人生負け組のスローライフ

眠れぬ夜に戦う為に 6

　お安いコーヒーのお味に皆さん不満げな顔を隠さずにも飲み切って
「で、ここはどんな感じの城なのですか？」
　どこかいらいらとした飯田さんに聞かれるも
「さあ？前のオーナーが身勝手なリフォームを繰り返して文化的価値なしと言われた城とは聞いてます。とりあえず昨日はこの部屋を掃除した所でリタイアの爆睡からの遅刻までぐっすりでしたので。あ、弁護士事務所の皆様にも手伝ってもらえたのでベットの確保は出来ました」
　この広い部屋の真ん中にポツンと置かれた安いベットの違和感が半端なくて冷静になった今ではあまりにも浮いた存在に見向き出来ないがこの一週間俺の巣となるベットなのだ。そんなにも可哀想な目で見るのはやめてくれと言いたい。
　なのに残されていた机は窓際の隅っこに追いやられて、草ぼうぼうの庭を眺めながら「そんな事だろうなって判ってたけどさ」なんて頭を抱える飯田さんを他所に皆さん失笑してらっしゃった。
「それにしても大きい城だなぁ」
　オラスが買っておいたジャムが乗っけられたクッキーを食べながら室内を見回せば
「俺もまだここと水場のある台所とトイレと風呂場しか行ってないのでどうなってるか知らないのですよ」
　同じくオレンジのジャムが乗ったクッキーを食べれば
「それならみんなでルームツアーに行こうじゃないか
　リヴェットがノリノリで見に行こうと言えば、飯田さんの険悪さから逃れる様にオリオールも立ち上がって見に行こうと言う。
　とりあえずこれ以上険悪にならないようにと考えれば見に行く場所はあそこしかない。
「そうだ、この城の台所、竈があるんですよ。フランス式のレンガ造りの竈。掃除したら一回使ってみたいですね？ありがたい事に残された調理器具が使えるようだし」
「で、そちらはどこに？」
　俺は神飯田のご機嫌を取る為に軽い気持ちで選択した場所はある意味禁断の聖地だった。
　だって冷静に考えてみろ。
　ここには飯田さんをアンティーク好きにさせた張本人のオリオールさんがいる挙句に何十年と飲食店に勤務したプロフェッショナルの方達しかいない。
　四人分の視線が怪しく光りながら俺を見た時の気持ちを察してくれ。
　肉食獣に囲まれた餌の気分はこう言う物かと俺にトラウマと言う物を新たに刻むのだった。
　とりあえず連行される罪人のように皆さんを連れてまだ二度ほどしか足を運んでない台所へと向かう。
　昨日は掃除の為の水汲みにしか来なかったので大した印象はなかったが……
「な、何てことだ！
　カオル！今すぐ掃除をしろ！ジョージもデュボワもだ！
　アヤト！薪は何所だ？！」
「薪？！そんなの昨日来たばっかりでないに決まって……」
「カオル！薪を買って来い！」
「他に必要な物は？！」
　言って昨日稼働したばかりの冷蔵庫を見るあたりやっぱり料理人なのだろう。
「くっ、こんな材料じゃ何も作れん！」
「いや、一週間しかいないんだから……」
　それなりに大きな冷蔵庫の中身を見て四人は愕然とする。中身は水とビールしかないのがそんなにも問題かよと、先生の家の冷蔵庫を思い出して同レベルだよと落ち込む俺を無視をして
「カオル！俺もスーパーに行くぞ！」
　何か言いたげに手を伸ばした飯田さんはそのままオリオールさんに連れて行かれて行くのを助けもせずに見送って
「あの二人、俺が後六日しか居ないの判ってるのか？」
　なんて言うも冷蔵庫の中からビールと水を取り出したリヴェットはまだ何処か薄汚れた冷蔵庫をこれでもかというように内側を磨き上げ、取り外せる物は取り外して洗剤で泡立てたスポンジで磨き上げる。
「まぁ、昨日アヤトはあの二人の……　いや、店の撤去を見てないからそう思うだけなんだ。再びまたこんな素敵なキッチンを見せられて喜ばない料理人何てナイフを握らない方がましだ」
「そんなもんかねぇ……」
　なんて思いだすのは飯田さんが初めてやって来た日。
　目を輝かせて使わなくなってだいぶたった竈をこれ以上の宝はないと言う様に愛しんでくれたあの瞬間。
　ああ、同じ目をしていたな……
　オリオールさんはここが次の戦場だと言うよに輝く瞳に俺は何の感情を乗せる事が出来なかった。
　当然だ。
　俺の住むあの山奥からここまでどれだけの距離がある？交通費ヤバすぎでしょ。
　拠点から離れた家を誰が管理する？ネズミーとの戦い何て冗談じゃない。
　そもそもここに暮らすメリットは何だ？クソ家族と一切の接触がなくなるけどそれ以上に宮下と圭斗と離れるデメリットの方がでかいと却下。
　とは言え一度ぐらいはいいかと思うのは飯田さんに生えたしっぽがぶんぶんと振り回せれ耳が次の指示をと聞き逃さないようにピンと立っている姿を見てしまったから。俺の目の錯覚だとしても同様の老犬の姿もその遺志を継ぐ様に今も俺の周囲をちょろちょろとする二匹のワンコも次に与えられる指示に対しての準備をする姿は微笑ましい。
　年齢なんて関係ないと言うような少年の目をした人達に対して触るななんてとても言えなくて、結局も飯田さん達が走って戻ってくる頃には綺麗になった台所と竈に火が灯されるのを俺は黙って眺め、塊の肉を焼いて休ませる間に作られたスープを一口飲んだ瞬間込み上がる何かはただのホームシックだと思う事にして置いた。