人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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「実は引退後に小さくて私の目が行き届く旅館を開くのが夢でした。
 規模的には民宿になるのでしょうが、引退した料理人の人と一緒に夢を語り合っていたものです」
 テーブルに視線を落とす姿に俺は少し興味を持って机まで移動して話を聞く体制をとればすかさず浅野さんが新しい饅頭とお茶を用意してくれる。本当にできた人だと感心しながらお茶をすすれば話が始まった。
「民家、それこそ吉野様の家のような古民家にあこがれていた時がありました。
 仕事柄いろいろなホテルや民宿を泊まり歩いて勉強させてもらいました。
 その中で目指したのは和風旅館。職場がホテルなのでどうしても木の床や畳の匂いが恋しく思い、そんな時に動画で吉野様の山の生活の動画を見つけさせていただきました。
 あのような家があるなんてと感動した覚えがあります。
 太い柱に漆喰の壁、囲炉裏があり、土間が走って今も使える竈がある今はめっきり少なくなってしまった古民家がどれも現役で今も使用できるコンディション。
 あこがれは強くなる一方でした」
「あこがれるのは勝手だけど正直言って勧めないよないよ?シャレにならないくらい冬場は普通に家の中でもマイナスな室温だし、虫も容赦なく入ってくるし、不便以外何でもないよ?」
 あこがれるのと現実は違うぞと言えば
「もちろんそこは手を入れるつもりです。実際何件か物件を探しに行ったこともあります」
 あきれるくらいアクティブだなあと感心しているも
「ですが、離れの修復動画を見て気づきました。
 理想を形作った家を見れば物件探しをしていた家がどれほど物足りないかを悟ってしまい、少し熱が冷めてしまいまして」
「いや、確かね予定よりはお金かけたけどそこまでじゃないだろ」
 褒めすぎるのはやめてくれと言えば
「囲炉裏、あこがれますがプライベートな場所に置くと火事の心配があります。
 長火鉢にして共有スペースに置けばその問題もクリアしますし、せっかく雇った料理人の腕を見せる厨房もパフォーマンスとして美しい角度です」
「まあ、そこは二階の室内窓からも確認するくらいこだわったつもりだしね」
 飯田さんの腕を最大限楽しむ為の計算しつくされた家だ。
 褒められて当然のことを褒められても俺がうれしいだけだけどねと心の中でムフフと喜んでしまう。
 うん。
 わかっていたけど俺って単純だなーとニマニマしてればほほえましい目で浅野さんが見守っていてくれた。ちょっと恥ずかしい。
「先輩ですが趣味で生け花やフラワーアートをしている人がいます。盆栽とか小さな菜園で野菜を作ったりしている人がいまして、真野って言いますが、女将をやりたいと言っていましてね」
 懐かしそうに目を細める植草さん。
 具体的すぎる話に
「夢を語り合う仲間ですか?」
 聞けば
「それなりに独立を夢見た時が重なって恥ずかしくも語り合った青臭い時期の話しです」
 照れながらの告白に爺さんは机に乗り出してもっと言えという。
 知っていたけどこういった話し爺さん好きだよねって心の中で突っ込みながら茶をすする。こっちに飛び火しない限り俺は黙って見守るよと爺さんの好奇心にこれ以上巻き込まれたくないというように食べ終わった万寿のお皿を切なく見ていれば浅野さんがすぐさま大福を出してくれた。
 やだ、このお餅もっちもちでおいしい。
 至福の顔で食べていれば爺さんは俺のことなど忘れて植草さんといろいろ盛り上がり、いつの間にか部屋からいなくなっていた。
「二人は行ってしまいましたが……」
 浅野さんは何とも言えない顔で俺を見ていたが
「いいんだよ。植草さんなら最終的にプレゼンテーションをしてくれるだろうから仕上がりを黙って待つのが俺の仕事だ。そして植草さんの気持ちが空回りしてなければ俺は財布を持ってイエスって言うだけ。
 そんなことよりもものすごい具体的な夢過ぎて俺が言い出すのを待っていたかのようで怖いわー」
 きっとそんな想像もしてみたのだろう。
 とはいえこんな大都会のど真ん中の一軒家と言うのは想定外だろうが、話を聞く限り一度計画してぽしゃったという流れが正解だろう。
 せいぜい誰かが辞めたか植草さんが海外に飛ばされたとかそんなトコだろう。
 どんな人材なのかわからないが植草さんと付き合えるというぐらいはまともだと思っている。むしろ癖が強すぎる人間関係を作り上げてしまっただけに標準的な人と言うのがわからない。
 標準的…… 
 標準って何だろう。
 なんだか哲学的な方向に進みそうなのでそこからは思考を止めたが悲しいかな俺の中では植草さんは標準的なサラリーマンとして好感度を上げているのは周囲がブラックを好む傾向の人間で構成されている事に気が付いてしまったから。
 その周囲に言わせると俺が一番アウトだというけど、俺としてはただ日々のルーティンを繰り返しているだけなのでアウトとかがよく理解できなかった。
 俺ってそんなにもヤバかったのか?
 まあ、そんな気もしていたがそれが日常だと俺の中では普通になるからセーフのはずなんだけどと思ってもきっと誰も理解してくれないだろうから、そっと口に出すのはやめておいた。




 








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