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立ち止まっても上を向こう 9

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 アヤトの案内によってアパート退去後の住処となっていたホテルを見上げて今の恰好に恥ずかしさを覚えた。
 せめてもう少しまともなワンピースだったら問題はなかったはずだ。
 周囲の視線を気にして俯いてしまえばアヤトは真っ先にホテル内のブティックへと案内してくれた。
「とりあえず今夜のディナーの服だな。
 ドレスコードは大丈夫だと思うけど……」
 言ってる間に女性の店員が私を舐めるような目で見て少し鼻で笑ったような気がした。
「さて、どれにする?」
 少し声のトーンが落ちたような気がした。何だか不穏な空気になったような気もしたが、久しぶりに入ったブティックに気分も上がり、何着か見せてもらって直ぐに決める事が出来た。
 夜だしと、シンプルに黒のドレスを選んだ。ただし、簡素すぎないようにふんだんにレースも使われた可愛らしさがあり、黒だけにあまりに色気がないので青みを帯びたショートボレロをチョイス。足元は旅行用のシューズからドレスに合わせた黒のパンプスがロングスカートの先でシルバーのラインが輝いていた。
 アヤトは女性のファッションが珍しいのかきょろきょろと店内を探検していた。
 おかげで私は試着を済ませて
「こんな感じだけどどうかな?」
 アヤトと一緒にお洋服を買いに来てるなんてと何だかデート気分だと浮かれながらも頭の片隅にはしっかりとエドガーの小言が響いている。
 少し位夢を見させてとくるりと一回転してみれば
「なるほど、。これが馬子にも衣装って奴か」
「なにそれ、アヤトの国の諺?」
 なんて綾人が私にこう言った評価をくれた事が嬉しくってつい頬が緩んでしまう。
 後で調べたら腹が立つこの上なしなのだが、何も知らない私は浮かれて笑顔が隠せれなかった。
 アヤトは着て行く事を告げてタグを外して貰い、レジ周りのガラスケースに並ぶアクセサリーもチョイスしてくれた。
「ドレスコードってこう言うのも必要になるんだろ?」
 パールのネックレスだった。
 この頃になると冷やかしではないと理解した店員も現金な物で直ぐにケースから取り出して首元に当ててくれる。
「そうですね。フォーマルなのでパールがよろしいかと思います。
 ただドレスの首回りが詰まってますのでこちらのチョーカータイプだとよりひきたてられるかと思います」
 アヤトはふーんそう言う物かと言ってそれを選び、同じくレジ横にあったバッグもパールをあしらった物を選んだ。
「こんな感じか?」
「そうだね。あまり肌を見せないのがフォーマルだから。ヒールもあまり高くしないように、夏場みたいな暑くて袖のないドレスにはボレロで肌を隠したり、アクセサリーも派手になりすぎない、パールは確かに良い選択だよ」
 何て男性のフォーマルは理解してても女性のルールは今一つと言うアヤトに折角なので教えて行く。
 なるほど、なるほどと言いながら選んだものをカードでお買い上げ。
 講義している合間にお会計を終わらせてしまった物の一瞬見えた金額に私の思考は見事フリーズ。
 お給料にあう金銭感覚を身に付けたつもりだったが、久しぶりのドレスを見てテンションが高くなってしまい、一瞬見えたビックリしたお値段に
「あ、後で支払うね。だからちょっと待っててもらえると助かるんだけど……」
「何言ってる。俺がここで食べたくって付き合わせているんだからそんな事は考えるな」 
 アヤトって男前だ。
 男前だけどさ、さすがにこれはよろしくないと言うか。
「だけどやっぱり金額がね、ありがとうって素直に奢られる金額じゃないっていうかね?」
 なんて言えば
「だったら毎朝オリヴィエに起こされないようにしろ。
 あいつの貴重な練習時間を削ってお前を起こしに行ってるんだから、練習の邪魔だけはするな」
「はい。がんばります」
 やっぱりあの城での生活ではオリヴィエが頂点に居るので私の地位が低すぎて涙が出てきた。まあ、あの城の中で一番の新人は私だから仕方がないのもある。
 最近は麦わら帽子が良く似合うとご近所さん(マイヤー)には評判だ。
 とりあえず、ドレス代はアヤトにプレゼントしてもらう事になってレストランへと向かう。
 予約してあったのか直ぐに通されて、夜景を見ながらコース料理を頂いた。
 だけどだ。
「おいしい。美味しいんだけど、毎日オリオールのご飯食べてたら……」
「それな。見た目もやっぱりオリオールの料理の方が美しいし。これもちゃんと美味しいんだけどな」
 二人で唸りながら食べながらもだ。
 デザートのケーキが出てきた所でやっと気が付いた。
 卒業おめでとうとメッセージプレートが乗せられたケーキは私の方を向いている。
「アヤト、これ……」
「一年越しのお祝い。一緒に卒業式に出れなかったから、今頃だけどせめてな」
 ぶわっと涙があふれた。
 主席を取られて憎たらしかったはずのアヤトだったのに、学会に一緒に出る事になって、あの事件で助けられて、好きになって……
 でもアヤトは私じゃ支えられないくらいの傷を負っていて、幼い頃から植え付けられたトラウマにとらわれて今も苦しみながらも自分の事より人の痛みに寄り添ってくれて……
 メイクが崩れないように一生懸命目元にハンカチを当てて
「こんな嬉しいサプライズ、絶対忘れないから!」
 もうすぐアヤトは生まれ育ち、受け継いだ家のある国へと帰る。
 止める事は出来ない。
 沢山の人がアヤトの帰りを待っている。
 本音を言えば行かないでと言いたいけど、やっと自由を得たアヤトをこれ以上縛りつけたくはない。
 だから
「今度は私からアヤトにすっごいサプライズをしにアヤトの所まで行くから楽しみに待ってて!」
「いや、アイヴィーが俺の所に来るだけでもサプライズだろ?!」
 何を言い出したんだと驚きながらも笑いあいながら卒業おめでとうと書かれたプレートの乗るケーキを食べ、いつの間に手配をしてくれていたのか綾人が借りていた部屋で私は久しぶりにこれ以上と無い幸せな気分を抱えて深く眠りに付くのだった。
  
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