西からきた少年について

ねころびた

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プロローグ〜

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 一行は一時間程東へ歩き、空が瞑色めいしょくになったところで野営の準備に取りかかった。今は辺りに魔物の気配はない。

 魔法使いのミハルは長い呪文を唱えながら自分の肩掛け鞄の中に手を突っ込むと、到底とうてい中には収まりきらない筈の毛布四枚と枕四つ、八個の缶詰め、四つの金属製のコップ、大きめの水筒を取り出して自分と他の三人に配った。

 この日は満月で明るい夜だった。

 缶詰を食べ終えた後でソロウがリュークに眠るよう勧めたが、眠たくなかったリュークは断って星空を眺めていた。荒野では殆ど見ることのなかった満天の星空は、リュークにとっては新鮮で、いくら見ても飽くことがなかった。

 冒険者である三人は密かに警戒した。
 子供を使って油断を誘う盗賊もいることを知っていたからだ。

 三人は一人ずつ交代で睡眠をとり、二人体制で見張りをすることにした。

 初めにギムナックが横になり、すぐに寝息をたて始めた。

「寝付きのよさは、少人数パーティーに欠かせない能力だ。短い時間で体力を回復しなきゃならないからな。それにしても、よくあんなところで眠れたな。周りに魔物が居たのに、怖くなかったのか?」

 ソロウがリュークに話しかけると、リュークはようやく夜空から視線を下げてソロウを見た。

「危ない魔物は居なかった」

「ゴブリンが居ただろう」

「襲ってこない」

「なんで言いきれるんだ」

「あいつら、他のやつのナワバリでは何もしない」

「縄張り……?」ソロウは怪訝けげんそうに短い顎髭あごひげでながら首をかしげる。「じゃあ、あそこは誰の縄張りだったんだ」

「ドラゴワーム」と、リュークは何でもないことのように言って再び夜空を見上げた。ちらほらと空をすべり落ちるように流れ星が走るのが見えて、思わず「おお」と声が漏れる。
 
 ソロウとミハルはしばし呆気あっけにとられていたが、次第に笑いが込み上げてきた。

「ドラゴワームが、あの場所に? そいつは面白い!」

「ふふ、見てみたかったわね」

「見たことないの?」

 リュークがあまりに純真な表情で尋ねたので、二人はさらに声をあげて笑った。

「いや、すまん──ははっ──ドラゴワームって、まだ世界で五体しか確認されてないんだ。それがこんなところに居るなんて信じられなくってよ」

「あいつらは殆ど地面のずっと下から出てこないんだ。でも、地面に耳をひっつけると近くに居るかどうか分かるんだ。ドラゴワーム、会いたい?」

「ええ、会えるものなら是非。ねえ、この辺りには居るのかしら?」と、ミハルが膝をついて地面に耳を近づける。リュークも同じようにして地面の音を聞いた。

「……何も聞こえないけど」

 やめろよ、と苦笑するソロウに構わずそう言ったミハルに対し、リュークは「居るじゃないか」と言って目を閉じた。

 集中しているらしいリュークの表情に、まさか、と思いつつも、もう一度耳をすませてみるミハル。

 ──風にざわめく草の音しか聞こえない。

 だが、呆れたソロウがミハルのそばで片手を地面につけたまま上体を起こしたリュークへ声をかけようとしたとき──。

「──待って、何か聞こえるわ!」

 ミハルが興奮した様子で叫んだ。

「何か近付いて来るみたい!」

 言い終える前に地面が揺れ始めた。

 集めて置いていた空き缶がカラカラと音を立てて転がり、ギムナックが毛布を弾くとともに弓と矢筒をひっ掴んで飛び起きる。

「なんだ? 地震か!?」

 既にかなり大きな揺れになっている。立ち上がろうにも上手くバランスが取れず慌てる三人。その傍らでいち早く立ち上がったリュークは、強引にミハルの手を取って駆け出した。

「二人とも、早く走って!」

 すれ違いざまのリュークの声にはっとしたソロウとギムナックも勢いをつけて立ち上がると、半分転げながら懸命にリュークの後を追って走る。



 振り返る余裕もなく数百メートルも走った四人は、息を切らしながらやっとのことで元居た場所に目を凝らした。

 月を背に、地面から夜空の雲まで長く伸びる太いミミズのような影がうねっている。

 恐ろしく大きな影だ。

 かなり離れたはずなのに、それは四人のすぐそばに居るように見える。

「ドラゴワーム、会えてよかったね」

 リュークが笑顔を浮かべて言った。

 三人は愕然がくぜんとしながら、緩慢かんまんな動作でドラゴワームとリュークを交互に見やる。


 十秒もそうした後、ふと「どうするんだ、あれ……」と呟いたソロウに、リュークは笑顔のまま首を傾げたのだった。


 
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