上 下
81 / 976

生まれ変わりは皆様とご一緒に 5

しおりを挟む
 普段は朝靄の中から姿を現す飯田さんだが今日は雲の間から星空を覗かせる時間にやってきた。
 だけど相変わらずの車から降りて
「明日の食材を受け取ってきたので冷蔵庫をお借りします」
「それはいいけど、今合宿してるからそっちのと混ざらないようにお願いするけど……」
「それは大丈夫です。こっちもプロなので」
 さすがシェフと思うも飯田さんが抱えた箱には明日の日付と中身の材料。そして
「勝手に使ったら捌く。飯田。……って」
 何のプロですかって聞きたいがこう言った管理のプロだったかそれ以上の意味ないよね?と無理矢理納得をすれば助手席の扉がガチャリと開いた。
「綾人君今晩は」
 サマースーツを着て車から降りてきたのは
「え?青山さん?え?お店は?」
 突然の訪問に思考が追いつかなかった。
「あはは、明日茅を降ろすって聞いたから最期に見にきたって言うのとお盆も近いからね。挨拶にも来たんだ」
 言えば初めての遭遇の先生を見てにこりと笑う。
「今晩は。お休みの所に煩くしてしてしまい申し訳ありません」
 スマートな動きで頭を下げての謝罪。競争相手も多く流行り廃りも早い東京で単価の高い客商売を十数年も続けていられるのはこう言った所作はもちろん相手を不快にさせないスキルがあっての事。美味しい料理ぐらいだけではあっという間に忘却の彼方へ送られてしまう中で美味しいにプラス何か、それを学び尽くした青山さんの店は徹底した従業員への教育も一役買っている。
 何度か招かれて食事をした事はあるが、最初から最後まで居心地が良く、俺みたいなガキでも最上級の顧客と言うように扱ってくれてそれのどこにも嫌味を感じることがなく最初の緊張が嘘のように給仕を受けることができたのだ。
 そんな接客のプロの謝罪に先生もシャツと短パンと言う家着スタイルを恥ずかしく思ってか
「こちらこそこんな格好で申し訳ない。まさかこんなに早くお見えになるとは思わなくって……」
 相手はサマースーツに革靴だ。さらに三時間の長旅の疲れを隠さないその立ち姿に対して洗い晒しのヘアスタイルの先生が勝てる要素はどこにもなかった。
「それより中に入って下さい。どうぞ休んでください」
 家に入って足を伸ばすように勧めるも
「叔父さん、休むのは食材を片付けてからですよ。運んじゃって下さい」
「ああ、ごめんね。食材運んだら先に手だけでも合わさせてもらおう。明日の朝になったら改めてご挨拶させてもらうか」
「ご丁寧にありがとうございます」
 感謝をしたところでサマージャケットを脱いで袖のボタンを外して袖をめくる。
「夏でも長袖、暑くないんですか?」
 何て聞いてしまうも
「この格好も仕事のうちだよ」
 にこりと微笑み
「それに東京に比べたらここは別天地さ!」
 ただいまの気温二十二度。エアコン入れても涼しいこの気温はこの季節手に入れるのは困難。むしろ東京から来たばかりなら寒いくらい!
 袖を伸ばしボタンを止める。ジャケットは流石に着ないがそのまま荷物を持ち上げる。
「薫、荷物の指示を」
「野菜は台所に。肉は冷蔵庫に。
 明日使うので冷凍せずに」
「じゃあ調味料も台所でいいね?」
「はい。もう少ししたら小山達も来ます。食器や盛り付けは山口も来るのでお願いするので叔父さんは大人しく座ってて下さい」
「薫、叔父に対してその言い方酷くない?」
「あんたはいつものようにコンダクターでいてくれれば良いんだから」
 なんとなくポジションはわかった。だけどその前に
「薫?」
 聞かずにはいられなかった。
「飯田薫。私と薫の母が付けた名前だよ」
 ほんの少し飯田さんをかわいそうな目で見て
「生まれる前までずっと女の子だって思われてたからね」
 ユニセクスな名前とは言えお腹に居る時から呼ばれ続けた名前をそうそう変える事はできずに定着した音は今も生き続けたと言う証だが
「因みに弟は庵です」
 音は同じでも漢字は違っただろう母親の娘が欲しいと言う執念を感じる。
 俺は今まで飯田さんの名前を聞いたことあったような気もするけどと言う程度の馴染みに改めて
「薫さん、明日の昼食の料理よろしくお願いします。後あいつらの朝食も」
 台所にやってきた所で改めて言えば
「綾人さん。叔父に何聞かされたか大体わかりましたが良ければいつものように呼んでください。でなければ……」
「でなければ?」
 なんだと言うのだと思うも俺には釜オーブンと言うカードがあると言うように見た目に反した可愛らしい名前の持ち主に向かって口角を上げていれば
「ポテトグラタンは前回で終了になりましたね」
「飯田さんってば面白い冗談言うんだから~」
 やだなあなんて言いながら俺はポットで沸かしたお茶を淹れる。バアちゃんに扱かれて美味しく淹れれるようになったお茶は今の所飯田さんの首を傾げる事はさせていない。
「青山さんも上がってよ。お茶でも飲んで下さい」
 なぜか先生を含めて全員が俺から顔をそらせていた。
 ふっ、なんとでも言えよ。
 胃袋を握られた相手に勝つ見込みはないと言い切るが良い!
 なぜか飯田さんはかわいそうな子を見る目で俺を見て
「叔父さん、早く荷物片付けて御仏前に挨拶しましょう」
 その返答は誰も返さず、代わりに漆黒の闇が広がる山間に静かな笑い声だけが響いていった。


しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。

山法師
青春
 四月も半ばの日の放課後のこと。  高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

雪那 由多
ライト文芸
 恋人に振られて独立を決心!  尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!  庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。  さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!  そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!  古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。  見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!  見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート! **************************************************************** 第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました! 沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました! ****************************************************************

アマツバメ

明野空
青春
「もし叶うなら、私は夜になりたいな」 お天道様とケンカし、日傘で陽をさえぎりながら歩き、 雨粒を降らせながら生きる少女の秘密――。 雨が降る日のみ登校する小山内乙鳥(おさないつばめ)、 謎の多い彼女の秘密に迫る物語。 縦読みオススメです。 ※本小説は2014年に制作したものの改訂版となります。 イラスト:雨季朋美様

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多
大衆娯楽
夜月燈火は亡き祖父の家をカフェに作り直して人生を再出発。 高校時代の友人と再会からの有無を言わさぬ魔王の指示で俺の意志一つなくリフォームは進んでいく。 あれ? 俺が思ったのとなんか違うけどでも俺が想像したよりいいカフェになってるんだけど予算内ならまあいいか? え?あまい? は?コーヒー不味い? インスタントしか飲んだ事ないから分かるわけないじゃん。 はい?!修行いって来い??? しかも棒を銜えて筋トレってどんな修行?! その甲斐あって人通りのない裏路地の古民家カフェは人はいないが穏やかな時間とコーヒーの香りと周囲の優しさに助けられ今日もオープンします。 第6回ライト文芸大賞で奨励賞を頂きました!ありがとうございました!

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ
青春
誰かの一番になれない僕は、今日も感情を下書き保存する 空気を読むのが得意で、周りの人の為に動いているはずなのに。どうして誰の一番にもなれないんだろう。 家族にも友達にも特別に必要とされていないと感じる雫。 そんな雫の一番大切な居場所は、”150文字”の感情を投稿するSNS「Letter」 苦手に感じていたクラスメイトの駆に「俺と一緒に物語を作って欲しい」と頼まれる。 ある秘密を抱える駆は「letter」で開催されるコンテストに作品を応募したいのだと言う。 二人は”150文字”の種になる季節や色を探しに出かけ始める。 誰かになりたくて、なれなかった。 透明な二人が150文字の物語を紡いでいく。 表紙イラスト aki様

ハッピークリスマス !  非公開にしていましたが再upしました。           2024.12.1

設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が この先もずっと続いていけぱいいのに……。 ――――――――――――――――――――――― |松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳 |堂本海(どうもとかい)  ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ) 中学の同級生 |渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳 |石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳 |大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?     ――― 2024.12.1 再々公開 ―――― 💍 イラストはOBAKERON様 有償画像

処理中です...