人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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春が来る前にできる事 9

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 朝来ていた服は残念ながらそのまま洗濯機行だったので着替えたスウェットのまま宮下の新居(予定)まで向う。圭斗が車で来てくれたのでそのまま連行となったのだがちょうど大矢さんがお昼を届けに来てくれた頃だった。
「吉野の、珍しい姿してるなぁ」
 大きな箱に弁当箱を入れて運んできてくれた。
 ご飯とみそ汁はこちらで十分程用意が出来るのでおかずだけを詰めただけの弁当だがこちらの皆さんには十分の様で胃もたれするのは俺と先生だけだった……
 ほら、長沢さん達の弁当の内容はヘルシー系だからね。カロリー重視の弁当じゃないそっちも食べたいと眺めながら昨日は食べた。
 そして今日なぜかカロリー爆弾弁当。
「吉野の、お前さんの年齢ぐらいならこれぐらいは食わんと体力が持たんぞ」
 先生はちゃっかりヘルシーベントーにチェンジしていたのを横目にそんな大矢さんの有り難い親切にそっと涙を流した。
 
 冬の寒さなんて気にしないと言うような笑い声と掛け声が響いていた。
 お昼には早めだがお弁当が温かいうちにと言うよりお弁当が来る時間に合わせて炊き上げたご飯が出来るタイミングを見て昼休憩となった。
 ふっくらと炊き上げた真っ白なご飯を下見の時に見つけたこの家に残されてた長持ちの中に綺麗に片づけられていた茶わんを綺麗に洗って使わせてもらっている。見知らぬ人とは言い切れない顔も知らない間柄だけど、亡くなった奥様が大変几帳面な方でこれだけ荒れてしまったものの幾つもある長持ちの中にはまるでつい最近まで使っていたように綺麗に片づけられていた物が山ほどあった。
 使えるかもと言って香奈が取っておいた物だが、節約も大概にしろと言いたいけど未使用の物ばかりあったので、ひょっとしたらこうやって後から来た人に残してあったのだろうかと考えながらも何も考えてない宮下も使っちゃえと言うのだから丁寧倣えと言うくらいしか言えなかった。
 とは言え、こうやって日の下で見ると綺麗な瀬戸物だなと感心していれば
「私が吉野にお世話になってる頃は毎日竈抱きのご飯をどんぶりで食べさせてもらってな」
 次々に皆さんにお弁当を渡しながらお櫃に入れたご飯をお茶わんによそう陸斗の様子を懐かしそうに眺める。
「私の生まれは子供ばかり7人兄弟で下から三番目でね、働き盛りの父と兄達にご飯をたくさん食べさせて子供の私や妹たちは体が小さいからと言っておかわりはさせてもらえなくっていつも腹を空かせててね、中学卒業して吉野に引き取られて初めて腹いっぱい飯を食べさせてもらって苦しくって起き上がれなくなってみんなに笑われて、懐かしいなぁ」
「そうだった。儂も体が小さかったが大矢もまたチビだったな。それなのに漬物だけでどんぶり飯を三杯食べてひっくりかえってたな」
 長沢さんも思い出して笑い
「なに、吉野に来る子供はみんなそんな身の上で儂もそうだった。
 大旦那様には食いたいだけ食って身体を大きくして早く一人前になれって、食べるのも仕事だった。仕事がきつくて食べれなくても食べさせられて、しんどかったなあ」
「ああ、ほんときつかった。長沢の兄さんにぶっ倒れても握り飯を口の中に詰め込まれて、無理やり食べさせられたけどいつのまにかそれも慣れていたなあ」
 みんな一度は通る道だと懐かしそうに目を細める長沢さんにみんなビビりながらも話しを聞かずにはいられないようだった。どうやら長沢さんが今の猟友会の人達の世代のまとめ役だったらしく、それでも鉄治さんのお爺さんの技に魅入られて吉野から離れて一生の仕事を手に入れた今も吉野に忠義を尽くしてくれ今も数少なくなった吉野の元職人達の繋がりを纏めていると言う。
 何度か聞いていたとは言えこの縦社会何?
 うちってそんなにヤバい職場だったの?
 グロッキーの相手に与えるのが休息ではなくまずは握り飯とか今の時代だったら絶対モラハラとかパワハラとか言われる奴。
 いや、人間として口の中にたとえ食料とは言えども無理やり食べさせるのってどうよと俺の中で長沢さんがどんどん危険人物になって行く。
 みんな長沢さんに一目置いている理由、過去にそんな風にお世話になった半分トラウマだろう納得をせざるを得ない笑い話ではなかったが
