人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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番外編:山の秘密、俺の秘密 1

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なろうの方にメールをくださった方にお礼(?)でお渡ししていたものになります。
本編からは異色な仕上がりになったものなので削除したものです。
時系列的には綾人がイギリスに向かう直前になります。
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 母親問題が終わり熱も出さなくなってやっと穏やかな時間を過ごす事が出来るようになった六月の中ごろ。霧のカーテンで視界不良の中を馴染の老いた郵便局員がやって来た。
 宮下商店の前に作った郵便ポストではなくこんな所までと思っていればどうやらハンコを必要としていて霧と言うより雲の中を突き抜けて来てくれたらしい。赤い車がびっしょりと濡れていてご苦労様とねぎらうのも忘れない。
 この季節、久しぶりのお客様にちゃんと茶葉で淹れたお茶と六月でも雨が降れば暖が恋しいこの山の生活の中、そろそろ片づけないといけないなと思いつつも本日もロケットストーブが活躍しているので麓との気温差に震える体を温めてもらってから帰ってもらうのだった。お茶一杯を飲むわずか数分の事だけどその間に雨雲が僅かな切れ目を作り、大気中のちりを洗い流した痛い位の陽射しが切り込む青空が見え始めた。
 地面は濡れて怖いだろうけど今のうちに行きますねとご馳走様をして馴染の老いた郵便局員は麓へと戻って行く。
 お見送りと言う様に下って行った郵便局員を見送っては門を閉ざし、家に戻って中身が見えない真っ白な厚手の封筒の差出人は記憶の限り年に一度この時期に見る名前だったが、この封筒はここ数年開けた事がないまま竈にくべていた。
 バアちゃんとジイちゃん、その前からの古い知り合いだとは聞いていたが極力俺とは係わらせたくなかったようだったけど、晩年に一度だけ俺にテスト直前だというのに学校を休ませてまで付き合わされた事があった。



 高校三年のこの季節。
「本当ならあまり係わらない方がいいのだろう。無視してもいいけど、ここに住んでいる綾人がまったく知らないわけにもいかないから。ジイちゃんに任されてから封筒が来るたびにバアちゃんが相手をしていたけど、バアちゃんだっていつジイちゃんに呼ばれるか判らないから。このお勤めもいつまで出来るか判らないからねえ。
 この山に住む吉野なら綾人も覚えておきなさい」
 そう言って手紙で連絡が来たのに電話で承諾をすると言うこのやり取りはなんなのだろうと思いながら一週間ほど時間が過ぎた頃だった。
 宗教何てよく知らないけど漫画とかで得た知識から白装束の、山伏のような一団が麓から上がって来た。
 年齢層は俺と似たような年代から親父世代、それ以上のジイちゃんバアちゃん世代もいる。しゃんしゃんとなる錫杖の音を響かせながら畑の獣道となりかけている暗闇の山道を歩く真っ白にぼやける集団とは正直薄気味悪かった。
 ぎょっとしたけどバアちゃんはお待ちしておりましたとまだまだ陽も昇らない深い夜のうちから畑の農道を通って上がって来た一団に深々と頭を下げるのだった。
「道路あっちにあるのに……」
 何でこんな所からと驚くを通り越えて引いてしまえば
「あっちの道は新しい道だからねえ。
 古くからの山道は畑の方になるからこっちの道を通るのが彼らの修行なんだよ。
 さあ、皆様お疲れでしょう。朝餉の準備は出来ております。お昼にはおにぎりを用意したのでお持ち下され」
「お世話になります」
 バアちゃんには深々と頭を下げるのに俺はガン無視。まあいいけど修行ってそう言う物か?
 少し考えてしまう。
 彼らは軒下に荷物を置いて囲炉裏の間に並べた机に並び、バアちゃんが用意したこの山で採れた一汁一菜の朝ごはんをありがたくと言うように食べる。お茶ではなく白湯を飲み、トイレを済ませたり仮眠を取ったりと何やら色々と準備をしていた。
 そして準備が出来た人達が土間へと集まればバアちゃんが指示する棚を退けるのだった。
 そこに現れたのは玄関の正面、玄関と同じ立派な引き戸があった。
「そう言えばあったね」
 思わずと言う様に隠し扉のように棚で隠された扉を懐かしさから雑巾で積った埃を拭って行く。
「おや、綾人はこのドアの事知っていたのかい?」
「裏から見ればわかるし、それに一度ジイちゃんが開けてくれた事があるから。
 滅多に開けないから面白いだろうってそこから山に登った覚えがある」
「それは何時の事か?」
 どこか俺と関わり合いを持たないようにしていた山伏の男が思わずと言うように聞けば注目を集め、ばつの悪い顔をしていた。やはりお互いあまり関わり合いを持たないようにしていたらしい。どうでもいいけどと考えて答える。
「ちっちゃい頃だよ。
 幼稚園だったかな。一時オフクロが転んで骨折ったかなんかで怪我をして面倒見れないからって預けられた時。
 ジイちゃんに引っ付いて山登ったけど大変だったな」
 うんうん。幾らテリトリーだからと言って幼稚園児に山登りさせるとかめちゃくちゃだろうと思いながらも必死にジイちゃんの後をついて山の事を学んだ記憶は今でも色濃く残っている幼児期の一番楽しい思い出で、この頃に学んだ記憶がこの山の生活の基本となっていた。


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