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立ち止まって振り返って 7
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好奇心と言うのは止められない。
夢と言うのは裏切られてこそ焦がれる物だ。
いや、裏切られる必要はないがこれは一種の裏切りにも近い行為だろう。
おやつの時間が終わりケリーを陸斗にまた押し付けて植田は水野と一緒にリヴェットとオラスが指示する畑作りを頑張っていた。だけどここからは俺達も手伝うからと言ってオラス達おじいちゃん組はキッチンの方をお願いする事にした。
ほら、綾っちも恐れる狂犬の飯田さんが居るからね。
狂犬の飯田さんって何なんだよって思ってたけど、確かに狂犬だった。
特にジョエルとオージェの二人がやって来てから狂犬って言うより単に二人が嫌いなだけじゃないのと思うくらいの仕打ちだった。
ありがたいのは一緒に働いているオリオール達がまだまだやんちゃだなと微笑ましく眺めているのが救いだろう。全然救いになってないような気がするけど少なくともある種の緊張感が漂う軍隊式調理場と間では言わない。調理場は戦場と言う様に忙しないショックのぶつかる音やオリオールや飯田さんの指示する声が飛び交うようにその指示に従って足と手を動かすジョエルとオージェの覇気ある返事は扉越しでも気持ちが良い。狂犬が吠えなければだけど。
そんな午後を過ごしてやって来た夕食の時間。
俺達は風呂好きの綾っちのおかげでねこ足のバスタブを堪能する旅行にやっぱり檜風呂がいいなと滞在時間の残りの短さに望郷の念が止まらな。だけど綾っちの無茶何台じゃないギリギリを見極めた指示を終えた後の達成感もまた心地が良く、
癖になる。ゲームのステージを一つ一つクリアするよりも達成感があり、現実的にも報酬が付いて来るのでやめられない中毒になっている。
とは言え今まで貰ったバイト代で十分一人暮らしの資金になったのだ。就職も進学もあの山間の谷間の小さな街ではそこで頭打ちなので受け継ぐ畑や山がない以上出て行くのは仕方がなく、その為のバイトだと思えば十分すぎるくらいの現実的なバイト代だった。さすが東京生まれの東京育ち。幾ら会社が寮を用意してくれると言っても一からすべて用意しなくてはいけなく、かなりの金額だったと思ったのにあっという間に消滅してしまったのは決して専門学校時代に遊びまくったからではないと思いたい。先輩達から既に一人暮らしにどれだけ必要かはリサーチ済み。つまりそれだけ物価が高かったと言う事だ。くっ……
引っ越し業者も捕まらなかったから準備した荷物は全部宅配で送ったり、後ありがたい事に全国チェーンの業界最大手のスーパーがあるので足りない物はそこで買い足せばいい。あとは配達業者不足も四月を過ぎればネットで家具を買えばいいし、当面は寝る所と着替えといった身の回りの物さえ最低限揃えれば大丈夫だ。
おかしいな、どこでそんなにお金がいたかなと思うもこれからはサラリーマンなのでスーツが必用。先生曰く
「とりあえず三着あればいいからスーパーの衣料品コーナーで手に入る物で十分だ。消耗品だからペーペーの内はそれを着てればいい。
なんだ、あれだな。七五三みたいで微笑ましいな」
スーツの似合う男になると決心した瞬間だった。
と言ってもスポーツジムすらない山間の小さな街。ならば体を鍛えるのならブートキャンプしかない。
「宮っち薪割させてください!」
「宮っち?!俺も巻き込まれたよ圭ちゃん!!!」
「俺を巻き込むなよ」
「当然です圭斗さん」
「何このさ、酷過ぎるから薪割じゃなくって雪かきの刑逝って来い」
「イエッサー!!!」
授業が終わって卒業式まで実家に帰った時に冬場の家の管理を任せてくださいと願い出て水野と籠った綾っちの山の冬は何度か泊まった事があったけど二人きりはさすがに涙が出そうになって
「上島!帰って来れるなら綾っちの家まで来て!」
と泣きついて上島ブラザーズの召喚に成功。
使った分の巻を割っていろいろある綾っちの数々の小屋を含む家の雪かきをガッツリと任せてもらうのだった。
