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これもまた山暮しのお約束 4 

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 おかゆを食べた綾人は部屋に戻らずそのまま居間に居座った。部屋に戻れと言っても居座った。ちょっと体調が良いからと言って居座った物の
「熱だして声ガラガラなんだから寝てろよ」
「寝すぎて寝れないの」
 カサカサの声で囲炉裏を囲んで毛布をかぶりゴロゴロと寝転がっていた。この寂しがり屋め……心の中で毒づくも、捨てられた犬のような目でここにいても良い?と無言で訴える視線に結局は許してしまうのだが
「それが風邪の原因だろ?」
「判っててもやめられない風邪の原因」
「綾人さん、とりあえずお昼寝マット持って来たからそこで横になってください。少しは温かいですよ」
 お昼寝マットではなくせんべい布団を持って来た陸斗に綾人は器用にも三分の一程をぐるぐると巻いてそこに頭を乗せて寝転がっていた。手慣れてるなと感心してしまう。
「熱はどうだ?」
 先生がおでこに手をペタンと乗せれば
「まだ少し熱いな」
「薬で何とか下がってる。頭痛も治ったし、明日には治るのが毎年のお約束」
「ったく、判ってるならちゃんと自分で対策をしろ」
 頭痛が収まったと聞いておでこをぺしりと叩く。いいぞ、もっとやれー!と心の中で先生に訴える。おでこを叩かれて守りに入るように背中を向けて背中を温めだした綾人をしょうがないなと思いながらも飯田さんが教えてくれたはちみつ金柑湯を作る。喉が痛い時ははちみつみたいなとろみが良いのだろうか。俺も作って飲めばこってりとした甘さになるほどと納得。喉に張り付くと言う感覚と普通に美味いと病人にだけにやるにはもったいなくってみんなの分も作って試飲をしてみる。陸斗の分は……熱湯でアルコールが飛んだと思う事にした。
「あー、甘すぎてせんせーには無理だわ。どうせならはちみつじゃなくって焼酎で割って欲しいな」
 難しい顔でも何とか呑み干し、有言実行と焼酎に金柑を入れて飲む顔は満足げな物。そして陸斗は自発的にお湯を足していた。
「甘すぎたか?」
 湯呑の底に沈んだ金柑を眺めながらそっと口を付けて
「これぐらいがちょうどいいかも」
 どれぐらいだと一口飲めばたしかにこれなら飲みやすいと納得する。陸斗は最後にお楽しみと言う様に金柑を口に含んで、種も出す事無く食べ終えるのだった。
 生家の庭には金柑の木があって、肥料は腐葉土、時々油かす……を加えたいもののあの家が畑以外に用意するわけもないのでこっそりと古い天ぷら油を庭に撒くのだった。雑草が生い茂った庭に家族は来ないがやっぱり匂うので猪とかが寄ってくるけど一応人の家の側なので庭の中まではやってこない。ちなみにこの方法は苦肉の作なので真似してはいけない。一歩間違えば環境汚染。下水のない綾人の家で言うのもなんだけど。
 そんなわけで金柑は篠田家では貴重なおやつだった。親父達が食べるわけでもないので俺が剪定の方法を学んで香奈と陸斗に教えたおかげで沢山の実がなって、宮下の家に持って行けば砂糖漬けを分けてもらえたのだ。冬の楽しみで、陸斗の好物でもあった。そう言えば綾人の家には金柑が無いな、ないわけがないと思えば
「金柑の木はないんだな?」
 一応何処かに植わってるのでは?と聞くも
「下の畑に植わってたと思ったけど猿が取って行くから面倒見てない」
 下の畑とはこの家を基準とした宮下商店までの道路の土地のどこかに在る畑の事を指す。縁側から見える範囲しか知らないからどこだと聞けば
「明日熱が下がったら教える」
 まだまだぐったりと横になって明日なんて大丈夫かよと思いながらも俺には少しこの囲炉裏の周囲は熱いので台所の隣の部屋に布団を敷いて
「先に寝るから綾人もちゃんとベットに戻れよ」
 九時過ぎだったが本日肉体労働の為に眠気を要求する体にお休みなさいと言えば
「俺はもう少し勉強してるね」
 誰に似たのかしっかりと宿題を持って来た陸斗は綾人が二階に襖が無いけど電気ヒーターがあるから使えと言って陸斗のお気に入りの部屋に行っていいぞと許可を出す。まぁ、そこまで寒くはないけどと思うも二階に上がって陸斗はすぐに降りてきた。
 どうしたと先生は言うが、気になる本を抱えて戻って来た陸斗は
「襖が無いって寒いんですね」
 本を置いて囲炉裏の火にあたる姿に夏でもエアコンなしの快適なここの標高の高さを思い知ったようだった。
「一度温かさを覚えると寒いんだよな」
 焼酎から日本酒に切り替えて五徳に水を張った鍋を置いて熱燗を楽しむ先生は頷きながら
「酒臭いけどここで宿題をすればいい」
 なんて、どこからか持って来た銀杏をもう一つの五徳の上に金網を置いて殻ごと焼きだすのだった。
 良い匂いさせるその横でと思うも、陸斗は何やらサツマイモを茹で始める。
「陸、おやつにサツマイモか?」
 こんな時間にと思うも綾人の家を使いこなしてると感心すれば
「茹でたサツマイモをスライスして炙って食べると美味しいんです」
 楽しみという顔を見てそっと視線を背けた。
 高校生のおやつにしては渋すぎるだろ!!!
 裕福じゃないのは判ってるが、何だか侘しすぎて涙が出るのを隠すように兄ちゃん頑張るからなと布団にくるまるのだった。

