人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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眠れぬ夜に戦う為に 2

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 残りの料理とワインを並べ、自分達の椅子を持ってくる輪の中で俺は他人事のように料理を食べながら世間話でもするかのように話を切り出した。
「初めまして。飯田さんにお世話になってる吉野綾人です。
 今日はこの店を今すぐ廃業する様に言いに来ました」
 何も隠さずいきなり直球の切り出しに三人は顔色が悪くも何を言っていると言う様に大人の余裕で笑っている。
「まだ店は続けられる」
「店だけならいくらでも続けられましょう。ですが、客も来ない店で何を続けるのです?」
 むっとする顔に
「内からでは判らないでしょうがもうこの店に期待を寄せる人は誰もいません」
 言いながらも少し湿気っているパイ生地と甘すぎるクリーム、そして果物を挟んだケーキを食べ終えて
「飯田さんにも言いましたが俺は経営コンサルタントではありません。
 ただの無力で自分を養う程度の投資をする程度の人間です。
 ですが、あえて言います。この店に投資する価値はありません」
 飯田さんは仕方がないと言う様に身動きが取れずにいた。
 そう、俺がここに来た理由はもう改善とかとっくに終わった段階で廃業の勧告に来ただけの旅人。
「ひょっとしてお金を貸しに来たと思われたのなら申し訳ないのですが見当違いです。回収できないお金をだだあげなんて暴挙は自称投資家でさえしません」
 言えばオーナーシェフは俺の動画を知っているだけに何か期待を裏切られたかのように顔を真っ赤にするも
「ただでさえお名前さえ知らない方なんてお金を貸し借りする間柄じゃないでしょう」
 そこでオーナーシェフはやっとその事を思いだすも
「私の名前も知らずにこの店に来たのか?!」
「一度きりの店の名前、今日でお終いの店を記憶にとどめる理由もないでしょう」
 最初で最後な事を言えば顔を真っ赤にするも
「彼の名前はエドガー・オリオール。ギャルソンのジョージ・リヴェット、私がデュボワ・オラス。エドガーが店を受け継いだ時からのメンバーだ」
 この店の生き字引と言うのだろう。戦後開かれた小さな食堂から始まってレストランとなって夢を見せて見てきた代々受け継がれる歴史を知る人達。
 だけど俺は何所までも残酷になる。もうこれ以上の優しさはないのだからと言う様に食後に頂いたコーヒーを飲み干して
「皆さんこの店が既に廃業レベルになっている事はご存知だと思います」
 聞けば重苦しい顔で誰もが頷いた。
「そしてオーナーシェフのオリオール氏の自宅も抵当に入っています」
 そこは皆さん知っているようで重々しくオリオールはそうだと縦に振る。
「奥様とも離婚されて」
 みんな苦々しく顔を背け
「奥様のご実家も既に売却済み、娘夫婦の家に移っているそうですね?」
 さすがにそこは知らなかったと言う様に顔を上げるオリオール。
「あと貴方にかけられた保険金も。離婚前に奥様が解約して支払いに当てたそうですがご存知で?」
 聞くも首を横に振っている姿はそれでもどうしてと言う様に考える姿だった。
「内助の功ではないですが、奥様も借金を重ね、そこまで捻出して何とか今日までこのオリオールは守られていた物です」
 愕然とする顔に向かって愛されてますね何て皮肉を込めて行ってみたけど何の感情も返ってこなかった。
「お互いが嫌いあいいがみ合って離婚されたわけではないと聞き及んでいます。
 ですが奥様にはまだもう一つ支払いの手段があります」
 それは何だと少しの希望とどこにそんなお金があるかという疑問を口に出させる前に俺は口を開く。
「今ご厄介になられている娘夫婦の財産です」
