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行動力ある引きこもり程面倒でしょうがない 7
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卵三個の重さを基準に同量の小麦粉、バター、砂糖とベーキングパウダーは小さじ卵の数だけ。一個分のすりおろしたレモンの皮を全部ひとつのボールに入れたらミキサーで混ぜる。
簡単だ。
簡単すぎて逆に飯田さんの悲鳴が聞こえた気がする。
俺もあまりの後片付けが楽な作り方に一瞬意識が飛ぶも、アビーは鼻歌交じりにかき混ぜたと思ったらケーキの型に入れて竈オーブンではない隣に設置された普通のオーブンに入れて百八十度で四十分でセットする。
「基本はパウンドケーキと同じでいいのかな?」
「そうね。卵の重量にそろえるのがポイントよ。そして同じ一つのボールで作るのが伝統よ」
鼻歌交じりの講習にそこは何か譲れない物があると言う様に強調する辺り寧ろ飯田さんの目の前で作りたいとさえ考えてしまう。
「さあ、焼いているうちにシロップを作るわよ。
アヤト、レモンを絞って頂戴」
皮を剥かれたレモンとレモン絞り機を渡されれば素直に絞り、カップにレモン汁を入れたらアビーがこれでもかというくらい砂糖を入れて混ぜだした。
これか?!これがレモンの酸味も爽やかさも吹っ飛ばす砂糖のじょりじょりの塊の正体か?!寧ろ砂糖にとろみがついただけ!!!
やがて焼き上がったばかりのケーキにレモンシロップをかけるのを見るも、なぜアツアツな焼きたてなのにトロリと言うこの濃度なのか、俺の常識が考えるのを拒否する中であのレモンが微かに香るシロップを全部かけ終えて
「ほら、簡単でしょ?
もうできちゃったわ」
「すご!慣れてますね!
驚くほど判りやすくてこんなにもおいしそうなのが簡単に出来るのですね!」
褒め言葉より驚きの言葉が溢れだすけど、アビーは目を細めて
「亡くなった主人の好物のケーキなの」
ふふふと笑うアビーの瞳は何処か寂しげで
「すみません。気が回らなくて」
傷に障ってしまったかと思うも
「気にしないで。あの人がなくなったのは自業自得なの。
雪が降ってる日にお酒を沢山飲んで外で居眠りしてね。もう本当に情けないやら恥ずかしいやらで」
病気や事故でなくってよかったと思う反面笑いながら聞かされる話でもないなとだんだん冷静になって来た物の
「もう四十年も昔の話しなのに、こうやってあの人の好きなケーキを焼いちゃうのよね。居なくても焼いちゃうけど」
寂しいも悲しいもきっとどれだけ時間をかけても払しょくできない事だけど、乗り越えて一人思い出に浸る余裕もあると言う彼女のふくよかな体を今度は俺が抱き寄せて
「大切な人を送るのはとてもつらい経験です。だけど忘れない限りすぐ傍らに寄り添ってくれているので、とても心強い思い出だと俺は思います」
言えば伸びた手が俺の頭を撫でて
「アヤトも大切な人を失くしたのね?」
「育ての祖母です。親父達が間に合わなくてとても寂しい最後にしてしまったのが今も後悔です」
その場に居ない息子を思って手を伸ばすも握り返したのは俺の手で、それさえ判らなくなって幸せそうに眠りについた顔を思い出してはやりきれなさを募らせて行く後悔。大人だったらもっと上手くやってたのだろうかとそればかりを繰り返していたあの日々は今も変わらず胸に滓のように積らせている俺に
「そうね。きっとアヤトが側に居てくれた幸せからもっと欲が出てしまったのね。
アヤトの優しさにおばあ様は甘えてこんなにも小さな子を苦しめるなんてひどい人。
それぐらい突き放してもおばあ様は怒らないから」
俺は何も悪くはない。
大切な人の最後に寄り添えた事ほど幸せな事はないと、寒い雪の中で最愛の人を一人ぼっちにして失くしてしまった人の言葉に俺は救われる。俺の中に残る沢山の後悔のたった一つだけど、それでも心が軽くなって、別れ際に一緒に作ったケーキをラッピングして持たせてくれた。
既に冷えているはずなのに、受け取ったケーキの暖かさにとても大切なものを頂くように抱きしめながら
「大切に食べます」
「大げさねぇ。カビが生える前に食べなさいよ」
お腹が痛くなったら大変よと笑いながら俺を送り出してくれるのだった。
やがて観光客が一度は足を止めるアビーの家が見えなくなった所で
「所でアビーには俺は一体何歳に見えたのだろう?」
ふと思い出した疑問。
無防備に家に招いてこうやってケーキまで持たせてくれて。
そこは知らぬが仏と思って最後にもう一度見えなくなったアビーの家を振り返るのだった。
簡単だ。
簡単すぎて逆に飯田さんの悲鳴が聞こえた気がする。
俺もあまりの後片付けが楽な作り方に一瞬意識が飛ぶも、アビーは鼻歌交じりにかき混ぜたと思ったらケーキの型に入れて竈オーブンではない隣に設置された普通のオーブンに入れて百八十度で四十分でセットする。
「基本はパウンドケーキと同じでいいのかな?」
「そうね。卵の重量にそろえるのがポイントよ。そして同じ一つのボールで作るのが伝統よ」
鼻歌交じりの講習にそこは何か譲れない物があると言う様に強調する辺り寧ろ飯田さんの目の前で作りたいとさえ考えてしまう。
「さあ、焼いているうちにシロップを作るわよ。
アヤト、レモンを絞って頂戴」
皮を剥かれたレモンとレモン絞り機を渡されれば素直に絞り、カップにレモン汁を入れたらアビーがこれでもかというくらい砂糖を入れて混ぜだした。
これか?!これがレモンの酸味も爽やかさも吹っ飛ばす砂糖のじょりじょりの塊の正体か?!寧ろ砂糖にとろみがついただけ!!!
