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戦う為に 7

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 結局病院に戻って治療をしてもらう合間に彰夫叔父さんの奥さんと少し遅れて宮下と圭斗が長谷川の親分も連れてやって来た。
 寺田さんの仕業だなと思う合間に長谷川さんによってまた治療されたばかりの顔を殴られていた。
「長谷川さん、マジやめてください。本当に出禁はまだしも追い出されるのは勘弁してほしいので」
「吉野の、話は宮下から聞いたが一郎を散々悲しませた倅なんぞ放っておけばいいだろう!」
 確かにそうかもしれないが
「六年ぶりにやって会ったんだから最低限の責任は取ってもらいたいので」
 見向きもしなかった現実を見せた結果、想像以上の現実に思考が追いつかないと言う様に唖然としたまま虚ろとして、老けたなと言う顔はこの一時間ほどでさらに老けた気がした。
 俺の現実としては保険証が手元にない男の怪我の治療費は満額のお支払の建て替え。地味にビビった金額にいかに保険証の偉大さがよくわかる。とりあえずロビーでしっかり受付の人と警備員に見張られながら売店で温かい紙コップのコーヒーを皆ですするのだった。
「莉奈おばさんも本当にいつもご迷惑おかけしてます」
「気にしないの。隆達を立派に育ててくれた感謝はこうやって助け合いする事なんだから。一人で頑張ろうとしないで」
 きっと他人の目があるからの本音とは言えない言葉だろうが、それでも痛ましい物を見る目はそれだけ俺が酷い顔をしているからだろうか。
「ええと、お友達かしら?これからも綾人をお願いします」
「いえ、世話になってるのは俺達の方なので……」
 そんな挨拶を交わしながらも一人だけ紛れ込んだ年寄りを誰だと言う視線に
「こちらは長谷川さんって言って、元吉野の職人さんです。一郎ジイちゃんと最後まで付き合いがあって、バアちゃんにも良くしてくれた方で、俺も色々と世話になってます。この二人は、宮下はうちの家の坂下りた所の店の奴で、もう一人の篠田も高校の同級生で今も一緒につるんだりしてる奴です」
「そう。何だか来てよかったわ。綾人の話しが久しぶりに聞けて」
 ほっとしたかのような顔にそれほど俺の生活は謎に満ちてたのかと思いながらも
「幸一よお前は一体何をしておる。
 一郎が誰よりも幸せになってもらいたいからと付けた名前を何だと思ってる!」
「……」
 言い返せなく空になった紙カップを何時までも握りしめていた。俯いて涙を流して泣く姿を誰もが居心地悪そうにしている。
「こんな、こんな事になってるなんて。知らなかったんだ」
「知らなくてごめんなさい?何小学生みたいなこと言ってる。俺何度も一度でいいから母さんに会ってくれって言ったぞ。忙しいからって理由でバアちゃんが倒れても見舞いどころか間際にも来ようともしなかったくせに。仮にもまだあんたと婚姻状態の相手に見向きしないのはあんたのせいじゃないか」
「……」
「まあ、あまりに衝撃すぎてショックを受けた気持ちはわかるけどな。
 オフクロの面倒は俺が見るから。もう何もかも遅いんだ。あんたの謝罪も俺の言葉もオフクロの心にはもう何を言っても届かないんだ。病院側の判断で目を開けてる状態では誰とも面会できないから、後は心穏やかに過ごさせてやってくれ」
 心の穏やかさは本当は誰が求めてるかなんて考えないけど俺を含めて言っておく。
「さてと」
 気合を入れて立ち上がれば誰ともなく俺を見上げる中
「そろそろ電車の時間だから。今日中に東京に戻らないといけないらしいから」
 そうなのかと誰か聞きたそうでも何も言わないのを察して
「日帰りが条件で来たらしいから。俺、駅まで送ってきますのでここで失礼します」
 言えば
「大変ご迷惑おかけしました」
 ぺこりと頭を下げた男はふらふらしながらも俺について来て、素直に車に乗り込んでくれた。
 きっとまだまだ文句を言いたかっただろうけど、この死人のようになった顔にこれ以上かける言葉が見つからないと不完全燃焼ながらも黙って見送ってくれた。
 駅に着くまでの時間、何度か俺に話しかけようとするも直ぐに口を閉ざし、話したいと言うように顔を向けるもかける言葉が見つからないと言う様にして俯いてしまう様子を運転中という理由で一切無視をしながらやっと駅に着いた。
