上 下
850 / 976

無垢なる綿に包まれて 1

しおりを挟む
 白銀の世界、それはアイヴィーにとってわりと見慣れた物だった。
 薄暗い空と寒々を通りすぎる凍えるような海。
 海沿いの街の生まれと育ちのアイヴィーにとって雪と言う物は意外と身近な物だったと思う。
 だけどもこれは雪じゃないと思った。
『ねえ!何でイギリスより南に来ているはずなのにこんなにも雪が積もってるの?!海抜1700メートルって言うのはこっちに来るところの看板で見たけど、何で歩けないくらい雪が積もってるのよ!』
『何を言ってる、まだ冬の序の口。これぐらいはここらじゃ普通だ。
 そして水に恵まれた国の降雨量を身に沁みて思い知るがよい』
『くっ!フランスから来たのにこんなにも寒いなんて聞いてないよ!』
『まぁ、うちが特殊だからね』
 言いながら俺とアイヴィーはスコップを持って烏骨鶏の小屋までの通路を作っていた。
『今夜絶対筋肉痛だわ!』
『今日中に筋肉痛になる若さに喜びを噛み締めろ!』
 さすがに俺もまだ今日中に筋肉痛になるが、先生の場合は明日から、もしくは作業中にいきなり使用不能となる。もう歳考えてよーなんて言ってしまうのはそれなりに身体を労わってるつもりだから。筋肉痛ならまだしも筋肉痛めるのは仕事に差し障りが起きるだろうと言う所。お札のように湿布を貼る先生なんて生徒からしたら迷惑以外でしかないからなと少しだけ受け持ちの生徒さんと理科部の連中を憐れんでおく。
『おかしいな。動画だとすごく雄大で穏やかな世界の家なのになんでサバイバルしてるんだろうな?』
『編集技術とこんな日常が非日常だと気づかない異常さを体感してみればいい。
 あ、ちょっと前にいっぱい薪割してもらったから薪割は免除してやるから安心しろ』
『うー!帰ったらお気に入りのワンピースが筋肉のせいで着れなくなったら呪ってやるんだから!』
『その時は責任もってワンサイズ上の新しいワンピースを買わせていただきます』
『黙れー!』
 顔面に雪玉をキャッチする事になった。地味に痛い。
 街に買い物に行くのさえ未だに緊張の中になる中アイヴィーが言うのは先日見せてくれた淡い緑色のベルベットのワンピースの事だろう。スレンダーなアイヴィーでこそ着こなせるマーメイドラインのワンピース。欲を言えばもう少し凹凸が欲しい所だが、それを言ったら刺されるのは間違いないので言わないが。
「それにしてもお二人さん元気だなあ」
 囲炉裏で熱燗を舐めながら宿題の採点をしている先生は
「綾人は病み上がりだしアイヴィーも慣れてないんだからほどほどにしろよ!」
 大きな声で注意を飛ばすも日本語が全くわからないわけじゃなくてもアイヴィーには通じなく、綾人も先生の事は相変わらず無視していいと思っている。
 昼間から酒を呑む教師など教師ではない、そう言う倫理観もあるが確かにそろそろ雪かきを始めて一時間は経とうとしている。
 細くも道は出来たし、つららも落としたし、ウコハウスの水も替えたし、餌も補充したし、藁も替えたし卵の収穫もした。
 一応城で烏骨鶏の世話をしているらしくわーきゃーと騒ぐ事はないみたいだが
『やっぱり環境かなあ?
 フランスと同じ種類なのに丸っこいのに身が痩せてるって言うのは』
『運動のさせ過ぎらしい。肉質としてはうちの子の方がプリッとしてるんだけどな』
『うん。お城の子の方はジューシーって感じ?』
「いつまでたっても帰ってこないから心配して見にこれば烏骨鶏を目の前にしてお前ら何の話ししてるんだか」
 いつの間にかつっかけをひっかけてやってきた先生が背後に居た。
「おら、そろそろ昼飯を作る時間だ。
 準備に取り掛かれよ」
「何で家主より先生が仕切ってんだよ……」
「決まってるだろ。お前に三食きちんと食べさせてもらうのが先生の使命なんだからな」
 ふふんと鼻で笑う先生に
『凄い、ここまで言い切れる人初めて見たかも』
 動画でのネタじゃないんだとこれがナチュラルな事におののくアイヴィーに俺も頷く。まあ、こうやって増長させたのも俺達だが、この態度が俺達の前だけの事なのであえて何もつっこまない。こうやって十年以上かけて調教されてしまった俺達だけど、先生のお世話はめんどくさいのではいはいと聞いておくに越した事はない。
 そして猪汁をにきりたんぽと言うセットにアイヴィーの目は輝く。
『キリタンポ知ってる!ごはんを半殺しにして竹に巻いて焼く奴だよね!
 昔の動画でイイダが焼いてるの見ておもしろそうだったから覚えてた!』
「あー、シェフの野郎の動画で笑えたって言う事でいいのか?」
 少し怪しい先生の英語力に
「笑えたって言うより面白かっただなこの場合」
「シェフだから笑えたでいいんだよ」
 大体わかっているのになんでこう勝手に心情を入れるんだか。
 呆れながらも人参や大根、白菜と言った野菜もたっぷりな猪汁を渡せば味噌仕立てはどうだろうかと思うもそっと口をつけて
『おいしい!ポトフみたいなものかと思ってたけど、お味噌って美味しいのね!宿でいただいたお味噌汁はちょっと塩辛かったけど、同じお味噌なのにすごくまろやかだわ』
「良かったな大絶賛で」
「先生ちゃんとわかってるのなら一々俺に確認するのやめてください」
 言いながら先生専用にどんぶりで渡せばちまちまとキリタンポを齧るアイヴィーの横で先生はキリタンポを竹から外してどんぶりに入れて行くのをアイヴィーは目を見開いて眺めていた。
『アヤト、キリタンポってああやって食べるの?』
『一般的には焼いたきりたんぽを竹から外して鍋に入れて汁をたっぷりと吸わせて食べるらしい。まあ、その家ごとに食べ方が色々あるから好きなようにして食べればいいと俺は思うけど?』
 なんて言って俺は一本目のキリタンポは醤油をかけてもう一度炙って少し焦がしてから食べる派だ。
 アイヴィーの目もなにそれと言うように俺に釘づけだからアイヴィーの食べかけのキリタンポに醤油をかけて少し焦がしてから食べさせれば
『美味しい!ソイソース?かけただけでこんなにも香ばしくなるなんて!』
『焼おにぎりと同じ感覚だな』
『焼おにぎり!綾人の部屋の漫画に描いてあった奴!』
『同じごはんから作られてるからって言うか、漫画読めるようになったんだ?』
『漫画にはルビがふってあるからね。意味は調べながらだけど文化を理解するにはちょうどいいわ』
 俺の部屋に置いてある漫画に日本の文化を紹介するようなものがあったかな?なんて考えてみるもどれも近しくて異なる文化ばかり。こうやって日本文化が勘違いされていくのかとその一端を担う事になってしまった俺は別に訂正をするつもりもないので正解でも間違いでもない危ういラインの漫画をそっと増やして行こうと決意をした。


しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。

山法師
青春
 四月も半ばの日の放課後のこと。  高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

雪那 由多
ライト文芸
 恋人に振られて独立を決心!  尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!  庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。  さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!  そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!  古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。  見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!  見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート! **************************************************************** 第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました! 沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました! ****************************************************************

アマツバメ

明野空
青春
「もし叶うなら、私は夜になりたいな」 お天道様とケンカし、日傘で陽をさえぎりながら歩き、 雨粒を降らせながら生きる少女の秘密――。 雨が降る日のみ登校する小山内乙鳥(おさないつばめ)、 謎の多い彼女の秘密に迫る物語。 縦読みオススメです。 ※本小説は2014年に制作したものの改訂版となります。 イラスト:雨季朋美様

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多
大衆娯楽
夜月燈火は亡き祖父の家をカフェに作り直して人生を再出発。 高校時代の友人と再会からの有無を言わさぬ魔王の指示で俺の意志一つなくリフォームは進んでいく。 あれ? 俺が思ったのとなんか違うけどでも俺が想像したよりいいカフェになってるんだけど予算内ならまあいいか? え?あまい? は?コーヒー不味い? インスタントしか飲んだ事ないから分かるわけないじゃん。 はい?!修行いって来い??? しかも棒を銜えて筋トレってどんな修行?! その甲斐あって人通りのない裏路地の古民家カフェは人はいないが穏やかな時間とコーヒーの香りと周囲の優しさに助けられ今日もオープンします。 第6回ライト文芸大賞で奨励賞を頂きました!ありがとうございました!

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ
青春
誰かの一番になれない僕は、今日も感情を下書き保存する 空気を読むのが得意で、周りの人の為に動いているはずなのに。どうして誰の一番にもなれないんだろう。 家族にも友達にも特別に必要とされていないと感じる雫。 そんな雫の一番大切な居場所は、”150文字”の感情を投稿するSNS「Letter」 苦手に感じていたクラスメイトの駆に「俺と一緒に物語を作って欲しい」と頼まれる。 ある秘密を抱える駆は「letter」で開催されるコンテストに作品を応募したいのだと言う。 二人は”150文字”の種になる季節や色を探しに出かけ始める。 誰かになりたくて、なれなかった。 透明な二人が150文字の物語を紡いでいく。 表紙イラスト aki様

ハッピークリスマス !  非公開にしていましたが再upしました。           2024.12.1

設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が この先もずっと続いていけぱいいのに……。 ――――――――――――――――――――――― |松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳 |堂本海(どうもとかい)  ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ) 中学の同級生 |渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳 |石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳 |大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?     ――― 2024.12.1 再々公開 ―――― 💍 イラストはOBAKERON様 有償画像

処理中です...