人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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冬の訪れ 1

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「それじゃあ、皆さん泥だらけだから縁側で少し早目の夕ご飯でも食べませんか?」
 まるで穏やかな小春日和のようなお誘いの声だった。
「僕も良いのかい?」
「時間も頃合いだし、皆さんもクラクションと銃声を聞いて戻ってくる頃でしょう。麓から来るにはまだまだ時間が必要でしょうし。着替えて準備をするので先にお風呂で埃を落して食べて行ってください。
 ただし一度撮影の方には連絡をしてください」
「あー、スマホの電源がね」
「俺から連絡しておきます」
 ポケットからスマホを取り出してサクサクっと連絡を入れてしまった。
「タクシーの幸田さんにも連絡を入れますね。あとで家にタクシー代を取りに来て下さい……って言う前に戻ってきた」
 オレンジ色のベストを着て猟銃を携えてやってきたタクシー運転手を見てどっちが強盗だろうかと言う驚きを多紀は覚えたが
「綾人君無事だった!」
「今回は飯田さんが居てくれたのでスムーズに仕留めれたはずです」
 言って熊を見て……失笑。
「こんな姿になったら食べれないじゃないか」
「散弾銃二発に鉈と鎌二つ。
 この熊もこんな凶悪な相手とよく戦ったねぇ」
 上手く生き延びたとしてもこれでは他の獣に狙われて生き延びるのは難しいだろうと鉈を抜いて首の筋を断ち切って死んでいようが関係なく確実に止めを刺してくれた。
「これは猟友会の方で処分をお願いするよ。鉛中毒はごめんだしね」
「さすがに二発分の散弾銃の玉を取るのは勘弁してほしいので」
 と言いつつも先にざっと汗を流してきますと母屋の風呂に入りに行ったはずなのにすぐに戻って来たシェフ君は私に浴衣を差し出してくれた。
「伯父が使ってる物で良ければどうぞ」
「ああ、着替えも持って来てもらわないと。間に合うかな?」
 再度連絡してくれたが
「いや、ありがたいと言うか何と言うか」
 浴衣を受け取れば綾人君に五右衛門風呂を案内してもらう。使い方は知ってるからと言えば俺は熊を処理してきますのでと何処かへと行ってしまった。
 ぽつんと取り残された僕はさっきまで熊がたむろっていたのにと怯えながらも風呂に入る。五右衛門風呂なんて子供の時以来だろうか。いや、撮影で地方に行った時にこういった旅館に何度か泊まった事がある。とは言え予約制で庭の景色を楽しむ囲いの中の生活だったが、ここでは程よい高さの窓から雄大な景色が良く見えた。
 向かいの山は綾人君の動画のオープニングにもある山だったか。なんて言う山々だろうかと今更ながらに何も知らない事に気が付く。
 とは言え本当にこの風呂を作った人は良くこの景色を知ってらっしゃると当り前の事だが関心をしながら簡単に頭からお湯を浴びてしっかり肩までつかったり、窓べりにへばりついて夢うつつと景色を堪能していれば賑やかな声が聞こえてきた。きっと綾人君達が言っていた人達が帰って来たのだろう。
 それならばここは譲らなくてはと風呂から上がってシェフ君から借りた浴衣を纏う。
 そう言えば何て名前だっただろうか。飯田さんと呼んでいたが僕もそう呼んでも構わないだろうかといつの間にか用意されていた下駄もありがたく借りて玄関に回ろうとした所で
「多紀さん、こちらが近道なのでどうぞ」
 シェフ君、もとい、飯田君が勝手口から姿をひょいと出して手招きしてくれた。
 まるで冒険でもしているかのような思いで勝手口からお邪魔をすれば冷えるので一枚上着を着てくださいとカーディガンを渡されて有り難くはおらせてもらう。
 なぜなら少し来ない間にこの山はすっかり冬になってしまっていたのだ。
 そう言えばここに来る間の山々の紅葉の見事な事。
 木々の一年の終わりを迎える姿にまだ十一月に入ったばかりだと言うのにもう冬なのかと、東京はまだ暑いのだろうかと少しだけ懐かしく思う。
「すみません。今年付けた白菜の香の物ですが先に一杯のみますか?」
「おや、頂けるのかい?」
「吉野の主人がお招きしたお客様に粗相は出来ないので」
 にこりと笑えば
「ただいまー!」
「クラクションと銃声が聞こえたけど大丈夫か?!」
「飯田君!綾人君は!」
「裏の処理場に居ますよー。
 ちょうど幸田さんが近くにいらしたので手伝ってもらってるはずです」
 幸田が?と頭をひねる皆さんに僕は顔を出して「お邪魔してます」と挨拶をする。皆さんもちょこんと頭を下げて裏に行くと言いながら飯田君にまだ生きてる野兎を渡していた。
「まぁ、これぐらいならここでもいけるでしょう」
 言いながら野兎をいきなり〆た。
 シャクシャクと白菜を口に運ぶ視線の先で飯田君はボールを取り出して腹を一気に捌いて臓物を取り出した。 
 シャクシャク……
 白菜と酒が進む音だけがとにかく響く中、山水を引いていると言う蛇口で兎を水で流しながら首を外して皮を一気に外す。
 シャクシャクシャクシャク……
 白菜もお酒も止まらない。
 肉の塊となった兎に体重をかけてぎゅうぎゅうと押しながら血抜きをする。あっという間だなと気が付けば酒も白菜もなくなっていて、兎を晒でクルリと巻いたかと思えばお酒と煮物を器に取り分けてくれた。
「おかわりをどうぞ」
 綺麗に洗った手の指先は冷たい山水で冷やされて真っ赤になっているものの、首筋に張り付く短い髪は汗ばんでいて鮮やかな作業にもかかわらず重労働だった事を証明している。
「手馴れてるね」
「このサイズだからですよ。それにフランスでも師匠に散々仕込まれたので」
 きらりと輝く汗と笑顔が眩しい。
 台所に戻れば晒を外してペーパーナフキンでぐるぐるとくるんで最後にラップで巻く。
「冷凍庫で凍らせて来週には食べれますね」
 満足げに笑うも少し意地の悪い顔をして
「ああ、多紀さんは東京に戻ってしまうのでしたね」
 ニヤリと悪魔的に笑う。
 喰いたかろう、でも食べさせてやらない。そんな視線に思わず羨ましくないもんねと握り拳を作ってしまうも
「良ければご自宅の住所を教えてください。この冬の間に兎はもっと取れるはずなので。
 猟のシーズンはまだ始まったばかりなので初物はまず綾人さんの家に納めるので。取れた余剰があれば東京で作ってお持ちします」
 うちの職場でもジビエ料理の研究は楽しみの一つなのでと笑う飯田君は意外と意地が悪いのだなとお願いしますと言う言葉と共に日本酒をすすった。




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