知らない合間に小さなお社まで出来てたのでご飯を作ったらおままごとセットみたいなお茶碗とおわんとお皿に乗せて一日三度お供えすると言うミッションが加えられた。深くはつっこまないもやれと言われた以上疑問を持たずにこなして見せるのが綾っちに鍛え上げられた六年の集大成だと思う。絶対ダメな奴だけど、長沢さんが作った器と長沢さんの奥さんが塗った塗るしの器がまた可愛く、金箔でアジサイの花が描かれているのがまた綾っちの本気を思わせる贅沢だとおもう。決して大きくもなく、犬小屋よりもずっと小さいサイズなのにアジサイの花が彫られた彫刻などはこの漆の器と同じデザインなのだ。今話してくれないと言う事はこの先も話してくれない事だけどきっと俺達が知らない方が良い出来事があったんだなと想像の一つに加えて置く。だって綾っち自体が複雑な事を抱え過ぎだから、聞けばなんだと思う事でも綾っちが話すべきことじゃないと思うのなら聞くべきでもないと思う様にしている。
ほら、最近になって聞こえるようになった綾っ地のお母さんの話し。皆さん俺も綾っちの内輪だからと油断して話しが聞こえる様に語ってくれるけど仲が悪かったというのは知っていたとは言え死後絶縁するような関係とは想像が着かなくって、俺はこの話を母さんや父さんに今も話せないでいた絶対話してはいけない話だと思う。
さて、綾っちがイギリスに行ってまだ一年もたってないし一度は戻って来てるとは言え帰りたいなんて言わない綾っちの巣がどんな事になってるかご飯だから呼びに行くからついて来たい人はどうぞと言う一団の中に俺もなんか不安を覚えて嫌がる水野を連れてフォロー体制を取ればすみませんと神・飯田を頭を下げさせてしまう。
綾っち何させてんだよーなんて一団の一番後ろからノックして声かけても返事がないから部屋に入って行く飯田さんと入って行こうとする一団に
「綾っちの部屋に入ってい言って言われてるわけじゃないだろ?
入口から見るぐらいにしておけ」
そんな注意を一言。
声をかけられた事で何でと足が止まる姿に
「この距離が今の綾っちとのパーソナルスペースだと思えばちょうど良い。
飯田さんだから寝てても部屋に入る事を許されてるけど俺達が今入ったら絶対今夜も庭仕事続行になるぞ」
ふと沸き起こった静寂に
「それは植田と水野でもか?」
困惑する叶野に
「そうだ」
分かっている綾っちとの距離。
何度だって突撃したけど未だにこの距離は縮まってない。
近づく機会は何度もあったがそれを無知で無力な俺達は総てお金に換算してしまったのだ。
高校時代には全く気付かなかった事だけど今綾っちがあの山からいなくなって痛感してしまう。
宮下さん達みたいな重要な駒にもなる事が出来ないただの捨て駒のような立場だった事を。
だけどここにきてフランスまで呼び寄せるくらいには有用な人材にはなれたと思う。
少しだけそう思い込む事で自分を慰めていれば
「綾人さん、なんて寝方してるんですか」
その声に全員が振り向く。
そして見なければよかったというような寝相。
床の上に置かれたクッションと本。それはまだわかる。
だけど綾っちの頭はクッションの上、そして足は椅子の上、背中は床の上。
綾っち、その寝相だと体が痛くなるよ……
ぱちぱちと暖炉の薪が爆ぜる音を聞きながらすー、すー……と寝息を落すその姿もだが、想像した通りの酷い部屋のコーディネイトを台無しにする現実に俺はそっと声を出す。
「綾っちなりダメな所を見られたくないと言う虚勢でなんだ。部屋と言う場所は一番自分をさらけ出せる安全な場所で誰にも踏み入られたくない場所なんだ。
頼むから起きる前に見ないふりをしてダイニングに戻ろう」
これが六年間綾っちと付き合って理解した事で、傷ついて誰も信用できなくなった心が顕れ出る場所が形を持った空間だ。だけど整いすぎているネット環境が好奇心と外に繋がりたい、何か声を出したいと言う象徴とすれば綾っちはまだまだもだえ苦しんで戦っていて、でもそこに飯田さんを初め先生、宮っち、圭斗さん、陸がするりと潜り込めるくらいには心許せる相手がいる、高校生の時には分かってそうで理解していなかった傷の深さを思い知る。
「見て満足したのなら戻るぞ」
促すのではなく命令すれば誰ともなくその足は従う様にダイニングへと向かう。
見てはいけない物を見てしまった、そんな後悔を誰もが抱える足取りは重い。だけどそれをかばっていたらいつまでも強く離れない。
暫くして飯田さんが綾っちを連れてきた。
寝癖とまだ眠たそうな顔は怪訝にも叶野達の何とも言えない暗い空気に
「何があった?」
何てあくびを零しながら緑茶を貰って啜る綾っちにどう言えばいいか判らないという空気の中仕方がないとそっと息を吸い込んで
「今城内探検して来た所でちょうど飯田さんが綾っちを起こす所に出会ってドア越しに見た綾っちの寝相の酷さにみんななんて言えばいいか判らなくって困ってるんだよ」
呆れたという様に言えば綾人の引き攣った顔。
「綾っち知ってる?
