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雲の中でかくれんぼ 3

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『所でマサタカはなんでチョリチョリ何て呼ばれてるの?』
 不審な目で見られる俺は聞き取った音を脳内で文字変換して理解すればとりあえずオリヴィエの持つスマホをWi-Fiを繋げさせて俺との連絡先を登録しておく。
 そして俺達の動画を見せた瞬間オリヴィエは弾かれたように顔を上げて笑みを作る。
『マサタカの曲だね!』 
『すごい、これだけでわかるんだ』
 思わずつぶやいてしまった。
 天才と言われる者が居るのは判っていたが聞いただけでわかる物なのかと、苦手な美術音楽な世界は知識しか持ってないので「へー」なんて感心していれば彼は興奮して
『判るに決まってるだろ!この音はマサタカしか出せないんだから!
 マサタカは凄いんだ!自分で作曲も出来てしまうしソロでも華があって!』
 興奮しているのは判ったが、ワンテンポ遅れで理解して聞けばなるほどとりかいする。
『オリヴィエはマサタカのファンなんだね?』
『もちろん!駅でストリートミュージックしてた時初めて聞いていつか一緒に演奏したいって思ったけどマサタカはプロだからね!
 俺も頑張ってプロになったんだ!』
 それを言うと師匠が泣くぞと思うも何歳の頃の話しだと六歳でプロになった子供に聞いてみたかったが記憶が残るのは三歳ぐらいからと言われているのでバイオリンを握った頃かと理解しておくことにする。
 因みに俺は一歳ぐらいの記憶からある。何かずっと一人でブロックで遊んでたり一人でビデオを見てた覚えがある手のかからない子供だと自負する。決してこの頃から放置子だとか言わないでほしい。ご飯もしっかり食べてたし綺麗な服もちゃんと着ていたから問題はないはずだ。
 そんな夢いっぱいのオリヴィエ君は無事バイオリニストのプロとなって、チョリチョリさんと同じ舞台にも立ったようで、そして今ここに居る。
 話しながら片手間にスマホで情報を集めたが出るわ出るわ家庭のゴシップ記事が。出演料の搾取から始まって両親の離婚、そして肉体的な虐待はオーバーワーク。働かせすぎだろと呆れるある日のスケジュールに寝る時間は移動の僅か片手間の時間。一緒に移る母親兼マネージャーの成金具合はオリヴィエの約十年間の象徴だなと翻訳が面倒なフランス語の記事は後で読むとしてとりあえず目に写しておく。
 また厄介な子供を連れてきたなと頭が痛くなるものの、ここでは蓮司と言う前例を作ってしまったのだ。
 とりあえず会話が続かないからと持って来たノートパソコンに落とした動画オリジナルのチョリチョリさんの曲を聞かせて時間を潰させる。
 熱心に記憶する様にイヤホンで耳を傾ける様を放っておいて
「チョリチョリさん、とりあえずどれだけ滞在の予定?」
 聞けば
「七月にサマーコンサートに出演予定だから、七月になったら東京のうちに連れてって他の演奏者さんとの練習に入る予定だからそれまでここで隠して欲しい」
 五月も後半だし約一か月半。
「退屈しない?」
 そんな若者がこんな所に引きこもってていいのかと思うも
「いいんだよ。何もやる事のない時間の方が今のあいつにはちょうどいいんだ。
 スランプで引けなくなったガキには夏休みが必要なんだよ」
 長い夏休みにならない事を願うしかない。
「でも大丈夫じゃね?バイオリンのケース手放さないし?」
「まぁ、一応毎日一曲は無理やりにでも弾く様に言ってある」
「それはいいけど、今柵の工事が入っててうるさいけど大丈夫?防音室なんてうちないよ?」
 聞けば全然問題ないと笑ってくれる。
「むしろそう言った雑音の方が大切なんだよ。
 子供の時にプロになったばっかりに他人と関わる事もない位に大切に育てられて無菌状態で育ったも同然だから。 
 それで先ほどの傲慢な口調。プロで十年も続けばそれぐらいの存在になるかと思うも飽和状態の人材の中で成長期を迎えた彼が生き残れるかどうかは今からがサバイバルだ。
「まぁ、音楽なんて判らないから。欲しい物とかあったらどんどん言ってよ」
「悪いね。俺も作曲活動あるから明日にでも一度家に帰って機材取りに行くから早速一人にするけどいいかな?」
「明日なら飯田さんも来るから大丈夫だよ」
「飯田君も来るのか」
「毎週のように来てくれるよ。あと先生もね」
 転勤で卒業となった動画だったけどそれでもさらっと当然のように動画に出てきた様子に視聴者様は混乱と笑いを提供した先生のファンのチョリチョリさん。
 多分、酒飲み仲間として認定されてるんだろうけど、お酒なら飯田さんの方が呑みますよと、それは明日の楽しみにしておく。
『それよりも時差で疲れてない?』
 オリヴィエに気付いてもらえるように机をトントンと叩けば音楽鑑賞の邪魔をされたと言う様に顔をゆがめるも言われたら気付くフランスからの長距離移動は飛行機の中で眠っても休まらない身体に顔は何処か眠そうだ。
『この音源欲しい』
 俺はチョリチョリさんを見れば彼は肩をすくめる。どうやら俺の判断に任せるらしい。
『いいけど一つ約束』
『約束?』
 不思議そうな顔で見る彼に
『この曲は俺達が依頼して俺達が買い取った著作権のある物だ。
 聞くだけなら問題ないけど勝手に使ったり営利目的に使ってはいけないと言うのが約束だ』
 そこは彼の方がプロだ。驚きの顔から真剣な表情になり
『約束だ』
 そう言って握手を交わせば俺はすぐにファイル変換して彼のスマホにデータを送信してあげればスマホを大切そうに持って流れる音源に懸命に耳を傾ける姿は本当にどこにでもいる子供だと思った。
『後ここでのルール。
 畑は害獣除けの電気柵がある。野生の動物も多いから絶対に言えが見えない所まではいかないし、川にも下りない。
 工事で来客もある。勉強を教えてる子供も来る。プライベートで来る来客もある。あった時は挨拶をする事』
 コクコクと頷く様子は大人達の世界で働いているだけに重要さは良く判ってるようだ。
『好きに過ごしても構わないけど、鶏達は苛めない事』
 烏骨鶏ってフランス語でなんて言うんだと思いながらも子供の視線は庭を闊歩する烏骨鶏を凝視している。
『あれ食べるの?』
『時と場合によって。あれの仕事は主に草取りだから』
 鶏に仕事とはと言わんばかりに呆れた顔をしているものの生活上の協力関係にあるただの愛玩動物じゃない事をわかってもらえればいい。
『他の細かい事はその都度教えて行くから。
 とりあえず隣の離れに準備してあるからそっちでゆっくりして』
 意味が分からないと言う顔に二人を連れて離れに行き新しくも貫録のある今時ありえない作りの家を目を瞠ってあちこち見る様子は驚いてくれていると思っていいだろう。
『キッチンは友人の遊び場だから。使っても良いけど悪戯はしないように。冷蔵庫のジュースやお菓子、冷凍機にはピザとか簡単な軽食が入ってるから好きに食べて』
 そう言って業務用の冷凍庫に転がる解体した猪の群れに大笑いするチョリチョリさん。オリヴィエはどん引きしている。安心しろ、これが普通の反応だ。
 戸棚を探ればしっかりとお酒も見つけたようで早速貰うねとワインを持って行ってしまった。
『あとこの国では飲酒は二十歳からだから、アルコールは禁止だ』
『フランスでも十六歳からだからまだ飲めないよー』
 なんて言いながらも視線がワインを追いかけるのを見てなんとなくのニュアンスでは既に飲める口だと言うのが判ったが。
『こう言った不便さも楽しむ、不便しかない山奥だから是非満喫してくれ』
 言いながら母屋よりは新しく、不便さの少ないはずの母屋のトイレと二階の布団の置き場を教え、薪ストーブなんて使い慣れないだろうからと運び込んでおいたオイルヒーターのスイッチを付けて晩御飯の時間になったら呼びに来るからそれまでゆっくりしてと言って失礼しようとするも
『その前に五右衛門風呂使わせて』
『いいけど……』
 ちらりとオリヴィエを見るもチョリチョリさんは問答無用でオリヴィエを連れて『何事も体験だ!』と五右衛門風呂へと向かうのだった。
 まだまだ休めなさそうだなと戸惑う彼を可哀想に思うも風呂場から聞こえる叫び声にとりあえず放っておこうと俺も家に戻って初めての来客を待つ疲れを癒すように少しだけ休ませてもらうのだった。



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