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白銀の世界で春を謳う 9

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 週末、圭斗は山川さんを連れてやって来た。
 前日から待機をしている先生が陸斗を連れてくると言う一足早くお泊りに来た陸斗は朝早くから烏骨鶏達を堪能するようにかわいがっていた。そこに蓮司の入る余地はないが、高校生から烏骨鶏を巻き上げるような大人ではないので烏骨鶏の可愛がり方を見守りながら降り積もった雪によってまた一面の雪景色に烏骨鶏が運動する場の為の雪かきを黙々と続けるのだった。 
 一人っ子の蓮司としては素直で気の利く陸斗が弟ならと思うも蓮司の周りにはいない大人しいタイプに少し戸惑いを覚えながらもミルワームをわしづかみで餌を与える姿に真似は出来ないなあとミルワームの入った缶とその手はどうするのだ?と警戒するのだった。
 そんな二人をよそに
「綾人君久し振りだねぇ。またここに来れるとは思ってなかったよ」
 にこにこと烏骨鶏ハウスの二階に足を運びながら工事中の室内を微笑ましそうな視線で見守る。
「俺だってまた来てもらえるとは思ってなかったですよ。とりあえず資材は先に圭斗に集めてもらって運び込んでもらいました」
「うん。資材は揃ってるね。というか、ずいぶんいい雰囲気になったじゃないか。とても藁が干されてた場所とは思えないな」
 言いながら窓を大きく開ける。そこからの外の景色を眺めた後くるりと振り向いて室内を見る。
「贅沢な部屋だなあ」
「夏になったらここでランチするのもいいし、何か遊び場にするのは良いかもなって」
「うーん、ここでお泊りするのもありだな」
「下に烏骨鶏が居るけど」
「だけど防音はしっかりしてるんだろ?」
「匂いまでは保障できないかも」
 言えば山川さんも笑う。
「その為の杉の木じゃないのか?」
「思ったより烏骨鶏の方が強いかなって?」
 烏骨鶏の部屋を通ってきてるわけでなくてもなんとなく匂いを気のするのは当然だが
「それよりもなんでこの使用目的のない部屋を作ったりしたの?」
 少し厳しい目の山川さんに無駄遣いするんじゃないと無言で訴えられている。
 確かにこの俺のお節介は圭斗の為にもならないことはわかってるつもりだが
「とりあえず陸斗が高校卒業するまで後二年とちょっと。
 圭斗が責任持って高校を卒業させるための手伝いだったらいくらでもします」
 さらに厳しい目に
「陸斗の大学進学は俺が持つ事を約束しました。一円でも利息を払う金なんて勿体無いので。卒業してから返してもらいます」
 それは本当に彼らのためになるのかい?と言う視線だが
「だからって無償で貸すわけにもいかないので、理由をつけなくてはなりません」
「そしてこの部屋のリフォームか」
「それだけではありません。
 動画でこの一連をあげてます。少しでも圭斗の事を知ってもらえればと宣伝します」
「現実的じゃないなあ」
「良いんです。非現実的な願望を作るのが目的なので」
「ずるいなあ」
 僕だってやれたらやりたいよと本音を愚痴る山川さんに苦笑して
「それに動画の収益も馬鹿にならないんです」
「何?儲けてるの」
 好奇心を隠せない視線で俺を見つめる視線に負けてそっと耳打ちをすれば
「え?うそ?!
 そんなになの?!」
「圭斗には秘密です。あくまでもゲスト出演枠なので常識的な金額と差額は貯金してあります」
「なんだ。そう言う事なのか」
 あっけに取られる山川は苦笑しながら開け広げた窓から雪に染まる山々の絵画のような景色を眺め
「圭斗くんは知っているのかい?」
「教えてません篠田の家のがめつさは麓の街でも有名なくらいなので圭斗も知らない方がいいでしょう。いつか必要になる日が来る時に渡してあげれば良いかなって」
「それだけの収益があれば陸斗君の大学の費用もなんとかなるんじゃないのかな?」
「暫くやり続けてもらわないと無理ですよ」
 そんな直ぐに稼げるわけじゃないと言うもしばらくして山川さんは首を傾げる。

