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焦って急いでも着地地点は結局同じ、と思ったら大間違いだ 7

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 綾人さんによって鍛え上げられた精神に私はスマホを取って圭ちゃんに電話をかける。うん。ここスマホの電波飛んでてほんと良かった。
 恥ずかしい思いをする所だったが驚いて目を見開く翔ちゃんを無視して
「あ、圭ちゃん?翔ちゃんがね、就職する事になったらしくってバイト辞めたんだけど、まだ綾人さんに言えなくって帰るに帰れない状況になってるんだ。
 とりあえず驚かせないように先に軽く伝えて置いて。じゃあご飯買って帰るね~」
 ぶつりと電源落して通話を終了。
 何て事してくれたんだと顔を引き攣らせている翔ちゃんに
「話しちゃった」
 てへぺろって笑いながら
「翔ちゃんはビビりすぎだよ。それに連絡は早い方に越した事はないって綾人さんなら言うしね!
 そりゃ綾人さん本当に怖い時は近寄れないけど、翔ちゃんには誰より心配してくれているだけだから。そんな怖がらずに話をしてみようよ」
 噛み付かないからさと翔ちゃんの手を引いてもうしゃべっちゃったんだから逃げても無駄だぞー。こうなったら早く帰ろーと車へと引っ張って歩く。
 こうやって手を繋いで歩くのは久しぶりだな……
 きっと京都に行ってそこで落ち着いて可愛いお嫁さん貰って翔ちゃんにそっくりな子供が出来て……
 隣を歩くのは私じゃない。
 寂しい……
 初恋は実らない、そんな言葉の通りになるのだろうと溢れだしそうになる涙をきゅっと零さないように押しとどめて翔ちゃんの未来が明るくなる様にこれからの未来の話しに意識を向けるのだった。




「ったく、お前はそんな大事な話いつまで黙ってる気だったんだ」
 第一声は先生の静かなお叱りで、隣で綾人は腕を組んで頷いていた。
 居間は高校生に占領されているので台所で机の上にこんもりと盛られた惣菜などを囲んで宮下から話を聞きだした所だが、先に話を聞いた絶対宮下派の香奈は宮下の味方だと言う様に隣に寄り添っている。圭斗の複雑そうな顔が妙に笑えた。
「だって、また反対されるかと思って……」
 まるで尋問を受けているような小さな声に綾人さんは溜息を零すも
「反対する理由なんてないだろ。
 物作りはお前の一番得意とする所。しかも長沢さんの紹介。一人暮らしもした事あるし、正直保険も企業年金もないのは不安だけどそこは自分のやりたい事をやるんだから文句は言えんだろう」
「はい。健康第一を心がけます」
「でも綾人の理想通りに事が運んでよかったじゃないか」
 第一声を言って気が治まったのかデザートのマスカットを口に運びながら先生はにやにやと笑う。
「理想通り?」
 圭斗も小首をかしげる中綾人は苦い顔をして本音をぶち撒けた。
「幾ら実家暮らしとは言え年収二百万以下何てどう考えてもワーキングプアだ。今はおばさん達が元気だから良いとはいえ、いずれ働ける事も出来なくなるだろうし、この過疎の村であの店だけじゃ食っていくに困る事になる。兄貴と二人支え合って行くのもいいかもしれんが、老老介護となった時お前らに何が残ってる?財産はもうあの店だけだし、いつまで商売やって行けるか判らんだろう。
 こんなの考えてた時はあの義姉がいた時にどうやってお前を家から逃がして独立させる為に考えていたんだが、内田んさんの所に弟子入りしてもらえればとか、森下さん達の誰かについて行けばなんて考えてたんだけど。
 長沢さんの知り合い、いいじゃないか。贅沢さえ言わなければ理想その物だ」
 京都に行くと言うのは想定外だったが、独り立ちしようとしてる宮下を止める理由にはならない。
 だが、逆にすんなりと受け入られ後押しされる状況に不安を覚えている顔の宮下に俺は仕方なく本音を添える。
「お前が居なくなるのは寂しいけど、正月とかお盆とかそれぐらいは帰って来れるんだろ?」
「うん。そこは大丈夫。電話で話した内容だとその頃はお孫さん達も遊びに来るから仕事はしないんだって」
「だったらいつでも会えるじゃないか」
 ここからならインターまで二時間、そこから二時間で京都。休憩込みで五時間あれば行けるだろし、電車なら新幹線に乗り換えればもっと早い。
「意外と近いな」 
 スマホで距離を見ながら東京からならもっと早く行けるぞと香奈にこっちに来るより遊びに行きやすい場所だとさりげなく教えて置く。
「そうなるとこれから忙しいぞ」
「忙しいって?」
「引っ越しはまあ、慣れてるだろ。また一覧表作ってやるから一つ一つつぶして行く」
「うん」
「そして動画もやり方を変えなくちゃいけないから、広告収入ざくっと折半するぞ」
「広告収入……?」
 当の本人が小首かしげる様子に圭斗でなくとも先生も頭を抱える。
「え?だって機材買うのに使っちゃったとか……」
「ありがたい事にそれ以上に蓄えはある。家に帰ったら通帳見せるから。少しだけど引っ越し費用に充ててくれ」
 ざっくりとしか話してはないとはいえほんと大丈夫かと綾人も頭を抱えてしまう。
「ありがとう。溜めたつもりだったけど不安だったから、少しでも嬉しい」
 ぱーっと明るくなった顔にどんどん話は進んでいくも
「その前にお前らそろそろ昼飯にしよう。
 香奈の向こうに着く時間も遅くなるしな」
 それにこの時期は混んでいる。幾ら指定席を買ってあるとはいえギリギリに行動するのはよろしくない。
「じゃあ、私陸斗達に机片づけるように言って来るよ」
「ついでにお茶とか先に持って行け」
 空いたボトルに沸かしたお茶を詰め直して冷やした物を何本か持たせて行かせる。
「じゃあ温めれる物温めるから」
 宮下も惣菜を器に移し替えてレンジでチンする横で圭斗が簡単に味噌汁を作る。綾人が持ってきた茄子をたんまりと入れた茄子と油揚げの味噌汁だ。
 俺は炊き上がったご飯を解して炊飯ジャー事居間へと持って行く。一番大きな机はそこにしかないのでそこで揃って食べる予定だ。
 遠い台所と居間を往復して料理を並べ、そこで宮下の就職を発表してみんなでお祝いとなる。
 家族に報告してないのは問題だがそれは大丈夫だろう。もともと宮下は家の事ほとんどしてないと言うかお兄さんが離婚して少しずつやる気になった為に宮下の手はあればいい物と言う位になってきている。蕎麦畑もおばさんが張り切っているし、センスのなさはおじさんにカバーしてもらえればいいと……信じている。
 これから将来性の望めない限界集落からの旅立ちはおじさん達にすれば寂しくもほっとするだろうと、俺は寂しいと言いたくなる言葉を何度も呑み込んでその門出を祝う事に集中するのだった。
 

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