上 下
217 / 976

冬の訪れ 6

しおりを挟む
 二軒の家を眼下に見下ろす斜面で二台のチェーンソーの音が響いていた。
 上島が昨夜のうちに自宅に木の切りだしをすると伝えてくれたので上島父が応援に駆けつけて来てくれた。
「それにしてもモリモリに切ったねぇ?」
 上島父事悠司さんが一本の杉の木をどんどん輪切りにしてくれて、長男の颯太が四分の一に切っていく。それを達弥と植田が運んで水野が斧でどんどん細かく切っていく。完全に分断作業だが、颯太を山で一人で切り出しをさせずに済んでほっとしつつ、先生は小型のデンノコで枝を切り落としてくれていた。珍しく役に立ってると俺は昼食作りに励むのだがメニューはシシ汁。
 今年の猪の肉でとのリクエスト。
 猪の肉と白菜、人参、牛蒡、里芋、薩摩芋、蒟蒻、葱と盛りだくさんなのがバアちゃんのシシ汁。味噌仕立てで大量に作る理由はこのシシ汁にうどんを入れたがる奴らが居るのでたっぷりと作らなくてはならない。ちなみにシシ汁のうどんとおかずはシシ汁。さすがに真似できねえ、と普通にご飯も炊いておく。悔しい事に俺が少数派なのはなぜだと思う。
 とりあえずお昼まで体力もたないだろうと早めの昼食の準備をすれば匂いを嗅ぎつけて集まって来たタイミングでお昼を頂く事になった。さすがに外でのお昼は寒いので離れの長火鉢を囲んでいただく事にする。頑張っておにぎりを山ほど結ぶ。勿論塩むすび。長火鉢なので五徳を置いて金網を置き、そこで焼きおにぎりを作る!醤油と味噌はセルフでどうぞといざ食べようと言うタイミングで圭斗が陸斗を連れてやって来た。
「受験生たちの勉強会か?」
 三年が揃っているだけに圭斗の感想なのだが
「いや、薪割要因に」
「お疲れ。何だったら手伝うぞ?」
 俺に薪割を教えてくれたのはジイちゃんだが、こっちに暮らすようになってコツを教えてくれたのは圭斗だ。圭斗の家も昔ながらの薪を使った風呂だったらしくそれなりにやらされたと言うのは聞かなくても判る。ちなみにスマホを見れば今から行くと何度も連絡があり、貸していた本を紙袋に入れて立っていた陸斗を植田は荷物を土間上がりに置いてご飯を食べようと座らせる。面倒見のいい先輩で宜しいと、俺の隣に圭斗も座らせるのだった。
「俺が居なかったらどうするつもりだよ」
「軒下に適当に置いて帰るさ。さすがに本は突かないだろう?」
 薪を割る音に敬遠している烏骨鶏達も人の賑わいに戻ってきて何やら頂戴とその辺をうろうろとしている。ちなみにあいつらは雑食なので骨の周りに残った肉を骨ごと転がしておくと凄い勢いで集まってくる恐怖の絵面が見れる。この間の熊のように食べるには難有の物でも内臓をペースト状にして鳥餌や糠と練り合わせて与えると喜んで食べてくれる。そのまま与える時もあるけど後片付けが大変だからね。昔の農家の知恵(バアちゃん)で冷凍で取り置きしながら与えると言う便利さ。ちなみに普通に冷蔵庫に在った時は止めてよと思ったのは心の中で訴え続けていた。まぁ、気が付けば俺もやっていて飯田さんがドンビキしているのを目撃した時にはちょっと笑ってしまったが、料理の手間か掃除の手間かという二択で俺は料理の手間を取っただけの話しだ。
「本の上に乗ったりはするけど、まぁ、もう読まない本だからね」
 だけどこいつらが読むだろうから当面は取っておこうと思う。
「こっちの二階に置こうかな」
「合宿の時読みたい放題だね!」
 植田が嬉しそうに言う物の
「お前ら卒業する気あるのか?」
 先生が焼きおにぎりを育てながらの呆れた言葉に
「こっちに帰って来た時のお楽しみと言う事で」
「家に帰れ」
 ここは旅館じゃないと言っておく。
「そういや推薦通りそう?」
 植田と水野に聞けば
「とりあえず十二月になったら書類を提出する事になるから。先生に推薦状はお願いしてある」
 水野の言葉に必死でこの町を出ようとする決意は本物だ。
 試験勉強もなく、面接もない専門学校の推薦だけど、こいつはすでに色々と準備を初めて何やら資格を取り始めていた。俺が適当に調べて薦めたITパスポートなる物は国家資格らしいから是非取っておけと、学校の授業内容にもそっているので挑戦させてみた。真面目に取り組んだのか一発で取得した辺りよく頑張ったと言って自信を付けさせていく。家を出ようとするこいつには必要なのは自分に対する自信だと、今まで縁のなかったコンピュータの基本を覚えるには十分だろうと、古いノートパソコンを一台貸してゲームでもいいからPCに慣れろと、今時スマホで十分だが、キーボードになれる様に貸しておいた。ちなみにスマホもJISキーに変えさせて徹底的に慣れさせる。俺に教えを乞うのなら基本だろとなれないキー操作に苦戦する姿を笑って見守るのだった。