椅子は座る所であって足を乗せる所じゃないの。
床は寝る所じゃなくて歩く所。何で三歩歩けばベットがあるのに床に寝てるの?」
「あー、本が面白くってさ。だけど同じ姿勢だと体が痛くなるからごろごろしてたらあんな体勢になっただけだよ」
「もー、幾ら暖炉が点いてるからって畳の上じゃないんだから風邪ひくよ。カーペットだって敷いてないんだし、気を付けなきゃだめじゃん」
「うわ、植田に叱られた。今夜は雨か?」
「晴れですよ」
呆れながらも程よいタイミングで会話に混ざってくれる飯田さんに感謝をしつつ
「水野、植田の小言が増えだしたけど何かあった?」
「あー、向こうで俺が色々厄介になった数の分だけ小言のスキルが上がった程度にしか想像が付かないんだけど……」
「原因はお前かwww」
なんて謎の笑いを得た所で腑に落ちない水野とは別に満面の顔のオリオールが料理を並べてくれる。
「さあ、目が覚めたのなら食事にしよう。今日はサーモンパイを焼いてみた。マッシュルームもたっぷりと入れたからホワイトソースをたっぷりと絡めて召し上がれ」
「やった!オリオールのサーモンパイ大好き!」
陸斗の弾むような声に葉山も下田も自然と声が弾んでいく。そうなればアヤトの寝相の事も部屋をのぞかれた事も思考のかなたに追いやられ
「オリオールのパイはサックサクで美味しいでっす!!!」
ナイフとフォークを持って拳を突き上げる綾人の様子に植田は怒られずに済んだとほっと胸を降ろした所で
「あ、植田。悪いけどご飯食べたら俺の部屋に来い」
来いですって。命令形ですよ。
胸を降ろした先の着地地点が一瞬で行方不明になり「イエッサー」なんて反射的に返事をした所で俺今度は何綾っちの地雷ふんだんだろうと心の中で涙を流す植田祐樹21歳の春だった。
夢と言うのは裏切られてこそ焦がれる物だ。
いや、裏切られる必要はないがこれは一種の裏切りにも近い行為だろう。
おやつの時間が終わりケリーを陸斗にまた押し付けて植田は水野と一緒にリヴェットとオラスが指示する畑作りを頑張っていた。だけどここからは俺達も手伝うからと言ってオラス達おじいちゃん組はキッチンの方をお願いする事にした。
ほら、綾っちも恐れる狂犬の飯田さんが居るからね。
狂犬の飯田さんって何なんだよって思ってたけど、確かに狂犬だった。
特にジョエルとオージェの二人がやって来てから狂犬って言うより単に二人が嫌いなだけじゃないのと思うくらいの仕打ちだった。
ありがたいのは一緒に働いているオリオール達がまだまだやんちゃだなと微笑ましく眺めているのが救いだろう。全然救いになってないような気がするけど少なくともある種の緊張感が漂う軍隊式調理場と間では言わない。調理場は戦場と言う様に忙しないショックのぶつかる音やオリオールや飯田さんの指示する声が飛び交うようにその指示に従って足と手を動かすジョエルとオージェの覇気ある返事は扉越しでも気持ちが良い。狂犬が吠えなければだけど。
そんな午後を過ごしてやって来た夕食の時間。
俺達は風呂好きの綾っちのおかげでねこ足のバスタブを堪能する旅行にやっぱり檜風呂がいいなと滞在時間の残りの短さに望郷の念が止まらな。だけど綾っちの無茶何台じゃないギリギリを見極めた指示を終えた後の達成感もまた心地が良く、
癖になる。ゲームのステージを一つ一つクリアするよりも達成感があり、現実的にも報酬が付いて来るのでやめられない中毒になっている。
とは言え今まで貰ったバイト代で十分一人暮らしの資金になったのだ。就職も進学もあの山間の谷間の小さな街ではそこで頭打ちなので受け継ぐ畑や山がない以上出て行くのは仕方がなく、その為のバイトだと思えば十分すぎるくらいの現実的なバイト代だった。さすが東京生まれの東京育ち。幾ら会社が寮を用意してくれると言っても一からすべて用意しなくてはいけなく、かなりの金額だったと思ったのにあっという間に消滅してしまったのは決して専門学校時代に遊びまくったからではないと思いたい。先輩達から既に一人暮らしにどれだけ必要かはリサーチ済み。つまりそれだけ物価が高かったと言う事だ。くっ……