「折角なのでおにぎりにしますので食べますか?」
 陸斗がご飯はたっぷりあるからと言っておにぎりを作ってくれた。
 まだ水道が通ってないので貴重な水で手を洗ってラップでくるんでくれた大きいおにぎりはみんながまだ高校生の時うちに泊まった時の合宿で良く作ったおにぎりサイズ。
『水野バカか、おにぎりがこんな大きいと食べにくいだろ』
『綾っちは判ってないっすね。これだけ大きいと具を入れたい放題なんですぜい』
 なんてドヤ顔で割ったおにぎりからから揚げが出てきたあの笑劇は今思い出しても何とも言えない。
 さすがに今回は塩を振っただけのおにぎりになったがしっかりとおこげが入っているのを見て大矢さんもにっこりと笑う。
「一番良い所を悪いなあ」
「おにぎりなのに具が何もないのでせめて」
 と言って綺麗な三角形に仕上げた物を渡せばすぐに大矢さんはかぶりついて懐かしそうに笑みを浮かべながら
「これだよ。うちの旅館のご飯はガスで焚いているけどそれでもこんなふっくらと炊き上げられない。やっぱり竈を作るべきか……」
「大矢よ、一応街中なんだから近所から苦情が来ますよ」
 鉄治さんのストップと
「そうですよ。旅館なんですから火の取り扱いは慎重になさらないと」
 浩太さんも無謀だと言う。
 まあ、作るとなると呼び出されるのは十中八九この二人だろうから。最悪の事を考えれば竈を作れば後悔しかない結果に止めておけと言う。
 いくらスプリンクラー設置が義務付けられても早々竈の火は落ちない。どう考えても延焼が広がるしかないし、ボヤ騒ぎ所か煙だけで警報が鳴りまくるしかない落ち着きのない旅館に誰が泊まりたいと言う物か。
「だからガスでがまんしてるだろう」
 飯田さんのお父さんでなくとも竈のご飯の美味しさを知る人達はそれなりに拘っているようだと、未だに竈を使う綾人としては「ふーん」な話だが、そんな昔話をしているうちにおにぎりも食べ終えてしまう事また一台の車がやってきた。
 真っ白のワゴンが坂の下で停まり、一人の男性がえっちらおっちらと大矢さんが持って来た箱に似た物を抱えてやってきた。
「吉野さん、こちらに宮下さんは見えますか?」
「あー、園田さんご無沙汰してます。今ちょっと出かけてまして……」
 何やら重たそうな箱を持って来てどこに置けばと言う様にきょろきょろしていたので竈の所に机があるのでそちらまで圭斗が代わって運ぶ。
「昨日三日月の店主から差入れしてほしいって言われて。
 そうそう、篠田さん、妹さんのご婚約おめでとうございます」
 深々と圭斗に向かって頭を下げる。
「あ、いえ。ご丁寧にありがとうございます」
 同じように深々とあまたを下げる様子も気になるが
「これ燈火からの差し入れって事でいいですか?」
「はい。沢山職人さんが見えているのでお土産に持たせてもらえるように多めに用意してくださいって」
 箱の中は大福と塩豆大福が整然と並んでいた。
「やった!俺美園屋さんの大福大好物!」
「餡子が美味しいよね」
「お餅もすごく滑らかで美味しいです」
 植田や園田、そして陸斗までも大絶賛する圧倒的景色はどう考えても多すぎだろう。
 まあ、多分燈火は吉野繋がりと言う事でお婆さんに相談して用意してくれたと思うのだが……
 スマホを見ればちゃんと燈火から差入れの連絡が入っていた。勿論それは俺がお風呂でまったりしている時間。
 しまったと思いながらも燈火に連絡。
「こんなにも沢山ありがとう。ちなみに今宮下と香奈ちゃんはお出かけ中なので代理で圭斗が受けとりました、送信」
 なんて言いながら三日月のある方に向けて送信ボタン。
 先生が隣でお前は何をやっとると言う目で見たが
「圭斗どうする?」
 一応俺は部外者なので圭斗の判断に任せる事にすれば
「折角だから出来たてを頂こう。 
 後で宮下と香奈に挨拶に行かせますのでまたその時はよろしくお願いします」
 もう一度ちゃんと丁寧に頭を下げるちゃんとお父さんをしていて先生と一緒にうんうんと頷いていた。
 大矢さんにも一種類ずつお土産に持って行ってもらい、皆さんも予想外の甘味に喜びの笑顔を浮かべる。
 少し早目のお昼ご飯はこうして英気を養い、その頃やっと戻って来た宮下と香奈はご飯を食べ、食後の大福も美味しく食べた所で差入れをしてくれた三日月と美園屋さんにご挨拶に伺い、そしてぼちぼち帰る時間と言う、なんとも忙しい一日になった。
 

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