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夏休みの始まり 1

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 人の居ない静かなぼっち生活を堪能するのは何か久しぶりの気がした。
 訂正。
 家の中ではぼっちでも今日も害獣除けの柵の工事に山は賑やかです。
 畑の下側とか、下の畑とか、飛び地の草取りとかをここ最近安定しない山の天候で済ませてしまったのでやっと山側とか崩れた側とかに着工しただけですが普段静かなだけあって賑やかです。
 その実は浩太さんの計らいでオリヴィエ達音楽家が滞在している間は気を使って家の周りに手を入れなかっただけなんだけど、彼らもいなくなったので堂々と手を入れに来たと言うわけです。
 まぁ、冬前に脂肪を蓄える獣たちと遭遇しなければいいと思っているのでその点はお任せしますと言うか他の仕事大丈夫ですかと聞くも、半数は雪で歪められた車道の柵の取り換え作業をしていると言うからまあ、そこは長谷川さん達の仕事ぶりを信じる事にして置いた。
 烏骨鶏が闊歩する庭を眺めながら畑仕事を終えた俺はトマトを齧りながら麦茶を飲んで休憩をしていた。
 去年のこの頃には陸斗が来ていて一緒に過ごしてたんだなと、今年はテストを無事終えて進路指導に時間を潰す季節の為にここに居ない事が健全なので安心するもこの記憶力の良さから去年は大変だったけど賑やかで楽しかったなと少し寂しさを覚えていた。
 そんな縁側でお昼寝マットを持って来てたらした簾の木陰でうとうととしていれば烏骨鶏が俺の腹を枕に蹲って寝る始末。
 羽毛百パーセントはさすがに暑い。
 とは言え追い払うのもどうでもいいと意識が遠くなった所で
「吉野の、さすがに風邪をひくぞ」
 いつの間に天候が悪くなってガスって来たのか知らないが、長谷川さんが起こしに来てくれた。
「あ……」
 垂れた涎を拭いながらいつの間にかいなくなった烏骨鶏を寂しく思いながらも体を起こせば
「この天気じゃ一雨来る。
 俺達は上がるが、そろそろ昼飯を取るには十分な時間だ」
 かつての山の男の天気予報に空を見てなっとくして続きざまに時計を見れば既にお昼を回っていて随分寝たなと思うのはきっと久しぶりの一人の生活だからだと言う事にして置いた。
 もそもそと起き上がり山を下りて行く皆さんをお見送りしていれば忘れてました。今日も元気なワンコが元気に庭を駆け回っているのを発見しました。
「あ、綾人さんおはようございます」
 両手に大量のハーブを抱えてご機嫌ワンコこと飯田さんは絶対可愛いとは縁遠いドーベルマン系の仕事に忠実なワンコだとおもってます。面と向かっては言わないけど。
「飯田さんも起きてたんですね」
「はい。お昼はオリヴィエ君達に持たせたお弁当を俺達の分も一緒に作ったのでハーブ畑で遊んでたらすっかりお昼が過ぎていたみたいですみませ ん」
「いえ、俺も起きたばかりだから」
 言いながらも外の山水を引いた洗い場にハーブを置いて冷蔵庫からサンドイッチを取り出してきた。他にも弁当箱に並ぶカラアゲや卵焼き、ソーセージなどお弁当のおかずならおなじみのレパートリーにニヤニヤとしてしまうのは期待を裏切らないお弁当だからだと俺は思う。
「どうせだから小屋の二階で食べませんか?」
 まだまだオリヴィエの居た形跡が強く残るあの場に足を運びたいとは思わないけど、飯田さんが意地悪をしてそう言ってるのではないのは理解してるからきっと別れにちゃんと向き合えるように気を使ってくれてるのだろう。
 こんな山奥に引きこもる俺とは違い、日々出会いと別れを繰り返す接客業のサービスマンの極意を伝授するつもりなのだろうか。なんてバカな事を考えていれば
「この天気じゃハーブ畑を眺めながらのピクニックは無理そうですからね。屋根のある場所でいつもとは違う山を眺めながら食べましょう!」
「うん。それも良いね」