引っ越し業者も捕まらなかったから準備した荷物は全部宅配で送ったり、後ありがたい事に全国チェーンの業界最大手のスーパーがあるので足りない物はそこで買い足せばいい。あとは配達業者不足も四月を過ぎればネットで家具を買えばいいし、当面は寝る所と着替えといった身の回りの物さえ最低限揃えれば大丈夫だ。
おかしいな、どこでそんなにお金がいたかなと思うもこれからはサラリーマンなのでスーツが必用。先生曰く
「とりあえず三着あればいいからスーパーの衣料品コーナーで手に入る物で十分だ。消耗品だからペーペーの内はそれを着てればいい。
なんだ、あれだな。七五三みたいで微笑ましいな」
スーツの似合う男になると決心した瞬間だった。
と言ってもスポーツジムすらない山間の小さな街。ならば体を鍛えるのならブートキャンプしかない。
「宮っち薪割させてください!」
「宮っち?!俺も巻き込まれたよ圭ちゃん!!!」
「俺を巻き込むなよ」
「当然です圭斗さん」
「何このさ、酷過ぎるから薪割じゃなくって雪かきの刑逝って来い」
「イエッサー!!!」
授業が終わって卒業式まで実家に帰った時に冬場の家の管理を任せてくださいと願い出て水野と籠った綾っちの山の冬は何度か泊まった事があったけど二人きりはさすがに涙が出そうになって
「上島!帰って来れるなら綾っちの家まで来て!」
と泣きついて上島ブラザーズの召喚に成功。
使った分の巻を割っていろいろある綾っちの数々の小屋を含む家の雪かきをガッツリと任せてもらうのだった。
知らない合間に小さなお社まで出来てたのでご飯を作ったらおままごとセットみたいなお茶碗とおわんとお皿に乗せて一日三度お供えすると言うミッションが加えられた。深くはつっこまないもやれと言われた以上疑問を持たずにこなして見せるのが綾っちに鍛え上げられた六年の集大成だと思う。絶対ダメな奴だけど、長沢さんが作った器と長沢さんの奥さんが塗った塗るしの器がまた可愛く、金箔でアジサイの花が描かれているのがまた綾っちの本気を思わせる贅沢だとおもう。決して大きくもなく、犬小屋よりもずっと小さいサイズなのにアジサイの花が彫られた彫刻などはこの漆の器と同じデザインなのだ。今話してくれないと言う事はこの先も話してくれない事だけどきっと俺達が知らない方が良い出来事があったんだなと想像の一つに加えて置く。だって綾っち自体が複雑な事を抱え過ぎだから、聞けばなんだと思う事でも綾っちが話すべきことじゃないと思うのなら聞くべきでもないと思う様にしている。
ほら、最近になって聞こえるようになった綾っ地のお母さんの話し。皆さん俺も綾っちの内輪だからと油断して話しが聞こえる様に語ってくれるけど仲が悪かったというのは知っていたとは言え死後絶縁するような関係とは想像が着かなくって、俺はこの話を母さんや父さんに今も話せないでいた絶対話してはいけない話だと思う。
さて、綾っちがイギリスに行ってまだ一年もたってないし一度は戻って来てるとは言え帰りたいなんて言わない綾っちの巣がどんな事になってるかご飯だから呼びに行くからついて来たい人はどうぞと言う一団の中に俺もなんか不安を覚えて嫌がる水野を連れてフォロー体制を取ればすみませんと神・飯田を頭を下げさせてしまう。
綾っち何させてんだよーなんて一団の一番後ろからノックして声かけても返事がないから部屋に入って行く飯田さんと入って行こうとする一団に
「綾っちの部屋に入ってい言って言われてるわけじゃないだろ?
