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木漏れ日が差し込む白い部屋で 2

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 そんな感じでようやくジジイから取り返した家の中が落ち着いて静かになり
「それでエドガーさん。
 今回のバイオリンのお値段の相場、いかが程か聞いても宜しいでしょうか?」
 新たな嵐がやって来ていた事を隣に座る飯田さんからひしひしと感じるのだった。
 だけどそれにはまだ気づかないエドガーは
「そうですね百六十万ユーロ前後、前にはいかないと思いますがその辺りが妥当な金額かと思います。ジョルジュ氏が手に入れた金額から少し乗せてますが、最近の相場ではそれぐらいから約二倍が相場かと思います」
「意外と高いのですね。俺が思うには百万ユーロを切るぐらいかと思ってました」
 飯田さんが腕を組みながら唸るので
「ジョルジュもその前の持ち主も時代に名を残す弾き手と言うのもありますし、バイオリンも銘入りのものだそうです。
 同じストラドでも銘入りかどうかでも値段は代わるし、状態も大切に使われてきただけあってとても良いのです。そしてそう言った物は表立った所では取引されません。
 ストラドはバイオリンが有名ですが他にもビオラやチェロなどもあり、そちらの方が数が少ないのでさらに倍のお値段になります。
 因みに最高額のバイオリンは千六百万ユーロぐらいかと?」
 ヒューと口笛を吹く飯田さんだが
「つまり、それ以上になる事はないと言う事。エドガー、やるぞ」
「綾人さん、ちゃんと評価額通りのお買い物しましょう!」
 気合を入れた途端飯田さんがテーブルを叩いてくれた事でエドガーさんは一瞬意味を理解できず、そして飯田さんの真剣に俺を見る目を見てやっと理解したらしい。
「アヤト!あのバイオリンには高くてもその半値以下だ!
 なんて金額を持ち出すんだ!」
「最低限それだけあれば問答無用で買えるでしょう!」
「綾人さんそれを受け継ぐオリヴィエの事も考えてください!」
「オリヴィエにあげるわけじゃないよ」
 何れ買い取って自分の物にでもするつもりだと思っていた飯田さんに俺もエドガーもふふんと笑う。
「ヴァイオリンの持ち物は俺のままに、オリヴィエには貸してあげると言う事にする」
 は?
 大体笑顔でやり過ごす飯田さんの珍しい間の抜けた顔に満足して
「買い取ったら保険にも入らないといけないし税金もかかる。それすらも支払えない今のオリヴィエが買い取るなんて何十年先になるかなんて判った物じゃない」
 買い取って終わりじゃない事をちゃんと自分にも理解する様に言葉に出す。
「保管場所も必要だし、嫌な話だがオリヴィエの母親がいつ戻って来るかもわからない。最悪はふらっと戻って来た時にバイオリンを持ってトンズラの挙句に売り飛ばすって事。息子の財産は自分の物なんて思ってる節があるから一番可能性が高い問題がこれだ」
 確かにあり得るとこの十年近いオリヴィエの活動を搾取した母親は何一つオリヴィエに残す事をしなくて、正月にもらったお年玉に手を出されなかった綾人でさえ実はうちの親はまともだったのではと錯覚するほど。全然まともじゃないのにねと意識を修正しながら
「実は飯田さんに朗報を一つ。
 オリヴィエ!何と!所属事務所が決まりました!!!」
 わーいと拍手をすればエドガーも乗って拍手をしてくれた。
「すごいじゃないですか!何かそう言った契約って随分ひきずりそうな気がしたのに!」
 飯田さんも嬉しいのか一緒になって拍手をしてくれる。
「そこはチョリが良い仕事をしてくれたんだ。
 あのチャリティーコンサートに事務所の社長さん達何名かを招待してね、オリヴィエを売り込んでくれたらしいんだ」 
 実際は売り込むまでもなかった。
 生活習慣と食生活を見直したオリヴィエの肉体的なコンディションは年相応のみずみずしいまでの躍動にみちた健康的な体つきとなり、波瑠さんがヘアスタイルなどをプロデュースしてそこら辺のアイドル顔負けの美少年に仕立て上げてくれたのだ。
 決して週末に園田と陸斗がオリヴィエを連れまわして烏骨鶏の世話や草刈りと言った山の手入れを手伝わせたからじゃないと思いたい。
「チョリさんの希望通り同じ事務所でフランスのクラッシック部門に所属するみたいだよ。有名な演奏家もたくさん所属していて、マネージャーもちゃんと着くし、母親の搾取は業界では有名だったからそれの対策もきちんと取ってくれてるみたい。今は契約の中身を吟味している所らしいけど、ほぼサインするだけだって言ってる。ほら、一応俺がそう言う時の為にって沢村さんにその分野で得意で誠実な弁護士を紹介してもらっておいたから。
 無事独り立ちできるようにいろいろ話し合ってくれてるらしい」
 細かい所まではまだ決まってないが、チョリさんの契約の内容を模範に作成されているらしくて不安はないそうだ。
 だけどオリヴィエが一つだけ注文を付けたとか。
「オリヴィエったらうちで上げた動画については取り上げないでくれって明文化して保護してくれって言ってくれたんだ」
 すごく良い子!なんて優しい子!
 思わずその話をチョリさんから聞いて感涙としてしまう。
『この動画はもうバイオリンを止めてしまおうと思った時に出会った人への感謝の印だから。俺がもう一度バイオリンの楽しさを美しさを、そして厳しさを教えてくれた印だから。
 もし俺が今迄から成長をしていると思ってくれたのなら、それはこの時があったから変わる事が出来た証だから。
 ただ言いなりにバイオリンを弾くだけのマシンなんて言わせない為にここに残しておいてほしいんだ』
 オリヴィエの言い分はそれは誰もが納得できて、ただ凄い勢いで再生回数を回し続ける動画を少しだけあちらさんは惜しく思ったそうだと苦笑紛れにおしえてくれた。
 うん。
 うちの動画でも異様な再生回数だし、登録者数も随分可笑しな数字で増えているのだ。それに合わせて宮下もちょっと壊れ気味で面白くて逆に俺は冷静になれた。
 ただチョリさんが、この日のチャリティーコンサートは契約前だからいずれ彼らの動画で上がる事があっても文句は言わないこと、削除依頼を出さない事まで明文化して置いたと言ってくれたのはありがたいと言うか、多紀さんのドキュメント映画がお蔵入りしなくてよかったと思うべきだろう。
 ほら、多紀さんってばヨーロッパ方面でもかなりのファンをお持ちの監督だからね。
 ステキなコラボじゃないかと思う事にして置いた。
 そんな事を話しながら飯田さんにも今から買い取るバイオリンの価格事情を理解してもらう頃
「では、そろそろ向かいましょうか」
 エドガーが立ち上がるのを合図に俺も飯田さんも立ち上がってジョルジュが療養する自宅へと向かうのだった。
 

 
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