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古民家生活憧れますか? 5

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 飯田さんは俗にいう犬属性というか俺の後ろを黙って追いかけてきて水路から分岐した生簀に初めて気がついたようだった。
 それは?とも聞かずに黙って俺の後ろから開けたいくつかのコンクリで出来た生簀の一つの金網の蓋を覗き込めば
「これは虹鱒、か?」
「じいちゃんの代から養殖している奴。時々旅館のおっちゃんが買いにくるな」
 寂れた宿屋、何を間違ってかやって来る客。定期的に収入があるのは宿屋のおっちゃんには良いがうちの虹鱒の数は限りある物。市場の値段は知らないが安く卸している自覚はあるから断っても嫌な顔を見せない限り商売は続ける気で居る。
 うちの生簀は沢の流れと同じで脂肪を貯めこむ隙もないというのが自慢だが子供達はゆったりとした流れの中で育てて居るから安心して卵を産めと言うのが養殖場の亡き主人の言葉だ。
「で、何匹ほしい?」
 聞きながら一番下の生簀にキャベツを放り込む。目を点にして俺を見ている飯田さんはそれでも冷静に
「とりあえず、一人頭二匹だろうか?」
言われてて一番上流に近い一番大きい生簀から大きめの個体を八匹ほど網で掬った。
 バケツの中でピチピチと跳ねる虹鱒をほらよと渡せば飯田さんは急いで台所へと向かい、流しで手際よく虹鱒をさばいていた。
 腹を開いて内臓を落とし、四匹に塩を振って定番の塩焼きにするつもりらしい。
 俺はそれを見ながら薪を熾せば飯田さんの尊敬する視線をなぜか背中で受け止めるも彼は手を休めずに今度は衣をつけてバターがないために油でフライを作っていく。
 その合間にもほうれん草を炒めたりキャベツを酢で漬けたりマヨネーズを作ったりと忙しそうに料理を作るのを眺めていれば
「あっははは、なんか最高のおもちゃ箱をみつけちゃったみたいね」
 青山さんは沢村さんと共に賑やかな台所に現れて『ごめんね』と言うけど一月程も入院してないばあちゃんが戻ってきたみたいで俺は迂闊にも涙をこぼし落とすのだった。
 体が悪かったにもかかわらずせめて俺が高校を卒業をするまでと気力だけで病を無視してきたバアちゃんの治療期間は一月も必要としなかった。
 本格的な受験シーズンを目の前にセンターすら受けようとしない俺に電話が数少ない交流手段のバアちゃんが得た知識に不安に駆られ、それに何も言わない息子夫婦と喧嘩した挙句に病院に入院する事になったのを知ったのはバアちゃん亡後の沢村さんとの何気ない会話だった。いや、沢村さんだったから何気なくだったのかもしれないが、それからは俺はバアちゃんが遺産を病院で知り合った沢村さんにお願いして作った遺言通り両親を含めた遺産相続人全員を黙らせて一人受け継いで今ここに居る。
 こんな深い山奥で一人暮らしはかなりきつい物で高校に通うバス仲間に烏骨鶏という鳥を譲ってもらったりして賑やかに暮らそうと思えど生活音とはそう言う物ではないだろうと骨身に知らしめた所で飯田さんはバアちゃんの生活音を思い出させてくれるのだった。
 リズム良い包丁の音、そしてナベの歪んだ蓋から沸き起こる湯気の音、せわしなく歩く土間独特の音。
 右に左にと動く台所に響く足音に、七人兄弟だと言っていたジイちゃんの兄弟と子供達をもてなす数の食器達の音、不覚にも人であふれかえっていた幼い思い出を思い出して青山さんにしがみついて泣いていた俺の目の前に差し出されたのは飯田さんが用意してくれた家族が正常だった時に年に一度のお祝いに見た時のような料理の数々だった。
 遺産相続で叔父達とその叔母達を始め実の両親とも言いあいする中で沢村さんが周囲に聞こえよがしに大声でバアちゃんの遺言を瓏々と語り、バアちゃんの願い通りにする事を薦めてくれたものの、おじさん、おばさんと声を掛けていた人達からのあの心臓を鷲掴みにするような冷たい視線は二度と会いたいと思う物ではないほどの恐怖だった。
 なのに、数居る孫の中で俺を大切にしてくれたバアちゃんを思い出させるような男に不覚にも泣かされて、そして泣きながら飯を食うと言う醜態をさせた男は

「良かったらまた料理をしにきても良いだろうか?」
「……飯田さんなら歓迎するよ」

 そう言ってしまってから火曜日の仕事が終わってから高速を飛ばして来て二晩泊まって金曜日の仕込みの時間に間に合うように帰ると言う、せわしない男が毎週のように来るようになったのはもうちょっと遠慮を覚えろと言う物だろうか。
 最もうちの冷蔵庫を既に支配し、農業用の業務用冷蔵庫も発見されたので俺が二十歳を過ぎてから酒類も持ってきてくれるようになったので歓迎はしている。
「綾人君にあまり悪い事覚えさせちゃだめだよ」
 青山さんはお盆近くになると一緒に来て仏壇に手を合わせてくれる時に言う言葉。あまりここに都会の空気を持ってきたくないんだろうなと思うのだろうが、生憎このネット社会では手に入れられない方が珍しい位充実しているので飯田さんは俺の数少ない話し相手としてやって来てくれているのをなんとなく理解している。
 なんせ、油断すると一日声を出さない日なんてザラだからなと、会話の仕方を時々忘れそうな自分にさすがにまずいなと言う気持ちはちゃんとある。






 
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