 案外食に忠実なワンコだった。
 俺の考え過ぎだったかと思いながら昼からビールと言う様にお弁当を入れたバアちゃんのお手製籐籠に缶ビールも何本か入れて烏骨鶏ハウスの二階に足を運べばそこはまだオリヴィエのどこか一心不乱にバイオリンに没頭していた音が残っているようだった。
 それは俺の記憶が再現させているだけなのだが、今日とは違いあの奇跡のような朝はきっと忘れられないだろう。
 園田達が来た時点でこう言う事が起きる事は判っていたが、いざ実際に体験すると感動的だった。
 いきなりの引っ越しでこっちに来た為に中学の友達とまともな別れも出来なかったし、同じマンションに住む幼馴染の兄弟ともさよならも言えなかった。
 そればかりが後悔で残り、親の目を盗んで電話での別れの挨拶はただ相手を号泣させるだけだった。
 そのせいか別れと言うのは中々苦手なイベントとなっていて、俺が人と深く付き合えない理由の一つになっているとも思っている。
 だからかオリヴィエが泣きながらバイオリンを弾きながらも朝を迎えながら優美な音を奏でる音を思い出している合間に一期一会な出会いを繰り返す飯田さんは扉を大きく広げて雲が降りてきた山々の景色に少し不満を言いながらもお弁当を並べて行く。
 窓際で足を外に放り出すようにして……
 ちょ、危ないでしょ?
 何のためにテーブルと机があるの?
 なんてあっけにとられながらもお弁当を二人の間に挟んで俺も床に座ればビールを渡してくれた。
「折角のピクニックにはならなかったけど、縁側でなくこう言う所で食べるのも乙ですね」
「ここで食べる発想はあってもこうやって食べる発想はなかったなー」
 プラプラと宙を遊ぶ足先の下では烏骨鶏がこーっこっこっと鳴いている。
 平和だ。
 サーモンとクリームチーズのサンドイッチ、卵焼きにワサビマヨネーズのサンドイッチ、スタンダードなキュウリのサンドイッチ、勿論トマトとハムのサンドイッチもある。
 どれもオリヴィエが好きなもので、ワサビマヨネーズに嵌ってくれたのは意外だと思うのはオリヴィエと食事をした全員だった。
 サンドイッチを食べてオリヴィエもはまったカラアゲを噛みしめる。
 奪い合って少ししか食べれなくってガチ泣きをした日が随分昔のように思えて、もっとオリヴィエに何かしてあげれたのではと少し感傷気味になりながらビールを呷っての繰り返し。ぽろぽろと涙までこぼれ出して
「なんかもう会えないと思うと、ほんと寂しいな」
 それはこの国とかの国との距離から簡単には会えないと言う現実。そしてオリヴィエの才能があれば彼はすぐにまたこの日々を忘れるくらいの多忙な日々を取り戻すのだろうと確信しての事。
 センチメンタルになってるのだろう。
 今にも消えて無くなりそうな彼があんなにも感情豊かに心剥き出しでバイオリンを弾く姿は俺が調べたオリヴィエからついぞ見つけられなかった年相応のバイオリンしかないオリヴィエがここに居た。
 神に愛された子供と言うのは本当にいるのだろう。
 現実主義な俺が神々しいとまでは言わないけど、この時ばかりは時間を忘れてただ見つめていた。
 あの時のデータは宮下の手に渡り、すぐに編集作業に入ってその日のうちにあげる予定だったけど、それに俺は待ったをかけた。
 少し時間が欲しい、そう言えば宮下は園田達のブーイングを無視して俺を優先してくれたけど。
 親友ってありがたい。
 ワサビが効きすぎて思わず涙を流してしまいながら宮下に感謝をしていれば
「そこで綾人さんに提案したいのです」
 ん?なんて未だにツーンとした脳天を突き抜ける辛みに悶えながら涙を目尻にためていれば

「折角の夏休みです。
 今度俺と一緒にフランスに行きませんか?」
 
 これは何と言うプロポーズだろうか。
 ワサビの辛みなんて忘れてコクンとサンドイッチを飲み込むのだった。 
 



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