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10話 陰謀

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 イルシオン学院には15歳から50歳までの幅広い年齢帯の学生たちが在籍している。
 学生たちは3つのグループに分けられている。
 15から20までの初等部、20から30までの中等部、30から50までの高等部だ。
 卒業年齢は、50を超えるとレベル40のレベル障壁を突破できる確率がほぼ0になる、という過去の統計から来ている。
 学院内の各部は決められた区画内で生活するのが基本であり、上等部の学生が下等部のエリアに入ることは原則許されない。

 夕方。
 私は中等部の生活エリアである中等区画の食堂の個室にいた。
 私の視線の先には一人の青年が食事をしていた。
 片目を覆う滑らかな白銀の髪は彼の血筋に天使がいた事を示している。

 テレオ・クライオス。
 彼はクライオス家の長子であり、このイルシオン学院で最も危険な存在の一人だ。

 この部屋には他にも10人近い生徒がいたが、テーブルについている学生は私と彼を含めわずか4人。
 私と彼を除いた残りの2人は2人とも公爵家の者であり、それ以外の者は周囲に立っていた。
 立っている貴族学生の中には、私と同じ伯爵家の子女もいた。
 私が13歳でレベル20を突破した帝国有数の天才でなければ、彼らと同じように座ることを許されず、立っていただろう。
 天才というのは多少の特権が与えられるものだ。

 大公。
 それは帝国貴族階級の頂点に君臨する存在。
 彼らの一挙一動は帝国に強い影響を及ぼしており、時には皇帝すらも彼らの前では妥協を強いられる。

 フォルダン家はクライオス家の傘下に属する貴族家だ。
 つまり私はテレオに逆らえない。

 我々は食事中、各国の情勢や社交界の醜聞など、他愛のない世間話を交わした。
 そして食事が終わり、食器が下げられた。

 テレオは周りの生徒を見渡し、手を振った。

「お前たちはもう下がっていいぞ」

 周囲にいた学生たちは一斉に彼に向かって貴族礼をし、部屋から出た。
 ここからの話は、彼らには聞く権利がない。

 部屋に残ったメンバーはテーブルに付いていた者たちだけになった。
 私とテレオと、彼の腹心である公爵家の二人だ。
 口を開いたのはテレオだった。

「ところで、君は本当に不満を持ってないのかい?」

「全くないと言ったら嘘になりますが、仕方のないことです」

「君のその正直な所、嫌いじゃないよ」

「ありがとうございます」

 これはテレオたちが、いや、我々が進めている計画についての話だ。
 我々は暗殺を画策していた。
 ターゲットは第3皇女。
 私の婚約者だ。

「クライオス卿の容体はいかがですか?」

 クライオス卿、つまりはクライオス大公その人。
 テレオの父だ。

「何とか病の進行を抑えてはいるが、状況は良くない。
 出来るだけ早く薬が欲しい所だ」

「しかし深層ダンジョンというのは恐ろしい所ですね。
 クライオス卿ほどの戦士でも負傷してしまうとは」

 レベルが高ければ高いほど、戦士の戦闘力というのは高くなっていくが、同時に傷の回復が遅くなっていく。
 肉体を修復するために必要なエネルギーが膨大だからだ。
 ダンジョンの深層で瀕死になるほどの重傷を負ったクライオス大公は、クライオス家が総力を挙げ、神域級の秘薬を幾つも使用し、なんとか一命を取り留めた。
 しかしその後、その身に宿る天使の血統の強力さが逆に仇となり、傷を癒やすためのエネルギーが足りず日に日に弱っていた。

 テレオはうなずいた。

「少し欲張りすぎたと父上が珍しく反省していたよ。
 皆にも迷惑をかける」

「クライオス卿の問題は我々全員の問題です」

 これは本当だ。
 クライオス大公の怪我はクライオス家に忠誠を誓った全ての貴族たちの問題だ。
 万が一このままクライオス大公が亡くなってしまった場合、その後継者が育つまで一時的に勢力が衰退することは避けられない。
 クライオス派閥に所属する貴族たち全員が不利益を被ることになるだろう。

 フォルダン家はその筆頭格だ。
 私は13の時、レベル20を突破したことで皇帝から第3皇女との婚約を授けられた。
 対外的にはこれは皇帝が私の才能を認めたが故の婚約であり、美談だということになっているが、実際には違う。
 権力闘争の一環としてクライオス大公がそうなるよう圧力をかけたのだ。

