人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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バーサス 4

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 犬……もとい、飯田さんは畑を駆けまわり、烏骨鶏達を庭に放しがてら卵を収穫して朝ごはんを作る。そこに一つ仕事がプラスされた。
 竈から燃え残った薪を離れの竈オーブンにくべて火をつける。
 どんどん薪をくべて火を回して竈オーブンを温める様子は命の炎を灯すようなそんな儀式にも見える。そこから後は自然に火が消えるまで放っておけばいいと言う。
 ご飯の用意が出来たら炊き立てのご飯を仏壇に供えて水も替えてくれる。律儀にお邪魔しますと言って線香もあげてくれるのだから、お父さんとお母さんの教育のたまものだろうと感心するのは当然だ。
 飯田さんはご飯を食べてさっと風呂を入った後はお楽しみのバアちゃんのお酒を何時もの通り一種類ずつ堪能する。
 週末来たばかりなので少し残るお惣菜を肴に新しい家の評判を飯田さんに聞かせれば、飯田さんは弟さんの様子が少し変わった事を話してくれた。
 ここでの体験は弟さんには良い変化をもたらしてくれたようでお父さんの居ない調理場で少し居場所が出来たようだと言っていた。
「どんな変化があったんだか」
 俺が見て居たのは飯田さんに蹴られまくってる姿と高校生達に絡まれている姿ばかり。良くも悪くもあいつら人懐っこいからなと植田と水野のフレンドリーすぎる絡みが苦痛じゃなくってよかったと胸を下ろすばかりだ。
 お兄さんとは違って箱入りすぎるだろうと人見知りのある弟さんを哀れに思うのだが、高校生達のおかげで年下の扱い何て雑で良い事が分ったようで、なんでも修行に来る年下の人達と話が出来るようになったとかそこからのレベルからだ。確か今年二十五歳になると聞いていたけど、いろいろ辛いなと自分を棚に上げて思うのだった。
「新人がどうやらジビエではなくても鴨とか猪とか鹿とか、日本の昔からある食材も気になってるとか言う話から、近くでも食べさせてくれるところもあるからって食べに行こうって話になってね。
 あとあいつ宮下君とも連絡先交換してて今度遊びに行くなんて言ってましたよ」
「いつの間に……」
「宮下君が今いる所は実家からじゃ少し遠いけど確か日本海側だろ?魚の話しをしていて何やら魚を釣って食べようとか企んでいるらしい。魚なんて釣った事がないくせに」
「ふむ、そうと聞いたらぜひ動画を撮ってくるように命じないとな」
 言えば俺の下手な釣りの様子を思い出してか声を立てて笑う飯田さんはよほどホッとしたようにあの日作ったジビエメニューを色々と聞いて来て鬱陶しくてたまらないと嬉しそうな声で語るのだった。
「では先に休ませてもらいますね」
「どうする?せっかくなら離れの二階、独占しても良いよ?」
 言えば嬉しそうな顔をするも
「折角ですが俺はいつもの客間をお借りします。
 なんだかんだ見慣れてしまって、縁側の雪見障子から見える裏庭の景色が好きなんですよ」
「大雨の日は間違っても寝ちゃいけない部屋だけどね」
 大雨の予定はなし。それなら好きな景色が見える部屋で寝るのが一番だろう。
 まだ昨日の夜で霧が深い中を車を走らせてきた飯田さんもさすがに疲れたと見えて後片付けは任せろと言って布団に押し込もうとした所でクラクション。
 誰だと飯田さんは俺を見るも
「ほら、映画監督の多紀さん。
 どうもここが気に入ったらしくてあれから毎日のように突撃があってね」
 うわぁ、とドンビキな飯田さんの顔を見て正直者めと心の中で突っ込んでおく。
「どうします?挨拶した方が良いですか?」
 眠たくて半分目が座ってる人の挨拶とはどんな意味だろうと思うも
「大丈夫だよ。すぐに回収班が来ると思うから挨拶して時間を潰してひきとってもらうよ」
「本当に大丈夫ですか?
 そうやって俺みたいに懐く人が増えますよ」
と俺のチョロさを飯田さんは指摘するも
「俺の利益にならない人と仲良くするつもりはないから」
 飯田さんには美味しい料理を、大工チームには今回仕事以上の心遣いを、宮下や先生達には世間との繋がりを。
 なのに多紀さんは自分が得するばかりで俺に返す事を何一つもたらすどころか示してもいない。
 よく田舎の人間は何でもくれて心が広い人ばかりだなんて思われがちだけど、これだけの過疎だ。助け合わなければいけないからこその気遣いが満ち溢れている話しだと言うのを曲解した解釈にはまだ若い俺はがぜんNO!を突きつける事の出来る東京育ちだ。勿論本当に困っているのなら手を差し伸べるけど、多紀さんの場合は居心地を求めるばかりのノーリターンな訪問者。
 こちらからは楮畑の使用許可を沢村さん経由でいろいろ話を付けてもらっているので、俺が入らない方が良いに決まってる。見返りは映画会社から使用料と言う一日五千円と言う形ばかりの金額で返って来てるのでお互い納得済みの話しだからこの件に関しては口を挟まないつもりだ。なので、全く持って多紀さんからのリターンが無いので無視をするだけだ。
 さて行くかと、玄関を開けて行けば
「綾人君おはよう! 今日も烏骨鶏達は早起きだねぇ」
「多紀さんおはようございます」
 なんて挨拶をしている間にもクラクションを鳴らしながら一台の車がのぼってきた。いいストーカー具合だとすぐに側で止まった車の人達とも朝の挨拶をして
「さあ、お仕事の時間です。
 霧はもう少ししたら晴れるかもしれないし一日雨になるかなんて山の天気は良く判らないので気を付けてください」
「ああ、綾人君のクールさがたまらない」
「監督、バカ言ってないで帰りますよ」
「吉野さんにもご迷惑をおかけしましてすみません。
 よろしかったらこれ俺のスマホの連絡先ですので、監督が仕事抜け出してくるかもしれないのでご迷惑に来た時は迎えに来るので連絡をください」
「あ、頂戴します。あとで一応メッセージ送っておきますね」
 スマホが無いので仕方がないと言っておく。
 言いながらすぐに多紀さんは自分の車とは別の方の後部座席に放り込まれ、もう一人の人が多紀さんの車を運転するのを見て二人組で来た理由はこれかと納得するのだった。
 そんな中窓が開いて
「綾人君!僕は諦めないからね!!!」
「監督言ってること気持ち悪いですよ!」
 なかなかいい助手さんだと手を振りながら見送るのだった。
 霧で見えない車の見送りは早々に切り上げれば一応玄関で心配してか待っていてくれた飯田さんは
「なかなかの強者ですね」
「そして助手さん達の労力が忍ばれる」
 何事も忍耐だ。がんばれとエールを送れば飯田さんの大きなあくび。
「竈の火は俺が見ているので一休みしてください」
「すみません。さすがに限界です」
 そう言って何故か囲炉裏の側に布団を持って来て寝る様子に雪見障子越しの景色が見たいんじゃないのと心の中でつっこみながらも今日の天気の様子にノートパソコンを一台持って離れで仕事の続きを始めるのだった。

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