「続ける?」
 気づいてくれたかと俺は笑い
「古い街だからね。それなりに今時の機械じゃ手を出せないいい家が空き家状態で放置されてるんですよ。資産価値なし!改造し放題!圭斗も使いたい放題!
 やりがいあると思いませんか?!」
 山川は納得した。
 金のある奴らの仕事は突拍子もない企みから始まるのかと遠くに山に意識を飛ばしながら一つ決断する。
「巻き込むなら僕にも一枚絡ませてくださいよ」
「よし!無償で教師契約できた!」
「報酬は圭斗君同等いただきますからね!」
「いい金の亡者だ!それぐらいの正直者の方が大歓迎だね」
「くうっ!安定した収益は憧れるんだよ!今時土壁、漆喰を使った家なんてどれだけある!俺はペンキ塗りが仕事じゃないんだぞ!」
「左官屋さんも大変だなあ」
 心から同情すれば
「古民家復活プロジェクトだけでは食ってけれないので」
「それは嘘だな」
 なんて思うも昔ほど需要がなくなってるのは事実なので今はさておき将来的には確かだろうと聞いておく。
 幸いなことに山川さんは
「確か山を越えた隣の街に住んでたよね?通うことも可能な距離だし、いざとなれば拠点を作れば泊まり込みも可能だよね」
 え?俺何させられるのなんて顔を見ていたらなんだかどんどんやりたい事がふくらんでいく。見てみたい世界が広がっていく。
 見捨てられた家をみんなで綺麗に手直しして誰もが羨む家に生まれ変わり、また誰かと共に時間を重ねるなんて、それこそ人生の伴侶じゃなかと、あの生まれ変わった日の離れを思い出して興奮するも
「ああ、そうか……」
 山川さんが呟いた声に気づいて俺を見る。
 その視線に気づかずに呟いてしまった。

「俺は新しく作り直した家に住む人の、幸せそうな家族の笑顔を見たいのか」

 今もまだ手にできない、そして永遠に手に入れる事を拒んでしまった家族との時間に俺は今もまだ憧れていたのかと理解した瞬間さっきまでのワクワクとした心が家族を拒絶する心に反応して冷えて凍えてしまいそうになる。
「家を求めるのは何も家族単位じゃないぞ」
 がしりと肩を掴むように組まれた指先の強さで直ぐ隣に山川さんがいた事を思い出す。
 痛いくらいの指先に顔をあげて振り向けば真っ直ぐと遥か遠い山々に向けたままの厳しい視線で
「自分を守るための家があってもいいじゃないか。
 一人自分と向き合うための家があってもいいじゃないか。
 自分自身で立ち上がるための場所は誰にも必要なんだ!
 家は家族に幸せのためだけじゃない!」
 突然の嵐の如く噛み付くような言葉に綾人は呼吸を忘れて目と耳、いや、全身でその言葉に向けて受け止めようと吸収する。
「綾人君は友達の為に投資という形で一生懸命応援をしている!
 だけどそれは綾人君が知るひどく狭い範囲だけの話だ!」
 宮下だったり圭斗と陸斗だったり飯田さんや先生の事を指してだろう。
 当然だ。
 名前も顔も知らない相手に投資なんてできるわけがない。
 投資家としてどんな銘柄か会社かもわからないような株に手を出さない基本同様見知らぬ相手に信用なんてないのだからこの山を中心に生活をしていれば付き合いの範囲も狭いのは当然だと言いたいが
「いつまでもそれじゃあダメだ。
 だって綾人君はみんなの成長を促してくれているのに、君だけが今もずっと変わらないのは、見ていて悲しいんだ」
 山を睨む山川さんの目元から一雫の涙がこぼれ落ちた。
「色々なことに挑戦できる子がこんな狭い世界にとどまってたらいけない。外に出るのは厳しいかもしれないが、それでも外に視線を向けれるようになったんだ。だから誰かの幸せを応援する!
 顔を知らない相手だっていいじゃないか!
 綾人君が企画した家で誰かが幸せになる、それこそ俺たち作り手の幸せなんだから。
 綾人君一人で伸ばせる手はきっと数少なく大きくもないけど、それこそ適正な数値というものじゃないのか?!」
「そんなの、俺がわかるわけないじゃん……」
「だったら試してみよう。何か始めるのなら俺から内田に相談もしよう」
 圭斗一人では家は作れないからと遠回しの言葉は納得しているものに
「内田だけじゃ頼りなければ離れの時の奴らにも声をかけよう」
「山川さん、さすがにそれは大袈裟だよ」
 苦笑して話を終わらせようかと思うも
「若手の奴らだって綾人君に電気技師の資格取らせてもらって仕事の幅が広がったって喜んでいる奴らもいる。
 受ける恩は十分にあるんだから。今はまだ動けないかもしれないけど何かしたいと思った時、圭斗君だけじゃなく俺達にも我儘を言ってくれ」
「う、うん……」
 迫力に押されてしまって頷いてしまった所で山川さんは笑みを浮かべて俺の頭をくしゃくしゃと撫で回して階段を降りていった。
 何か決して大きな流れではないものの力強い流れに流されたような気がして頭の中の整理が追いつかない。
 だけど漠然とした何かを掴めそうで、ずっと燻っていた何かが動き出せそうで、具体的なことは何一つとして形になってないけど

「頭パンクしそう」
 
 情報の処理が追いつかない。一度冷静にならなくてはと言うように窓から飛び降りて雪山に沈む。
 ああ、うん。これはあれだ。

「つめてーっっっ!!!」
「なーにバカやってるんだ?」
 
 俺の喚く声に先生が飛んできてくれて回収され、全く馬鹿だなあとぼやきながらストーブの前へ連れて行かれるのだった。




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