 帝国建国以来、皇女と伯爵家の結婚の例は一度もない。
 私と第3皇女の婚約は美談ではなく、皇室の格を下げ、辱めるための政治的駆け引きの産物だ。

 クライオス大公が倒れ、クライオス家の勢力が衰退してしまったらどんなことが起こるかは考えなくてもわかる。
 皇室の面目を保つために皇室派の貴族たちは総力を上げてフォルダン家を潰すだろう。
 フォルダン家がなくなれば婚約も自然と消え、皇室の面目は保たれるからだ。

 数回しか顔を合わせたことのない婚約者の命を取るか、家族全員の命を取るか。
 誰もが同じ選択をするだろう。
 小説を読んでいたときには気づかなかったが、イルク・フォルダンもまた、哀れな政治闘争の犠牲者だったのだ。

 テレオは食後の紅茶を一口飲んだ。

「しかし若く未熟な皇族の魂を薬の材料に使うとは、古代人は大胆なことを考えるな」

「神権至上の時代では、皇族も聖教会の前では賤民同然でしたからね」

「聖教会、ね」

 テレオは冷笑を浮かべた。
 クライオス家は聖教会と折り合いが悪い。
 それは聖教会が天使の血を継ぐクライオス家は神の意思、つまりは聖教会の命令に従うべきだと考えており、一方のクライオス家は皇権至上の帝国において、大公家である自らは聖教会よりも上だと考えているからだ。
 そういう理由もあって、クライオス家は治癒術の第一人者である聖教会に頼ることを頑なに拒んでおり、遺跡から見つけた秘薬のレシピでクライオス大公の傷を癒そうと試みているのだ。

 では、なぜ若い皇族が他にも何人か存在する中で、ターゲットが私の婚約者、つまりは結婚によって皇室にダメージを与えられる利用価値のある第3皇女になったのか。
 それは動機がないからだ。
 動機がなければ、我々が犯人だと疑われることもない。
 クライオス大公が怪我をしていることも、秘薬に皇族の魂が必要だということも、ごく限られた人物しか知らないことだ。
 私が知らされたのも、フォルダン家がクライオス派閥の忠実な一員であること、そしていずれ聖域に踏み入れる可能性が高い私が後から事実を知って不満を抱かないように、という理由がある。

 テレオは再び紅茶を飲んだ。

「君には申し訳なく思っているよ」

「いえ、元々クライオス卿の尽力で頂けた婚約です。
 それにクライオス卿の健康に比べたら、女など取るに足りません」

「それは少し薄情すぎる物言いじゃないかい?」

 そうは言ったものの、テレオは私の言葉に満足げだった。

「すみません」

 私が頭を下げると、テレオは楽しげに笑った。
 道徳や倫理に背いてでも自身のために尽くしてくれる相手というのは可愛いものだ。
 原作知識のおかげで私は彼の本性を他の誰よりも知っている。
 彼が好きそうな発言をすることは難しいことではない。
 そのため私と彼の関係は原作よりも良好だ。

「やはり君はいい。
 武の才能だけでなく人も出来ている。
 これが終わったら、替わりに妹との婚約を授けるよう、父上に掛け合ってやろう。
 君ならクライオス家の女性にもふさわしい」

「ありがとうございます」

「あまり期待はするな。
 父上は伝統を重んじるタイプでね。
 いかに君が優秀とは言え、伯爵家の生まれだ。
 私の頼みだとしてもうなずいてくれるかどうか」

「テレオ様のそのお気持ちだけで十分です」

「うむ」

 原作でのテレオは悪役らしく、残虐で冷酷な性格をしていた。
 現実での彼もそう変わりはないが、それはあくまでも他人に対してだ。
 クライオス家には5人の男児がおり、その中で家督争いの有力候補は彼を含めて三人。
 自身の支持者を集め、家督争いで優位に立たなければならないのに味方にきつく当たるほど、彼は馬鹿ではない。

 テレオは胸ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認した。

「そろそろかな」

 我々は今日行われている入学試験で第3皇女の暗殺を計画していた。
 試験に使われる人造ダンジョンに細工をし、レベル19に設定されていたレベル制限を1引き上げたのだ。
 事前に潜り込ませたレベル20の刺客が試験の最中に第3皇女を暗殺し、専用の魔法具でその魂を捉え、持ち帰るという算段だ。
 いかに皇族と言えどもレベル19の戦士がレベル20の戦士に敵うはずはない。

 因みにこれは自慢なのだが、入学試験前にレベル20になった者は試験を免除される。
 もう才能を証明する必要がないからだ。

 テレオの言葉が終わるのとほぼ同時に、ドアがノックされた。

「入れ」

 入ってきたテレオの配下の一員である貴族学生は彼に耳打ちした。
 テレオの表情が一気に険しくなった。
 聞かなくても私にはどんな内容なのかわかっていた。
 計画は主人公の邪魔により、失敗した。
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