 さすがにそれはないだろうと言う様に憤怒の顔で
「お前に妻を貶める言われはない!」
 大声で吠えながら立ち上がって俺を睨みつけるも
「伝手を辿ってこちらでお仕事をご一緒させてもらう弁護士さんに調べて貰いました。運よくではないが同じ事務所の弁護士さんと契約していたようで、至急で資産の状況を見て戴いたら最近動かした覚えのない資産が目減りしていたようです。娘さんが問い詰めたら奥様がすでに手を付けていたとか」
「そんな……」
 信じられないと言うように顔を青ざめさせるオリオールの血圧が心配になってしまい、彼にお水をと飯田さんにお願いするのだった。
「赤の他人の私ですらそこまで簡単に調べる事が出来ます」
 違法すれすれだけどとは言わずに
「そしてこれ以上の店の経営は守るつもりで離縁した奥様と娘夫婦が不幸になるしかなる未来しかありません。あなたの夢と誇りを守る為に犠牲になる未来しかありません」
 愛し合っていたはずの二人なのに何て寂しい場所に辿り着いてしまったのだろうと、山の家付近ではあまり聞かない仲の良い夫婦の様子にこれ以上の悲劇をうまない為の暴露は劇薬過ぎたようだ。
「本音を言えば今すぐ娘夫婦に連絡を取って欲しいのですが、その為にはまずあなたに一つの決断をお願いします。
 廃業してくれますよね?」
 ここで決断しろと言う様に真っ直ぐに目を向けるも受け継いでいた店の歴史にまだ決断できないと言う様に手を握りしめていたが、まるでそれを許すように仲間の二人がその肩に手を置いてくれた。
「俺達ももう年だ。いずれ迎える時だったんだよ」
「そうだ。お前だけが不幸になる店はもう終わらせなくちゃいけない」
 そう言う二人ももう何カ月も給料をもらっていない。溜めた貯蓄を削りながらの生活らしく、二人の奥様は趣味に没頭していると思えば私達はそう言う年代なのだと許してくれていると言う。そんな事あってはいけないのにと今も昔も変わらぬ一流の腕を無償で披露してくれる二人の優しさに涙を落しながら腕を伸ばして抱きしめていた。
「すまない、私の我が儘だった。こんな私につき合わせてしまい許して欲しい」
 それから長い間三人は涙を流し、俺には聞こえないように何か説得をして、ついにオリオールはスマホを取出し、奥様ではなくまず娘さんと連絡を取った。
 謝罪から始まり、そして店を廃業する決断をした事。奥様が使い込んだお金の事は遅くなるかもしれないがいつか必ず返すと、通話が繋がった瞬間から罵倒するような声にも誠実に言葉を返す。今頃と言う言葉が聞こえてきたが、それでもやつれたような小さな背中は妻を頼む、いつかまた迎えに行くと涙ながらに訴えていた所で電話の相手が変わったのか大きな声は聞こえなく、代わりに謝る言葉ばっかりの会話になった。
 野暮な事には首を突っ込まないと言うか、残された俺達はワインを傾けながら
「この時間ですが、予約したお客様にお断りの電話と店の廃業を進める書類の申請とかよく知らないのですが、弁護士を雇って法的に問題なく閉めましょう」
「はい。一応顧問弁護士が居るので、連絡を入れます」
 ソムリエのオラスさんがすぐに電話を入れる中
「じゃあ、私は店の片づけだな」
 本日の調理場の後片付けも今日が最後かという様にキッチンへと向かう背中に飯田さんが追いかけた。きっと手伝うとか言うのだろうと人が良いですねと思いながらも俺も追いかける。
「綾人さんはお客様なのですから」
「最後に元三ツ星レストランのキッチンの姿ぐらい見ても罰は当たらないだろ?」
 笑いながら言えば綺麗に光り輝くステンレスの調理場は料理人のプライドと言う様に磨き上げられていた。
 勿体ない……
 未練を残すような言葉を口にしてはいけないと飲み込んで、水に浸けられたままの下げられた食器を俺も洗いだした。
 

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