入口から見るぐらいにしておけ」
そんな注意を一言。
声をかけられた事で何でと足が止まる姿に
「この距離が今の綾っちとのパーソナルスペースだと思えばちょうど良い。
飯田さんだから寝てても部屋に入る事を許されてるけど俺達が今入ったら絶対今夜も庭仕事続行になるぞ」
ふと沸き起こった静寂に
「それは植田と水野でもか?」
困惑する叶野に
「そうだ」
分かっている綾っちとの距離。
何度だって突撃したけど未だにこの距離は縮まってない。
近づく機会は何度もあったがそれを無知で無力な俺達は総てお金に換算してしまったのだ。
高校時代には全く気付かなかった事だけど今綾っちがあの山からいなくなって痛感してしまう。
宮下さん達みたいな重要な駒にもなる事が出来ないただの捨て駒のような立場だった事を。
だけどここにきてフランスまで呼び寄せるくらいには有用な人材にはなれたと思う。
少しだけそう思い込む事で自分を慰めていれば
「綾人さん、なんて寝方してるんですか」
その声に全員が振り向く。
そして見なければよかったというような寝相。
床の上に置かれたクッションと本。それはまだわかる。
だけど綾っちの頭はクッションの上、そして足は椅子の上、背中は床の上。
綾っち、その寝相だと体が痛くなるよ……
ぱちぱちと暖炉の薪が爆ぜる音を聞きながらすー、すー……と寝息を落すその姿もだが、想像した通りの酷い部屋のコーディネイトを台無しにする現実に俺はそっと声を出す。
「綾っちなりダメな所を見られたくないと言う虚勢でなんだ。部屋と言う場所は一番自分をさらけ出せる安全な場所で誰にも踏み入られたくない場所なんだ。
頼むから起きる前に見ないふりをしてダイニングに戻ろう」
これが六年間綾っちと付き合って理解した事で、傷ついて誰も信用できなくなった心が顕れ出る場所が形を持った空間だ。だけど整いすぎているネット環境が好奇心と外に繋がりたい、何か声を出したいと言う象徴とすれば綾っちはまだまだもだえ苦しんで戦っていて、でもそこに飯田さんを初め先生、宮っち、圭斗さん、陸がするりと潜り込めるくらいには心許せる相手がいる、高校生の時には分かってそうで理解していなかった傷の深さを思い知る。
「見て満足したのなら戻るぞ」
促すのではなく命令すれば誰ともなくその足は従う様にダイニングへと向かう。
見てはいけない物を見てしまった、そんな後悔を誰もが抱える足取りは重い。だけどそれをかばっていたらいつまでも強く離れない。
暫くして飯田さんが綾っちを連れてきた。
寝癖とまだ眠たそうな顔は怪訝にも叶野達の何とも言えない暗い空気に
「何があった?」
何てあくびを零しながら緑茶を貰って啜る綾っちにどう言えばいいか判らないという空気の中仕方がないとそっと息を吸い込んで
「今城内探検して来た所でちょうど飯田さんが綾っちを起こす所に出会ってドア越しに見た綾っちの寝相の酷さにみんななんて言えばいいか判らなくって困ってるんだよ」
呆れたという様に言えば綾人の引き攣った顔。
「綾っち知ってる?
椅子は座る所であって足を乗せる所じゃないの。
床は寝る所じゃなくて歩く所。何で三歩歩けばベットがあるのに床に寝てるの?」
「あー、本が面白くってさ。だけど同じ姿勢だと体が痛くなるからごろごろしてたらあんな体勢になっただけだよ」
「もー、幾ら暖炉が点いてるからって畳の上じゃないんだから風邪ひくよ。カーペットだって敷いてないんだし、気を付けなきゃだめじゃん」
「うわ、植田に叱られた。今夜は雨か?」
「晴れですよ」
呆れながらも程よいタイミングで会話に混ざってくれる飯田さんに感謝をしつつ
「水野、植田の小言が増えだしたけど何かあった?」
「あー、向こうで俺が色々厄介になった数の分だけ小言のスキルが上がった程度にしか想像が付かないんだけど……」
「原因はお前かwww」
なんて謎の笑いを得た所で腑に落ちない水野とは別に満面の顔のオリオールが料理を並べてくれる。
「さあ、目が覚めたのなら食事にしよう。今日はサーモンパイを焼いてみた。マッシュルームもたっぷりと入れたからホワイトソースをたっぷりと絡めて召し上がれ」
「やった!オリオールのサーモンパイ大好き!」
陸斗の弾むような声に葉山も下田も自然と声が弾んでいく。そうなればアヤトの寝相の事も部屋をのぞかれた事も思考のかなたに追いやられ
「オリオールのパイはサックサクで美味しいでっす!!!」
ナイフとフォークを持って拳を突き上げる綾人の様子に植田は怒られずに済んだとほっと胸を降ろした所で
「あ、植田。悪いけどご飯食べたら俺の部屋に来い」
来いですって。命令形ですよ。
胸を降ろした先の着地地点が一瞬で行方不明になり「イエッサー」なんて反射的に返事をした所で俺今度は何綾っちの地雷ふんだんだろうと心の中で涙を流す植田祐樹21歳の春だった。
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