やがて焼き上がったばかりのケーキにレモンシロップをかけるのを見るも、なぜアツアツな焼きたてなのにトロリと言うこの濃度なのか、俺の常識が考えるのを拒否する中であのレモンが微かに香るシロップを全部かけ終えて
「ほら、簡単でしょ?
もうできちゃったわ」
「すご!慣れてますね!
驚くほど判りやすくてこんなにもおいしそうなのが簡単に出来るのですね!」
褒め言葉より驚きの言葉が溢れだすけど、アビーは目を細めて
「亡くなった主人の好物のケーキなの」
ふふふと笑うアビーの瞳は何処か寂しげで
「すみません。気が回らなくて」
傷に障ってしまったかと思うも
「気にしないで。あの人がなくなったのは自業自得なの。
雪が降ってる日にお酒を沢山飲んで外で居眠りしてね。もう本当に情けないやら恥ずかしいやらで」
病気や事故でなくってよかったと思う反面笑いながら聞かされる話でもないなとだんだん冷静になって来た物の
「もう四十年も昔の話しなのに、こうやってあの人の好きなケーキを焼いちゃうのよね。居なくても焼いちゃうけど」
寂しいも悲しいもきっとどれだけ時間をかけても払しょくできない事だけど、乗り越えて一人思い出に浸る余裕もあると言う彼女のふくよかな体を今度は俺が抱き寄せて
「大切な人を送るのはとてもつらい経験です。だけど忘れない限りすぐ傍らに寄り添ってくれているので、とても心強い思い出だと俺は思います」
言えば伸びた手が俺の頭を撫でて
「アヤトも大切な人を失くしたのね?」
「育ての祖母です。親父達が間に合わなくてとても寂しい最後にしてしまったのが今も後悔です」
その場に居ない息子を思って手を伸ばすも握り返したのは俺の手で、それさえ判らなくなって幸せそうに眠りについた顔を思い出してはやりきれなさを募らせて行く後悔。大人だったらもっと上手くやってたのだろうかとそればかりを繰り返していたあの日々は今も変わらず胸に滓のように積らせている俺に
「そうね。きっとアヤトが側に居てくれた幸せからもっと欲が出てしまったのね。
アヤトの優しさにおばあ様は甘えてこんなにも小さな子を苦しめるなんてひどい人。
それぐらい突き放してもおばあ様は怒らないから」
俺は何も悪くはない。
大切な人の最後に寄り添えた事ほど幸せな事はないと、寒い雪の中で最愛の人を一人ぼっちにして失くしてしまった人の言葉に俺は救われる。俺の中に残る沢山の後悔のたった一つだけど、それでも心が軽くなって、別れ際に一緒に作ったケーキをラッピングして持たせてくれた。
既に冷えているはずなのに、受け取ったケーキの暖かさにとても大切なものを頂くように抱きしめながら
「大切に食べます」
「大げさねぇ。カビが生える前に食べなさいよ」
お腹が痛くなったら大変よと笑いながら俺を送り出してくれるのだった。
やがて観光客が一度は足を止めるアビーの家が見えなくなった所で
「所でアビーには俺は一体何歳に見えたのだろう?」
ふと思い出した疑問。
無防備に家に招いてこうやってケーキまで持たせてくれて。
そこは知らぬが仏と思って最後にもう一度見えなくなったアビーの家を振り返るのだった。
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