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深山 6

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 山道を歩くのはいつぐらいぶりか。
 若い頃は修行だと言われて何度も山道を歩かされた事を思い出した。
 ただ歩いた道は何人もの修行僧が踏み固めた歩きやすい道だった為、このようなぬかるんだ獣道の様な山道に苦労した。
「叔父貴、遅いよ」
「うるさい!こっちは年寄りなんだぞ!」
 言うもあの凄い付喪神が手に入ると思っているご機嫌な甥っ子達は足取り軽くどんどん進んでしまう。
 こっちは汗も噴出して座りたいというのに……

「あ、沢の音が聞こえる」
「マジ?喉が渇いたから水を飲みたい」
「そうだな。叔父貴もばててるし、ちょっと休憩しようか」
「やったね。じゃあ先行ってるから」

 すぐそばで聞こえる沢の音に甥っ子達はさっさと向かってしまい、それを追いかけるように足を運べばすぐに涼やかな水音を立てる穏やかな流れの沢へと出た。
 大きな石が転がり沢に降りるのも苦にならず、それどころか甥達は川に転がる石に飛び移って遊びだしてまで居た。
 若いとは元気だという事か。
 呆れながらも沢に降りて汗ばむ体を冷ますような水を両手ですくって一口すする。
「うまい」
「だよな。生臭さもないし、これだけ山奥だとほんと水が綺麗で安心だよ」
 甥の一人は靴を脱いで川に足を浸して完全に休息の状態になってしまっていた。
 そして他は川に転がる石に飛び移って向こう岸に行って少し探検をしたようで、喜色を浮かべて戻ってきた。
「向こうにあの男が言っていた祠があったぞ!」
「結構立派でなんかお高そうなものが飾ってあったよ」
「ほんと?!叔父さん、早く見に行こうよ!」
 一人別方向に探索に出た甥っ子が早くとせがめば水遊びをしていた甥っ子が
「靴下履くから、みんな待ってよ!」
 目的地が分かった事で途端に元気になる甥っ子達を自分の子供があんなことになってしまっただけに可愛く思ってしまった。
 兄の優秀な息子とは違い、後継者から外れた他の甥っ子達は少しやんちゃに育ってしまったが、京都から追い出された儂を今も変わらなく慕ってくれて、あの事件以来眠りについている息子を思いやってくれる。
 寝たきりになってしまった息子の事も今も心配してくれてかわいさがあふれ出せばあの龍さえ手に入れば他の付喪神なぞくれてやってもいいと思った。
 あの男に奪われた儂の付喪神も取り返して最後は呪い殺してやろう。龍を連れて戻った時は楽に死なせてたまるかと舌なめずりしながら殺害方法を考えながら甥っ子達を追って川を渡った。
 それからすぐにかなり古い祠があり、だけどその周囲にはあふれんばかりの紫陽花が咲き乱れていた。
「紫陽花の季節なんてとっくに終わってるのに」
「これだけ涼しいから遅咲きなだけじゃないのか?」
「ふーん」
「花なんて興味ないねー」
 なんて言いながら祠の扉を開ければたくさんのお酒やお供え物のお菓子が並んでいた。
「うわー、こんな山奥まで来る奴いるのか」
「タマゴボーロなんて、今も売ってるんだな!」
 笑いながらお供え物を眺め、山登りの疲れと程よい空腹から
「頂きまーす」
 袋を開けて食べようとすれば

「あら、珍しい。こんな山奥で人に会うとは思わなかったわ」

 袋を開けようとした手が驚きも合わさり思い切り袋を開けてしまった拍子に中身をこぼしてしまった。
 仕方がない。
 こんな所で人に会えば驚くしかないのだから。
 しかもすらりとした肢体の腰までまっすぐと伸ばした黒髪の女性がそこに立っていたのだから。
 さらに言えばこんな山奥で出会ったというのに思わず見惚れてしまうくらいの美女だったのだから仕方がない。
「あ、こんにちは!」
 愛想のよい甥っ子の一人が声を上げれば
「こんにちは。
 登山にいらしたのですか?」
「はい!ちょっと探し物も兼ねて山歩きを楽しんでます」
「お姉さんはこちらにはどのような御用で?」
「ふふふ、この祠の掃除と、今晩のご飯に山菜を?
 他にも何かあれば良いのにと思ったの」
 なんて少し顔を赤らめながらくすくすと笑うその仕草に甥っ子達のテンションはさらに上がる。
 見た目もスタイルも良ければその女性らしさを兼ね備えた体のラインを隠そうともしないピタっとしたシャツとスポーティなズボンは禁欲的な生活を求められている甥っ子達には刺激的すぎて、この人目のない山奥と程よい祠と言う広さの室内に四人の甥っ子は視線で話を付ければタイミング悪く
「あら、やだわ。雨が降って来たわ」
「まあ、山の天気は変わりやすいと申しますか、少し中で休ませてもらいましょう」
 その様子を見てこのような山奥まで付き合ってもらったのだから手を貸してやろうと風邪をひかないようにと言う言葉で女を祠の中に案内するのだった。
 
 にやにやと何かを期待する甥っ子達にさすがにがっつき過ぎだと苦笑を禁じえなかったけどそこでふいに違和感を覚えた。
 この祠は大きくはなかったはずなのにこんなにも広かっただろうか。
 甥っ子達を見れば誰もそこには気づいてないようで気のせいかと思っていた。
 だがすぐに激しく降り出した雨は分厚い雨雲を引き連れてきて雷さえ呼び寄せた。
 すぐそばを通り過ぎる雷の輝きの中、見てしまった。
 あの美しい女には獣のような耳があり、そして八本の尾と裂けた口から覗く鋭い牙を。

「!!!」

 声もなく慌てて全員で祠から逃げだすものの、すぐに飛び掛かって来た女に甥の一人がぬかるんだ地面に足を取られた瞬間捕まって……

 その後は後ろなんて見ていられないというように先を走る甥っ子達の背中を懸命に追った。




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