上 下
308 / 976

これでも教師です 3

しおりを挟む
 車の止まる音と共にガタガタと荷物の降ろされる音が聞こえたと思えば
「篠田、もう来てるのか?」
 既に止まってる車を見てかかけられた声に返事だけして玄関へと向かう。
 仕事を始めるには少し早い時間なのに内田親子がやってきていた。
 土曜日だと言うのに来るのは天気が良いうちに仕事を終えたいからと言うのもあるし、家から近い職場なのだ。周囲の家に迷惑かけることのない場所なのでやれる時にやってしまえと言うのがこの仕事のコツだろう。
 納期はないもののなるべく早めに仕上げるのがもっとうで、この家の下の家人がただいま病院に厄介になっているうちにあらかた進めたいと言うのもある。最も内田さんの奥さんが言うには補聴器があっても聞こえているかどうかというくらいの耳年齢。一人暮らしで迷惑をかけるとするならヘルパーさんにだろうというのが隣家の事情だ。ホームに入るとか入らないとか話が上がっているものの、息子さん夫婦の近くに行こうかどうしようか、お孫さんが受験を控えてるからちょっと待つとかそんなタイミング。だったらここでヘルパーさんに囲まれてのんびり暮らしたいと本人の申告だが、かかる費用がもったいないと、受験を控えた息子夫婦の下心になっとくするりゆうをみつけるのだった。
 ともあれそんな近隣の事情に内田親子は破壊の権化と言わんばかりにバールとチェーンソーを手に家の周りを彷徨いていたのを見て高山は顔をだすのだった。
「ご無沙汰してます」
 ひょいと片手をあげて人の良い顔での会釈を圭斗は胡散臭ー何て聞こえるように言うも高山は笑顔を崩すことなく驚きから再会の喜びに変わる二人に改めての挨拶。
「おはようございます。早くからお勤めお疲れ様です」
「高山先生じゃないですか!ひと月ぶりです」
「山が恋しくて戻ってらしたか?」
「はい。この家もですが、綾人の所の五右衛門風呂が恋しくて高速飛ばしてきちゃいました」
 何が来ちゃいましただ、なんて再度高山にだけ聞こえるボリュームで突っ込むも華麗にスルーされてしまう。相変わらず良い根性だ。
「この家の事は植田達からも話を聞いていたし、綾人からも適当な感じで話を聞いていたので一度見たいとは思っていたのですが、ゴールデンウィークだと道が混むかと思ってその前に何とか予定を立ててみましてね?」
 家にも連絡せずに衝動的に来た癖によく言うと以下省略。
 内田さんは先生と一緒に家を見上げながら
「先生、この家は幸せだ」
「はい」
「先生と綾人君の縁で死にかけた家に命を吹き返した。
 吉野の家同様作り手が変わってもその仕事を継承する人間に任せてくれたし、何よりこの土地の木で作られた家だ。上手く呼吸をしてくれるし、継ぎ足した木ともよく馴染む」
 ニカリと笑う内田さんの言葉の意味はわからないがきっと高山に知ることの無い大工の拘りの世界があるのだろうと敬意を払って頷くのだった。
「家の事は聞いているか?」
「今圭斗に完成予想図を見せてもらいながら説明受けた所です」
「じゃあ、もう一度説明なんていらないな」
「ええ、と言うか檜木風呂とは綾人、本当に風呂好きだなって呆れるしかないですしね」
「普通の風呂もあるから余計にですね。完成したら入らせてもらわないといけないですね」
 浩太も笑いながら贅沢に作ってるんですよーと綾人の財力ゆえに笑って気合をいれている。
「先週森下さんが来てくれましてね、あの人そう言った手配も得意で今から楽しみですよ」
「そうなんですか?それを聞くとますます楽しみですね」
 笑いながら浩太さんを隣の家の方へと誘導していくのに嫌な予感がするも
「篠田、工具を運び込んでおくれ。とりあえず今日中に抜ける壁を抜ききるぞ」
「はい、わかりました」
 ツルハシを背負って古い土壁を剥がしたり壁を貼り直したりまだまだ取り除かなくてはいけないものは盛り沢山だ。綾人の家の離れと納屋で内田の作りは学んだつもりだが
「圭斗見てみろ、この欄間はじい様の作品だ」
 相変わらずこまかいなあ、今度長沢にも見せてやらないとなと笑う理由はふすまを取り払った事もあり、この欄間は必要としなくなったのが原因だろう。
 これも処分するのか、それはもったいないなと見事な彫刻を見ていればスマホに手が伸びて、仕事中の通話に内田さんは露骨に嫌な顔をするが
『圭斗、何かあったか?』
 仕事なのはわかっているので余程の想定外があったのかと少し緊張した声が返ってきた。内田さんも相手が綾人と分かれば何を始めると言うように仕事の手をとめて
「先生の家の欄間を今外している所なんだけど、内田さんのお爺さんの作品なんだって。すごく良い彫刻だからどこかに使いまわしてもいいか?」
 内田さんの目が見開いたのを見た。
 驚いたというか、想定外だったのだろう。
『そう言う事だったらどんどん使いまわして良いぞー。
 って言うか、俺じゃ良し悪しはわからないから。そこんところ圭斗に任すから俺よりも内田さんと相談して?』
 さすがに彫刻の良し悪しなんて分かるかと言う綾人の審美眼は主に数字に発揮されるのでこういった感性的な物は高校時代に嫌と言うほど体験させられたのは言うまでもない。
 ただ綾人の凄いところはそれを認めて丸投げする度胸。そしてそれを補いさせられた宮下と言うちょろい駒。言い方ひどいがナイスチョイスしたと言うしかない。
 今度はそのお鉢が俺に回ってきた。
 いつの間にか通話は切られ、どうしようかと内田さんを見て
「欄間、どこに使います?」
「とりあえず壁のアクセントに使うか?」
「この幅を使えるのは限られますか」
「象徴とするにはいいだろう」
 吉野の木と内田の技術。
 見せつけるなら居間の壁に使うのがベストだと、キッチンからも見える壁がいいだろうとすぐに決めることができた透彫の裏に新しい板を貼ってコントラストが浮き立つようにする意見は俺も内田さんも同意見。
「折角なら他の建具も使い回しましょう。新しくするにはもったいない物ばかりですし」
「リメイクだな。確かに今回のリフォームにうってつけだ」
 うんと頷く内田さんの判断に圭斗が教えてもらうばかりではなく意見を聞き入れてもらえるようになった事で確かな成長を一人噛み締めている頃

「浩太さん!絶対この檜木風呂はこの位置がいいかと思うんだけどー?
 窓もすりガラスなんてしけた物じゃなくって?」
「先生!俺たちは依頼主の言葉の添うことが絶対でして!」
「綾人の言う事なんて俺が良しって言えばあいつオーケー出すしー?」
「信頼の問題なんですって!」
「綾人の俺の信頼は絶対なんだって!
 だーかーらー、より良い風呂場作りを目指してサクッと変更しちゃいましょう!」
「だめですって!」
「男ならバーンと大きいガラスにして街を展望!最高じゃないですか!ロマンじゃないですか!」
「勝手な事はしません!」

 先生のウザい攻撃に浩太さんが巻き込まれているなんて、職業柄人に問いふせる事が得意なスキルに浩太さんがまさかの陥落するなんてこの時は気づきも想像もしなかった俺達だった。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。

山法師
青春
 四月も半ばの日の放課後のこと。  高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

雪那 由多
ライト文芸
 恋人に振られて独立を決心!  尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!  庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。  さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!  そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!  古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。  見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!  見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート! **************************************************************** 第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました! 沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました! ****************************************************************

アマツバメ

明野空
青春
「もし叶うなら、私は夜になりたいな」 お天道様とケンカし、日傘で陽をさえぎりながら歩き、 雨粒を降らせながら生きる少女の秘密――。 雨が降る日のみ登校する小山内乙鳥(おさないつばめ)、 謎の多い彼女の秘密に迫る物語。 縦読みオススメです。 ※本小説は2014年に制作したものの改訂版となります。 イラスト:雨季朋美様

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多
大衆娯楽
夜月燈火は亡き祖父の家をカフェに作り直して人生を再出発。 高校時代の友人と再会からの有無を言わさぬ魔王の指示で俺の意志一つなくリフォームは進んでいく。 あれ? 俺が思ったのとなんか違うけどでも俺が想像したよりいいカフェになってるんだけど予算内ならまあいいか? え?あまい? は?コーヒー不味い? インスタントしか飲んだ事ないから分かるわけないじゃん。 はい?!修行いって来い??? しかも棒を銜えて筋トレってどんな修行?! その甲斐あって人通りのない裏路地の古民家カフェは人はいないが穏やかな時間とコーヒーの香りと周囲の優しさに助けられ今日もオープンします。 第6回ライト文芸大賞で奨励賞を頂きました!ありがとうございました!

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ
青春
誰かの一番になれない僕は、今日も感情を下書き保存する 空気を読むのが得意で、周りの人の為に動いているはずなのに。どうして誰の一番にもなれないんだろう。 家族にも友達にも特別に必要とされていないと感じる雫。 そんな雫の一番大切な居場所は、”150文字”の感情を投稿するSNS「Letter」 苦手に感じていたクラスメイトの駆に「俺と一緒に物語を作って欲しい」と頼まれる。 ある秘密を抱える駆は「letter」で開催されるコンテストに作品を応募したいのだと言う。 二人は”150文字”の種になる季節や色を探しに出かけ始める。 誰かになりたくて、なれなかった。 透明な二人が150文字の物語を紡いでいく。 表紙イラスト aki様

ハッピークリスマス !  非公開にしていましたが再upしました。           2024.12.1

設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が この先もずっと続いていけぱいいのに……。 ――――――――――――――――――――――― |松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳 |堂本海(どうもとかい)  ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ) 中学の同級生 |渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳 |石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳 |大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?     ――― 2024.12.1 再々公開 ―――― 💍 イラストはOBAKERON様 有償画像

処理中です...