 エンジンを止めた所でやっと踏ん切りが着いたのか
「今日はありがとう。綾人のおかげで凄く助かった。
 そして今まで済まなかった。お前に見向きもせず言葉にも耳を傾けず。
 今更謝っても許して貰えるわけがない事ぐらい理解してるつもりだ」
「ほんと今更だな」
 今頃何を言ってると思うも
「また墓参りに来ることは許して欲しい」
「家には来るな。吉野の敷地に入れるとは思うな。お前が捨てたんだ。今更謝ったからと言って生家に帰って来れるとは思うな」
「判った」
 息を飲んでの覚悟の言葉だったのだろう。だが忘れてもらっては困る。
「俺も生まれ育ったあのマンション、別の人が入ってもう二度と入る事が叶わないんだ。東京に居た時の思い出も欠片も捨てられた俺の気持ち少しでも思い知れ」
「本当に悪かった……」
「あとあの親子。大学受験するそうだ。まだあと一年あるけどあの親子の邪魔を二度とするな」
「ああ、判ってる」
 と言って
「悠司には本当に悪い事をした」
「その言い方だと俺には悪い事したとは思ってないように聞こえて腹が立つな」
「いや、そんなつもりはなくってだな……」 
 記憶の限りぶっきらぼうで腹の立つしゃべり方。愛情ある言葉をかけてもらった覚えはないとは言えないが、それでもここ何年かは罵り合うような関係。
 慌てて取り繕う様に焦る声なんてどうでもいいと言う様に鞄から一通の封筒。
 押し付ける様にして無理やり受け取らせる。
 しっかりとした封の封筒に何だと眉間を寄せるも直ぐに手に馴染んだサイズの紙の束を察して俺を見ながら困惑気な顔を見せた。
「バアちゃんからの手紙。あんたが六十になったらお祝いに何か送ってやれって預かってた奴。まだ早いけど、あんたには今必要だろうから先に渡しておく」
 言いながらも背中を押して無理やり改札口へと向かわせて
「吉野の墓に入れると思うな。せいぜい一人寂しく生きてくれ、それが俺の願いだ」
 改札口に切符を通しての別れの言葉。側にいた駅員がぎょっとした顔で俺達をちらちらと見るけどお構いなしに言う。
「今更あんたを親だとは思えないし、二度と会おうとも思わない。
 何度墓参りに来ようがもう迎えには行かない。
 オフクロがあんな状態だから戸籍上はずっと親子かもしれないけどだ。
 俺の家族はあの山で俺を支えてくれる人達だから。今も昔もこれからも俺を家族だなんて、息子だなんて思わないでくれ!」
 そんな決別。
 それだけを言いきって背中を向けて車へと向おうとすれば
「綾人」
 心細そうな小さな声。
 だけど俺はもう足を止めないと言う様に歩く。
「本当にすまない。許されないのは判ってる。
 だがお前を息子だと、自慢の息子だと心の支えにさせてくれ……」
 どこまでも身勝手な言葉に俺は足を止める事無く車に乗り込んで電車が来る前にさっさと逃げるように走らせて、暫く走らせた山間の滅多に車の通らない場所で車を止めて。 
 溢れるのは怒りか憎しみか寂しさか。
 ごちゃごちゃとなった感情に叫んで泣いて泣いて泣いて。
 決別は自分から切り出したのに怒りよりも溢れる寂しさはどうしようもないのにそれでも許せなくて言葉にならない叫びにいつしか声も出なくなって、だけどそれでも涙は止まらなくって。
 動けなくなって車の中で蹲る様にして泣いていたらコンコンと小さなノックオンと覗き込む二人の影。
「綾人、そろそろ家に帰るぞ」
「みんな心配してるから。もう頑張らなくていいから」
 何でこんな辺鄙な所まで迎えに来るんだよと言いたくても言葉にならず、ドアを開けて圭斗が強引に俺を助手席に追いやって乗り込んで来れば車を降りなかった長谷川さんが乗る車を宮下が先導する様に先に走り出す。
「すごく頑張ってたのをちゃんと見たから。
 邪魔されたくないのは判ったけど、それでも放っておけなかったから……
 悪いな」
 最後の最後にこんな所まで追いかけて来てと言うようなぶっきらぼうな圭斗の言葉だが、それでも言葉の中には不器用なまでの優しさがあって、親を見捨てるような俺にでも優しい言葉をくれて、理解してくれて。
「蒼さん達も心配してるから、今日はうちに来るか?」
 なんて誘われるも首を横に振って
「バアちゃん達に報告があるから」
 今日は家に帰りたいと訴えながら今は何を言葉にしようとしても泣き声にしかならないからという様に口を閉ざすのだった。


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