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短期滞在の過ごしかた 6

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 今ヨーロッパで再び話題に上がるようになったオリヴィエ・ルベルの立つステージはプラチナチケット化して既に入手困難になっていた。
 それを俺が持ってる理由は、まあ、努力の結果だと言う事にしておこう。
 一階のボックス席の価値なんて綾人には全くわからなかったが、それでもオーケストラの音楽の良し悪しはさっぱりわからなくても綾人の耳にはノイズとして届かない事が何よりも気持ちよい空間だった。
 それは二段前後の席の後ろで目を瞑って聞き入ってる飯田を見れば理解できる。いつの間にか眠りこけてしまうくらい安らぎに満ちた空間だったのだから。この曲で寝れるのはどうか疑問だったが、それでも綾人以上に心労が重なっている飯田には休まる時間になればと思う。
 決して普段聞き慣れないクラッシックと言う音楽の世界が理解できなくて退屈したからと言う返答はすっとぼけても選択はしなかった。
 前席でゆったりとした姿勢で耳を傾けるジョルジュと手すりにもたれてうっとりと耳を傾けるカーラにはいろいろなお詫びも兼ねても楽しい旅になればいいと綾人は努力したので、せめてこの時間だけは素直に受け取って欲しいと同様に音楽に耳を傾ける。
 何曲か続き迎えた休憩時間。
 ソフトドリンクとナッツやサンドイッチをボックス席に運び込んで食べれる贅沢な空間でカーラの感想を聞いている間に始まった後半。
 先ほどまでなかったピアノと何かのコンクールで優勝した有名なピアニストに拍手が沸き起こる。ふわりと花の咲くようなドレスを纏い超絶技巧なテクニックで圧倒する曲名は知らない物。
 まだまだ知らない曲があるんだなとソフトドリンクを口に運びながらエヴラール夫妻はまあまあねと評価を与えていた姿は少し薄ら寒い。
 因みに休憩時間を挟んだ事で目を覚ました飯田さんは今はしっかりと起きて営業用の笑顔を浮かべて音楽に耳を傾けていた。
 多分オリヴィエが出てこない事にはクラッシックに興味を持てないのだろうと理解しながらやがてピアニストとピアノが退出した。
 って言うかピアノももう下げるんだと言うのが驚きだったが代わりに出てきたのがオリヴィエだった。
 キャー!!!
 ここは何のコンサートホールだろうか。
 不快に顔を歪めるお客様も居れば興奮にまだステージの上に立っただけで立ち上がって拍手で迎え入れる人もいて楽団の人はその様子を楽しそうに拍手で迎え入れてくれてくれる顔ぶれをよく見ればオーケストラの中に何人か知ってる顔が居た。
 夏にマイヤーの別荘で出会った人達がいた事に今更ながらに気がついて、俺も今頃気付くなんてとあまり見ていなかった事を反省するのだった。
 指揮者とコンサートマスターと握手をして軽く挨拶と二、三何かの言葉を交わし、オリヴィエはバイオリンを構える。
 最初はオーケストラの優しい音楽が流れてそこから急に音が止まったと思えばオリヴィエのバイオリンのソロ演奏が始まる。そーっと始まったかと思えばあっという間にこんなにもと言うくらい激情があるのかと言うくらいの速い部分があれば哀愁漂うような部分もあり、確かオリヴィエが今演奏している曲の国ではその国の名前を頂く舞曲とかもいくつかある様に踊りたくなるような、今から踊り出すのではないのかと言うくらいな楽しげな音が溢れだして、何よりも音が飛ばない、滑らないような完璧なテクニックと大多数の中に納まれない圧倒的存在感、山で過ごしてから身に付いたとマイヤー談の表現力は確かに世の女性でなくても心を鷲掴みするほどの美しさを魅せ付けて、バイオリンを構える左側の髪をかき上げて顔をよく見せるような髪型からの流し目は十六歳にしてなんという色気だろうかとお兄さんはオリヴィエの将来が心配でしかないよと思うも冷静に考えればお友達はおじさんやお祖父ちゃんだらけのティーンズ。なんか悲しい位に心当たりがありすぎてそっとあふれる涙を拭ってしまう。
 それを感動したと勘違いしたのか飯田さんは
「オリヴィエはちゃんと立派に立ち直りましたね」
 コソリと声をかけてくれた物の前の列のお二人はしっかりと聞こえたらしく、チラリと俺達に視線を向けて何やら自慢げに笑っていた。
 もー、こう言うと気位日本語で話せばばれないのにーなんて思いながらも
「この姿を見たくて来たんだ。きっと夏まで会いに来れないだろうけどこれなら安心だね」
 何て返せば前に座るジョルジュの頭がそうだと言う様に頷く当たり、本当は俺達以上にオリヴィエの事を心配していた事を理解する。ぶつぶつと文句垂れ流しの電車のストレス旅は何だったんだろうと言うくらいのカーラのオリヴィエに対する悪口に正直電車酔いしかけたけどだ。今は前のめりで手摺にしがみついてオリヴィエの演奏の様子を発表会を見守るお母さんのように手に汗握る感じはどんなアクション映画を見ているんだと言う物。実際それだけはらはらとしながら見守ってると言うのは理解できるが冷静になればこの曲ってこんなに力がこもる曲だったかなとオリヴィエには悪いがなかなかカーラの様子に集中できなくってごめんと心の中で何度も謝り倒すのだった。
 そして最後にスカッとするような気持のよいフィニッシュ。
 カーラのおかげで短距離走を全速力で走って一番に辿り着いた、なんとなく間違った感想が俺の中で出来上がってしまった。運動会おなじみナンバーでもないのにこれいかにと小首を傾げたくなるもののそれと同時にブラボーの嵐とスタンディングオベーション。若い女の子達が一礼するオリヴィエに駆け寄って花束を渡して握手。ファンサービス大変だと置見ながらも俺は飯田さんに視線を投げて合図をしてボックス席から一般の客席に下りる為の扉を開いて俺は先に階段を下りる。
 驚いたようにジョルジュが俺を見下ろす中
「折角だから花束渡しに行ってきます」
 横からオリヴィエのマネージャーがびっくりするほどの大きな花束を持って来てくれた。
「一人で持つのには重いのでご一緒しませんか?」
 そんな問いかけ。 
 ジョルジュはここで出て行っていい物かと思うも
「主役は後からやってくる、きっとオリヴィエが学ばなくてはならない教えだと思います」
 何だそれはと言うようなオリヴィエのマネージャーだがジョルジュには何か心当たりがあるようで一つ頷いて腰を上げるもそこは暗いホールの中。階段を踏み外さないか不安だったがそこは我らが忠犬飯田さんが
「失礼します」
 そう言ってスマートにジョルジュを抱え上げて何の心配もなく急な階段を安全に降ろしてくれた。
 カーラは行ってらっしゃいとひらひらと手を振って送り出してくれる中、俺は暗い足元に転ばないようにと車椅子を差し出してジョルジュに座らせて花束を持たせた。
「重いな」
 咲き誇る花束を抱えての感想に
「それだけのものを渡しに行くんでしょ?」
 文句言うなと言えば笑うジョルジュが座る車椅子を押し進める。
 そこは良識ある知識人が集う場所。
 車いすでの登場にすぐさま皆様通路を開けてオリヴィエからすぐに離れてくれた。
 オリヴィエも新たなファンの登場に笑みを崩さずに振り向けば思わずと言う様に
「ジョルジュ!」
 驚きの悲鳴は声が裏返っていて、いつまでこの花束贈呈が続くのかと思っていた皆様の注目を集めるのだった。

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