人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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震える足が止まらぬように 7

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 久しぶりに街に降りた所でこうやって会うまで心配させていた内田さんと長くお話をする事になった。
 母親の事、そして何れ再会する父親の事。今回の事で本当に大丈夫なのかと心配されたけど、あれだけの沢山の人に俺の決意を宣言した家を今更売って引っ越すなんて考えられないし、俺の人生設計の基盤は既に山の上とこの街の家に出来ている。
 父親と再会するのにまだ数年はあるし、母親にはもう会わない事を病院側とも約束をした。お金は出すのでよろしくお願いしますと寄付もして置いた。これで不健康な状態でも病院として命を繋いでくれる、俺なりの復讐とは言わないが仕返し、嫌がらせにカウンセラーを同席した病院側も渋い顔をしながら引き受けてくれるのだった。
 うん。寄付が早々に目を反らせない金額にしたからね。叔父さんも黙っちゃったけど、人でなしと言われても仕方がないような俺のこの姿を先生は全部知っている。だてに元担任じゃないと先生は胸を張るがこれも俺の監視の為だと言ってこの家にのさばる理由でもある。
 判っているが俺はやりすぎるらしい。
 しでかした覚えはあるし、沢村さんと樋口さんが全部記録に取ってある。
 俺の正当性を。
 その為に六法全書全部覚えた。ネットで手に入る限りの類似する記録も適当な所を網羅した。限りなく黒に近いグレーゾーンをシロで押し通せたのは相手が絶対の真っ黒だからであって、予備知識入れなくてもよかった位のどうしようもない相手には勝負以前の問題になった。
 あえて言おう。
 圧勝したのにもかかわらず俺が沢村さんと樋口さんに怒られただけの怒られ損と言う結果だった。
 法律はこんな事に使う為にあるわけじゃないとこってりとしぼられるも、親族から犯罪者を作りだした俺にはもう法律にかかわる仕事にありつけないので密かに沢村さんと樋口さんが俺を弁護士に仕立てようとした計画はここでとん挫した。って言うかそっちの方が酷くね?さらに言えば沢村さんは孫と結婚させようだなんて……まだ四歳のお孫さんは年齢的にも人懐っこさにも確かに可愛いけど俺はロリではないのでお断りしますとお孫さんの親の前で言いきっておいた。
「吉野の、話しをちゃんと聞いてるか?さっきからニタニタ笑い追って、散々心配かけておいてそう言う態度はどうかと思うぞ」
「すみません。こうやって鉄治さんが怒ってくれるのが嬉しくて」
 言えば少し照れた様に視線を反らし
「何バカを言うな。それよりもお前も浩太の手伝いに行け。自分の家なら自分で紹介しろ」
 お祖父ちゃん可愛いなぁと立ち上がって綺麗になった外装の出来上がっている家を見上げる。
 心も精神もぼろぼろになって生きるのが辛くて死にたくても受け継いだこの家と山を放置したらバアちゃんとジイちゃんが悲しむからと自分に言い聞かせながら今は何も考えたくないと言う代わりにバアちゃんの普段の生活を思い出してそれをなぞる様に体を動かして心の中で一人閉じこもっていた。
 だけどふとしたきっかけ、あの時は飯田さんのご飯だった。それぐらい予告なく訪れた切っ掛けで俺は目が覚めた様に無事日常に戻る事が出来た。
 二重人格とかではない。その間の記憶も見た物も聞いた事も総て覚えている。
 これはただの現実逃避。
 判ってる。全くもって生産性の欠片もない意味のない時間を過ごしている事ぐらい。いつも誰かが助けてくれると言うわけでもないし、今回はオリヴィエのバイオリンが俺を正気に導いてくれた。
 今回も沢山の人に守られて沢山の人に助けられている。
 沢山の心配からちゃんと差しのべられた手がある事を俺は忘れないように俺は感謝を続けるこれが俺が選んだ生き方。
 ジイちゃんがとバアちゃんがして来たように、二人が繋いでくれた縁を俺は守り続ける事にしている。
 まだまだこう言った事はくりかえさせるだろうけどこの感謝の思いをジイちゃんの親友でもある鉄治さんにいつまでも聞いてもらいたいと願いながら家の中からオリヴィエの溢れだす楽しそうな声に耳を傾ける。
 今日は窓を入れる予定なのか取り外された窓から手を振るオリヴィエに手を振り返せば
『ここもすごいな!街が良く見える!』
『この家二番目のお薦めポイントだ!』
 一番かも知れない。だけど俺の中では二番。
 だってこの家には……
『奥の風呂場もすごいぞ!』
 まだ手前の先生の家だった場所に居るオリヴィエに一応薦めておけばすぐに階段を下りる音を聞く。そして足音が奥へと向かうのを聞けば暫くしてぐるりと裏側からオリヴィエが出てきた。
『綾人あのお風呂なに!凄い大きい!俺がすっぽり入った!マサタカもはまってる!』
 ふっふふっ……
 驚くがよい!
 笑うがよい!
『俺の夢の一人檜風呂の完成をフランスから羨むがよい!!!』
『俺も入りたーいっ!!!』
 いつでも入れる五右衛門風呂にすっかりはまってしまったオリヴィエは朝からお風呂で温まって練習に入ると言うルーティンを築いてしまっていた。
 とてもシャワーで良いと言っていた子供のハマリようではない。
『バイオリンって結構体をひねったような無理な格好で弾くからね。弾いたあとお風呂で筋肉をほぐすにはピッタリなんだ』
 背後でチョリも力強く頷いていた。こんなに使用頻度が高くなるなんてと思っていたけど、圭斗と陸斗、そして飯田さんも五右衛門風呂の世話をしてくれたので俺が文句言うのもおかしな話だしと好きに入りなさいと言うも
『綾人!あの先生って人お風呂交代してくれない!』
 いつの間にか大人げない先生の本領も発揮する間柄になっていたようだ。
『ああ、あれは俺でも無理だから諦めろ。
 風呂に入りすぎるとああなるからオリヴィエもほどほどにしとけよ』
『なにそれ!怖いんだけど?!』
『あれは風呂の呪いだな。一度入ったらなかなか脱出できない、極楽の罠!』
『そんな罠に嵌ったらのぼせちゃうよ!』
『そうなったら庭でクールダウンだな。烏骨鶏の餌バラまいて突かれて反省させるさ』
『なにそれ怖い!』
 そんな風に笑いあった日もあったと、ほとんど意識した日々を送ってなかっただけにオリヴィエのこの山での発見の日々がもう終わりだと言うのを寂しく思っていれば
「吉野の、プロパンも水道も使えるのだから、折角だから入ればいい」
 鉄治さんの言葉に俺は何度か瞬きをして
「ソウデシタ……」
 俺とした事がうっかりしていた。
 先生の家は水道も電気も全部名義変更してそのまま継続して使える状態にしてあり、家をニコイチにした時にお隣の家も俺の名義にしたため使える様になっているのだ。元栓は別だけど。都市ガスなんてないこの山間の街のエネルギー事情は電気とプロパンがメイン。先生の使いかけのプロパンガスが残っているので鉄治さんはすぐにガス屋に電話してくれたけど、既に浩太さんが頼んであったようでせっかくなので前倒しで今すぐ接続してもらう事になった。お互い知った顔のご近所さんらしいので十数分で来てくれたのがありがたく接続してもらい、早速と言う様に檜風呂にお湯を張るのだった。





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