 そして朝。
 ごとごとと言う物音に目を覚ます。
 ちぐはぐな襖をすきまを開けるように開ければ綾人が台所の竈に火をかけていた。どうやら竈でご飯を炊くらしい。二合しか焚けない炊飯器ではこの人数は無理と見たか米をとぐ音を耳にくすぐったく聞こえる。じゃーと水を切る音を聞きながら手を伸ばして大きく開ければ
「悪い、起こした」
「俺よりも体調は?」
「もう大丈夫。冬のお約束だから」
「そんなお約束辞めろ」
 素で言うも綾人は肩を竦め
「気温の変化に気を使わない家だからストーブや囲炉裏を使いだすといろいろあるんだよ。バアちゃんが居た時は俺の居ないうちに家じゅうに煙を回して換気してくれるから問題なかったんだけどな」
「だったら畑に居るうちに煙を回せよ」
「そうは思うんだけど、なんと言うか、温かさの魔力に勝てなくて」
 真顔で言われても睨みつけてしまうが
「それよりももう少し寝てれば?起きるにはまだ早いよ」
「そう言うお前は?」
「俺はさすがに寝すぎて体が痛いから起きる」
 時計を見れば朝の四時。確かに起きるには早すぎてついこの間まではこの時間なら明るいと思っていたのにと懐かしがっている間に陸斗が起きてきた。
「おはようございます」
 しっかりと着替えてきた陸斗の手の本を見て思い出す。綾人が倒れたと言う大げさと言うにはあながち間違いでもない情報に焦ったものの、本人だけがけろりとしている始末。そこで忘れかけていたが
「テスト勉強はどうだ?」
「大体大丈夫。数学も出来るようになったよ」
 頼もしいと数学なんて何の役に立つと捨てた俺は弟の出来の良さを自慢したくなる。
「学校の方はどうだ?」
「先生の言ってる事が判るようになったから大丈夫。だけど数学は応用問題になるとやっぱり難しい」
 だけどまだわかるから面白いと下田と葉山と中間テストの予測問題を解いていると言う。問題が解けるようになると勉強が面白いと言う陸斗に綾人は部屋に戻ってプリントの束を持ってきて渡すのだった。
「前と同じ解き方の例題を見ながら基本を解いて問題に慣れて行こう。そしたら応用問題だ」
 言いながら問題用紙を広げて例題に沿って問題の解き方を教えて実際一問目を一緒に解いて行く。ウトウトとしながらその声を聞いていれば二問目の小さな指摘をする声を聴きながら、三問目ぐらいからは俺はまたウトウトと眠りに誘われる。
 これは高校生の時から、いや、中学生からの癖だなと、眠気に負けるのだった。



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