「うちの子は三月まで胃がきりきりしますね」
 悠司さんは三年生の子供が同時期に二人いると言う苦しみに苦笑いをするが
「なんだったら推薦希望をしておけばいいじゃないですか。推薦が駄目でも一般で拾ってもらえる可能性もあるし」
「ええ、もちろん二人とも推薦を希望させてます。
 達弥は推薦通りそうです。むしろもっと上を目指せと言われてますが……」
「俺農大行きたいからエスカレーター式に乗りたい」
「まぁ、達弥なら行けるだろうな」
 都市部の学校も知る先生のお墨付きに兄弟でハイタッチ」
「むしろ学費免除の特待生狙って行け。テストの結果を見せてもらったり模擬テストの結果を見る限りじゃ上位何人かに特待枠あるはずだから、達弥なら狙えるぞ」
「うわー、すごいプレッシャー」 
 達弥が苦笑いするが、先生は中学生の進路指導までするのかと呆れてしまう。
「その代り一年は寮に強制住み込みだとさ」
「三年間住み込みの予定でーす」
「颯太と同居じゃないのか?」
 水野の疑問には達弥がきりっとした顔をして
「大学に上がったら考えます」
 念願の一人暮らしとは違うようだが高校生活を満喫したいのが良く判る笑顔に悠司さんも颯太も呆れた様に笑っていた。上島家でも話し合いは済んでいると言う状態のようなので外部の俺たちが口を挟むことじゃない。
「颯太の方は準備どうだ?担任からは合格ラインに居るとは聞いているぞ。夏からの頑張りが凄いと誉めてたぞー」
 抑揚のない声の理由は育てた焼きおにぎりをほおばっているからだろうか。そもそも食べながら話すのは止めろと言いたい。
「そう言ってもらえると安心ですねぇ」
 悠司さんがホッとした顔を見せるけど
「あとは高校受験の時みたいに当日にインフルにならないかどうかだけですね」
「それは先生も責任取れないよ」
 そんな事があったのかと言いながらもまたおにぎりを育て始める先生の隣で陸とも焼きおにぎりを育て始めていた。ちなみに陸斗は全く問題なく、どうすれば最下位の子が上位になれたのかと先生達の間でも話題に上がり、俺が勉強を見たと言う事を言えば俺の高校時代をする先生達は何も言わなくなったと言う……俺出席日数がギリなぐらいでそこまで悪いことしてないのにと理不尽に思うのだった。
「毎日勉強漬けも心配でしたが、たまにはこうやって体を動かしてくれたり思い出づくりじゃないですが友達とお泊りしたりしてくれるので親としては高校時代を満喫していると思って安心します」
 周囲に友達が居ないだけに余計にホッとするらしい。
「圭斗君にもバスに乗り遅れた時とか泊めて貰ったり、ほんと有り難いです」
「うちはお米や野菜を貰えたりしてありがたいです」
「なら俺の所からタンパク質持って行け。新鮮な猪の肉がフィーバーしてるぞ」
「当然貰って行く」
 きりっとした男前の顔で言うあたり、何かの労働と引き換えに貰いに来た事だけは理解できた。そう言う所真面目だなと思うもこれが良い関係を続けるコツだと思ってタダあげな真似だけはしないつもりだ。
「なら悪いんだけど、こっちの二階に本棚かなんか作ってもらえる?母屋の二階の漫画だけでもこっちに移そうかと思うんだ」
「材料は倉庫の使ってもいいのか?」
「使ってーって、ジイちゃんがどれだけ木材溜めこんだのか……」
「良い木材だよなー。本棚に使うにはもったいないよなー」
 それは確かにと思う。
「なんか安い木材でも買った方が良いかなあ」
「森下さんに一度相談してみる。内田さんだと何でも使え使えって言いそうだから」
 言うねと失笑。
 それ以前に貧乏性なのはお互い抜けないなあと笑いながら
「家二軒で薪も二倍。大変だな?」
「手が空いてたら薪割のバイト頼むわ。今まで宮下にお願いしてたから人手不足なの」
「相変わらず人使いが荒いな」
 笑いながらシシ汁にうどんを入れてもらった物を貰っていた。こいつ三杯目だぞと思うも出会った頃は食が細かったのでほっとしてしまいながら陸斗が作ってくれた焼きおにぎりを食べるのだった。

しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...