浴びて一瞬激しさを増したが、それもすぐに呑気な鼾に変わり、職人達が忙しなく行き交う雑踏の中に混ざっていつもの光景の一部となる。
こうして見れば、何の異変もないように思えるだろう。しかし、教会では確実に不穏なことが起きているらしい。
案の定、朝の入浴後にレオハルトから件の報告を受けたグランツは「それは見過ごせんな」と着替え終わる前に部屋を飛び出すほど息巻いており、一行は朝食もそこそこに冒険者ギルドへと向かったのだった。
「ポールマン様直々に御足労頂くとは、恐縮です」
テルミリア冒険者ギルド会館のロビーで、マスターのポップロンが畏まって出迎えた。
アルベルム支部よりいくらも小規模な会館は、アルベルム支部よりもずっと普通の三階建ての建物で、ポップロンがグランツたちを案内した先の応接室は大きな窓のお陰で日当たりがよく、ところどころに洒落た観葉植物が置いてあって空間に落ち着きがある。
ギルドマスターであるポップロン・バルサは、アルベルム支部のフォスターやその他多くのギルドマスターとは違い、冒険者としての経験は浅く、殆どは職員として冒険者ギルドに携わってきた。そして、冒険者よりも職員たちからの支持を得てギルドマスターに選ばれたという、ギルドマスターとしては稀有な経歴の持ち主である。
三十代半ばに差し掛かったばかりのポップロン。一番上のボタンまできっちり留めた白いシャツと青色のネクタイに、よく撫でつけた黒い髪の毛と、いつも掛けているぶ厚めの眼鏡がよく似合っている。小柄なこともあり見るからにひ弱そうで、事実ひ弱なこの男は、事務仕事をさせればレオハルトにも引けをとらない有能さを発揮する。
グランツは「気を遣わなくて良い」と、伴ってきた冒険者三人とリュークと共にソファに腰掛けながら言った。レオハルトは、ギルド職員から茶と菓子を受け取り、自分以外の全員分をテーブルにセットしてからドアの側に立って控えた。
この場に居ないアルベルム兵たちはというと、ギルド会館までの道でグランツたちと別れ、子どもたちを発見すべく街中の川や路地裏など、危険のありそうな場所をしらみ潰しに探しに行った。
見つかればよいが……と、グランツは兵たちを送り出す際に呟いたが、街中はとうに土地勘のある住民らが探したあとであり、確率は極めて低いことも分かっていた。
「恐れ入ります。あっ、例の件の資料はこちらに。はい、皆さんの分もあります。ああ、そこのお行儀のよい君には特別なお菓子をあげましょうね」
リュークは、ポップロンから資料の代わりに差し出された木製の菓子受けに盛ってある砂糖菓子に驚き、「おお」と小さく声を上げた。花や蝶や鳥をかたどった淡い色味の菓子は美しく、テルミリアの土産物としても人気がある。リュークは、こんなに小さくて可愛らしい食べ物を見るのは初めてだったので、指で一つ摘み上げると様々な角度からそれを眺めた。
隣に座るミハルはその様子を微笑ましく思い、何でも仕舞いたがる少年のため、砂糖菓子を包むのに丁度良さそうな白い紙をそっと渡した。
「ありがとうポップロン。では、宜しく頼む」
「はい。まず、教会での最初の行方不明者はヨシュア・クリーク神官と修道女のリリアンヌで、発覚したのが十日前のことでした。ヨシュア神官は、行方不明となる前日に教会の孤児を隣町の里親のもとへ連れて行ったところまでは足取りがつかめています」
資料後半に証言等をまとめてあります、とポップロンは資料に目を落とす大人たちへ示した。
「えー、では続けます。一方、リリアンヌは留守を預かっていたはずですが、こちらはさらにその前の日の晩、子どもたちに寝る前の挨拶をしたのを最後に、以降は目撃情報が全くありません。子どもたちは、初めリリアンヌはヨシュア神官と共に隣町へ行ったと思っていたようです」
そのようなことは過去に一度も無かったようだが、リリアンヌがその他の理由で黙って居なくなることも過去になかったので、そう思うのも無理はなかったという。
しかし、ヨシュア神官が隣町へ孤児を預けたという翌日、食事の用意もなしに誰も帰ってこないのは流石におかしいと思った子どもたちが外に出て騒いでことが発覚した。
「この件については、運良くこの街を訪れた神官が依頼を出したため現在も冒険者ギルドで捜索を続けています。
そして、さらに一昨日の夜から朝にかけての何れかの時間に三歳女児、四歳男児、十歳女児の三名の行方が分からなくなったとのことで、住民より子どもたちの捜索依頼が申し込まれたのが昨日の昼前です。しかし、私はその依頼を一度断りました。何故なら──」
「教会ではなく住民からの依頼だった為か」と、グランツが継いだ。
ポップロンは理解されていることに安堵した様子で「仰る通りです」と肯く。
ソロウとギムナックとミハルから同時に「ああ」と気苦労を察した同情の声が漏れた。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
神に同情された転生者物語
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。
すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。
悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。
【リクエスト作品】邪神のしもべ 異世界での守護神に邪神を選びました…だって俺には凄く気高く綺麗に見えたから!
石のやっさん
ファンタジー
主人公の黒木瞳(男)は小さい頃に事故に遭い精神障害をおこす。
その障害は『美醜逆転』ではなく『美恐逆転』という物。
一般人から見て恐怖するものや、悍ましいものが美しく見え、美しいものが醜く見えるという物だった。
幼い頃には通院をしていたが、結局それは治らず…今では周りに言わずに、1人で抱えて生活していた。
そんな辛い日々の中教室が光り輝き、クラス全員が異世界転移に巻き込まれた。
白い空間に声が流れる。
『我が名はティオス…別世界に置いて創造神と呼ばれる存在である。お前達は、異世界ブリエールの者の召喚呪文によって呼ばれた者である』
話を聞けば、異世界に召喚された俺達に神々が祝福をくれると言う。
幾つもの神を見ていくなか、黒木は、誰もが近寄りさえしない女神に目がいった。
金髪の美しくまるで誰も彼女の魅力には敵わない。
そう言い切れるほど美しい存在…
彼女こそが邪神エグソーダス。
災いと不幸をもたらす女神だった。
今回の作品は『邪神』『美醜逆転』その二つのリクエストから書き始めました。
異世界のんびり冒険日記
リリィ903
ファンタジー
牧野伸晃(マキノ ノブアキ)は30歳童貞のサラリーマン。
精神を病んでしまい、会社を休職して病院に通いながら日々を過ごしていた。
とある晴れた日、気分転換にと外に出て自宅近くのコンビニに寄った帰りに雷に撃たれて…
================================
初投稿です!
最近、異世界転生モノにはまってるので自分で書いてみようと思いました。
皆さん、どうか暖かく見守ってくださいm(._.)m
感想もお待ちしております!
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる