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始まる季節に空を見上げ 2

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 先生の家の玄関は二枚の引き戸が入口だ。今振り返れば離れの前の離れの家の玄関に似た物を感じた。立てつけは悪く、下の方を少しつま先で持ち上げる様にして開けるのがコツ。圭斗は器用に持ち上げる様にしてガラリと開けた様子を俺はカメラに収めていた。先生の家は入ってすぐ横、隣家側にトイレと風呂がある。トイレは山奥の家にはない下水完備。トイレの使用感の匂いは残れど配管からこみ上がる悪臭はない。トイレは手を入れていたのでそこまで昭和感はないが、慣れ親しんでいただけにそこまで嫌悪感はない。むしろまたお世話になりますと言う物だ。
 先生の家の小さなと言うには誤解はあるが風呂場は小さな窓があるだけ。窓からは隣の家の壁しか見えない。レトロ感あるタイルはの目地は真っ黒。悪いが風呂は作り変えだと決定した。玄関、トイレ、風呂の次には二畳の物置がある。いや、ただの畳の部屋だ。先生が色んな物を押し込めてただけで物置と勘違いした部屋だった。
「ここは潰して風呂場と脱衣所を大きくしよう。タオルとかの収納もちゃんと作ればちょうどいい広さになる」
「それは俺も思った」
 圭斗の提案にいずれ住むなら俺一人だ。部屋の数より一部屋の余裕を優先したいとその提案に乗る。
 廊下を挟んで向かいに台所がある。対面キッチンでもないし、当然アイランド型キッチンでもない。
「折角だからコの字型のキッチンにしようか?
 窓に向かってコンロ、部屋に向かって水道。壁際に冷蔵庫とかレンジとかおけるようにして、食器棚はその下に扉を作れば充分だろ」
「なんかコックさんが喜びそうなコンパクトさだな」
 二人していつか乗っ取られると笑うのは今撮影中だから。飯田さんともシェフとも言わずに俺達の動画の中ではコックさんと呼ばれるのは未だ慣れないと恥ずかしそうにするのを見るのも密かな楽しみ。
「四畳の台所のこの壁はぶち抜けそうだから。八畳の居間と貫通させよう。そしてその奥の六畳の和室と繋げてリビングにすれば随分広いぞ?」
「広いのもどうだかなー。四畳の台所と八畳の居間を合わせてLDKにして奥の六畳は客間で良いんじゃね?」
「そうすると北側の四畳半の部屋はどうする?」
「むしろそれを合体するべきだと思う」
「妥当なところだな。あと忘れていたが台所の裏の納戸はどうする?横の階段もそのままでいいか?」
 聞かれて俺は一つの提案をする。
「隣の家に外を通らずにつなげたい。納戸をその出入り口の場所にしたい」
 むしろそれが二軒買った理由だと盛大な野望を言えば圭斗の顔が盛大に歪んだ。
「雨漏りするぞ?」
 夢も希望もない現実的な答えに心が挫けそうになるも勢いで乗り切ってやる。
「そこはケイの腕でよろしくお願いします!」
「ならその後のメンテナンスも俺にお願いします!」
 動画では圭斗の事はケイと呼ぶ。全然伏字になってないのは俺の綾人のアヤと宮下翔太のショウと同じだ。
 廊下からまっすぐ伸ばすように隣の家に接続するもそれでも余るスペースは急な角度の階段を緩やかにするように、そして山の家を思えば狭い玄関をひろげることにした。それでも余るスペースは無理に物置にしたりしなくてもいいじゃないかとただ何もない広い空間になるのだった。
 それから二階に登り六畳二間の縁側付きの部屋を眺める。
 縁側の窓越しには座れるようになっており
「先生ここに座ってもたれながら駅の方を見ながらビールを飲んでたって言ってたな」
 少し寂しそうな圭斗の声に俺が記憶ではいつも階段の奥の部屋の縁側の所に座って足を放り投げてビールを飲んでいた姿を真似をする。
「こんな感じに。そんでもって夏場は窓を開けてビール飲んでた」
「ほんといつもビールだな」
「この部屋に厄介になってた時は俺はまだ高校生だったからビール飲ませてくれなかったけど、凄く美味そうだった」
 汗ばむ季節に少しだけぬるくなって汗をかいたビールを呷る姿。成長期を迎えてもそこまで大人としての特徴は色濃く出なかったためにあれが大人の男性だなんてぼんやりと見ていた事もあって、美味そうにビールを飲む姿に憧れてた事もあった。
 いつか通り過ぎる電車を見ながらビールを一緒に飲みたいと思った日もあれど、それは何時も山の奥の家の話しだったからついぞ敵わなかった夢の一つ。
 いや、なんか先生が死んだような言い方だがただ引っ越しただけで、またそのうちこの家が完成すれば一緒に飲む機会もやってくる。
 ふむ、それはそれで楽しそうだなんて夕涼みに一緒にビールを飲みたいと願ってしまう。
「「この二間はそのままにしよう」」
 俺と圭斗の声が重なった。それが妙にこそばゆくて、俺と圭斗は心のどこかで先生に父像を求めていた事もあり……幻滅もしたが、それでもこの遠い日の思い出は壊したくないと願った心が言葉になって、この二間は綺麗に磨き上げるだけに留める事にしたのだった。

 それから隣の家へと向かう。
 思い出をすべて置いて行かれた家には今は何も物は置いてない。
 まだ使えそうな家具どころか電気製品一つも残らず片づけてもらった理由は俺にとってこの家には一切何も思い入れがないからだろう。
 玄関を開ければ先生の家より広い玄関からそのまま土足で上がり込んでいく。
 ちなみに先生の家は一応靴は脱いだ。俺の潔さに圭斗もそのまま上り込めば
「この家は大改造するぞ!」
 俺の気合に圭斗のマジかというような驚きに頷いて
「風呂はいらない。台所は電気コンロが一口あれば良い。水道は欲しいし、トイレは水洗に変えよう」
「大改造だな」
 台所一間中心にコンパクトにまとめて後は土間にするぞ」
「耐震性に問題があるな」
「最低限二階を支えれば良し!」
「となるとこの台所の隣と廊下を挟んだトイレと隣の部屋も必要…二階を支えと柱と壁がある。これは抜けないぞ」
 とするとだ。
「この縁側は要らない。その上の二階の縁側も要らない」
「縁側っ子脱却か?
 二階の縁側も要らないとは吹き抜けにするのか?あまり暖まらないぞ?」
「居住区じゃないから良いんだよ。
 それに二階はうちの離れみたいに明かり取りが欲しい」
「まあ、この家は全体的に天井が低いからな。これで奥まで外からの明かりから届くな」
 言いながらも圭斗は綾人からカメラを取り上げて電源まで落とす。
 綾人が怪訝な顔をすれば
「一体何企んでいる?」
 言えよ。
 篠田で育っただけに忍耐強くあれど殴り合いのできる圭斗は綾人を逃さないと言うように捕まえればその握力に顔を歪め、隠すつもりがなかったと言うように口を開ける。
「いつか、宮下が帰ってきた時。
 仕事場が必要になる時が来たら……」
 そこまで言えば圭斗は何が言いたいか理解した。 
 ばっと振り返って室内を見ながら綾人の言いたい事を探る。
 長沢さんの工房はどうだったか。西野さんの工房はどうだったか。
 壁一面の道具の棚と長年貯まった材木達。ドア一枚がゆうに乗る大きなテーブル。糊付け後に水平における棚。
六畳一間でもできる仕事場だと言うが広さがあれば楽なのは言わなくても理解できる。仕事場から台所の水場も近く、ちゃんと休憩するスペースも来客を案内する場所もある。
 そして外に出ることもなく隣の居住区で自分の時間を過ごせることができて……
「おまえ気が早いのもほどほどにしろ」
 ひょっとしたらなんて考えない。
 最初の数年は絶対生活が難しいだろうから綾人のこの冬場の家に住み込みながら仕事をして、いつか譲る日が来ても良いと言うように準備しているのではないかと考えてしまう。
 人口二千人足らずの村の実家で仕事をしても客なんてまず来ない。どのみち帰ってくるとしても街中で暮らすことは必須だろう。
 その時に俺みたいに一から仕事場を作ると言う時間のロスと言う考え方を持つのなら
「まだ帰って来るか分からないんだぞ?」
「何言ってるんだか。
 ここは俺のいずれ冬場の避難所だ」
 ニヤニヤと笑いながらカメラの電源がが消えてるのを承知で俺はまだ数度しか侵入しただけのこの家の裏側に圭斗を連れて行く。
 そこにはこの街でも見られる山から湧き水を引き込んだ水場があった。中には金魚か何か祭りに屋台にいそうな魚が冬眠しているのかじっとしていた。
「あいつ長沢さんの奥さんに紙漉きも教えてもらってたの知ってるか?」
 知ってはいた。
 つまりなんだ?
 綾人はこの湧き水を使って宮下に紙漉きもさせようかと企んでいるのか?と睨みつけるような視線で問えば
「圭斗、紙漉きの機械の構造学ぶのも面白いかもな」
「おまえ楽しんでるだろ?」
 肩をすくめながら水場の片隅の座り
「植田達はもちろん宮下も圭斗も就職するならこの街から出て行けって願ってた。ここじゃ未来がなさすぎる。競争相手も成長する要素も数なすぎて、こんな山に囲まれた小さな街で終わってほしくないって願ってた」
 大都市から来てあの山奥で生涯を終えると決意した人間に言って欲しくない。
「だけど圭斗は帰ってきた。
 陸斗をあの家から連れ出す決意、すごく羨ましくって。だけどそれを望にも俺たちはもう自分でどこにでも行くことができる」
 街並みを見るように、向かいの山を見るように、そして広がる空を見るように視線を上げていきながらそれはいつのまにか圭斗の視線でひたりと止まっていた。
「街の外に逃した宮下が帰ってくるような事があった時は俺が全力であいつの居場所を作る事にしたんだ。もう公務員の時のような敗者の姿なんて晒したくない。今回は偶然とは言え宮下の器用さを見せるようにして外に送り出したんだから、戻ってきた時は堂々とさせてやる場所を用意してやりたいんだ。
 それがここじゃないと言われても、お節介だと言われるだろうけど一時的な場所になるかもしれなくても場所は用意しておきたいんだ」
 必死に訴えるその思いは病んでいく公務員時代の姿を思い出してのものだろうか。
 不器用ながら二度と大切な親友にあの時の想いはさせたくないと言う願いは嫌と言うほど理解できるから
「だったら最初にそう言え。
 長沢さんの家に偵察に行ったりして宮が使いやすいように設計してやる」
 あとは任せろと胸に拳を突き立てればほっとしたかのように笑う綾人はさっきの怖い未来を見据えて物を語る雰囲気とは全く違う子供のような笑い方をするんだなと俺の胸の内で呟くのだった。


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